55話 夜の墓地、再び
◇◇◇
夜の墓地。
街から少し離れている事もあり、人はおらず明かりも無い。
よって、明かりがあると目立つので明かりは持てない。
故に真っ暗。
天戸はどこか俺に見えないところで墓地全体を監視しているようなので、姿は見えない。
故に超心細い。
墓地は思いのほか広い。
入り口は一か所なのだが、柵を越えようと思えばどこからでも入れてしまう。
墓荒らしなんてのはあまり数もいないだろうし、こういう施設なので基本性善説に則り管理されているのだろう。
例えば天戸なら、ある程度の範囲に人が来たら反応するセンサーみたいなものを半ば無意識に持っているのだろう。
俺は『疾風の戦士』レンブランさんの墓が見える物陰で張り込みをしている。
後で兵士達から聞いたところ、レンブランはこの街の生まれで約100年前の大戦時の三英雄の1人であり、他の二人『泰山の魔道士』ヤンギエと『雷鳴の剣士』ククーリアは既にジ・デスにより蘇らせられているようだった。
正直超怖い。
トッ、と背後で音がした気がして背筋がゾクリとする。
天戸だ、絶対天戸だ。確実に天戸だ。それ以外に考えられない。天戸だ。天戸であって欲しい。
「……あ、天戸だよな?」
蚊の羽音のような小さな声で俺は問う。
天戸の耳ならそれでも十分なはずだから。
――だが、返答はない。
俺の心臓の音が大きくなる。
口に唾液が溜まるが、飲み込む音すら気になる。
心臓の鼓動で身体が振動しているような錯覚すら感じる。
「わ」
耳元で小さく天戸の声がした。
心臓が飛び出そうなほど驚き、咄嗟に口を押さえる。勿論心臓でなく声を抑えるために。
勢いよく振り返ると、天戸は一歩下がって珍しくいたずらっぽく笑った。
「ふふ、びっくりしたでしょ?」
大きく、大きく肩を落として大きく安堵の息を吐く。
分かってたよ?天戸だって。勿論。
「……いや?全然」
天戸は自分の目を指差して薄笑みを浮かべる。
「涙拭ってから言ったら?」
言われて涙目になっていたことに気が付く。
今更取り繕ってもしょうがない。
「泣くだろ、普通。こえーだろ、夜の墓は」
天戸はいつも通りマフラーで椅子を作り、座ると腕を組んで呆れ顔をする。
「そう?昼間なら毎月来ているし、ちょっと前にもあなた1人で夜いたじゃない」
「いやいや、ハルの墓と一緒にするなよ」
それにあっちの世界は夜でも真っ暗ではない。他の世界に来て改めて思ったが、夜とは闇だ。真っ暗闇。
俺は天戸の横にしゃがむ。ずっと立っていていい加減足が疲れた。
気がつくと、全く怖くない。
不思議だ、急にハルの墓と同じ様になってしまった。
月が照らし、風が葉を揺らす。
何て事は無い夜のお墓だ。
それに、よく考えたら幽霊やお化けがいるのなら出てきてくれたほうがいい。
――そうすれば、またハルに会えるから。
マフラー椅子に座り夕涼みでもしているかのように寛いでいる天戸うずめさん。
「たぶん、夜は誰も来ないと思うぞ」
「そう。経験者は語る、ってやつ?」
この野郎、一々蒸し返しやがる。
腹が立ったので、露骨に会話を打ち切る。
「はい、じゃあこの話は終わり」
「ごめん、冗談よ。もう言わない」
まぁ、そもそもが俺が悪いのだけど。
気を取り直して話を続ける。
「蘇生をするのが目的だったら夜やる必要が無い。立ち入りが禁止されているわけじゃないんだから、普通にお墓参りとして来て、何食わぬ顔で蘇生をやればいいだろ」
天戸は首を傾げる。
「それなら何で夜の見張りをやったの?」
「昼より可能性があるから」
天戸は腕を組んだままさっきと反対方向に首を傾げる。
「意味わかんない」
◇◇◇
それから1時間も経たないうちに、墓場から音がした。
何かを打ち付けるような音。
チラッと天戸を見るが、天戸は首を横に振る。
「誰も来ていないわ」
余計に怖い。
音は継続して聞こえる。
ゴッ、とかガッとか、石を叩くような音だ。
天戸は一瞬目を閉じた後でスッと墓地の方を指差す。
「ん、あそこね。行こ」
この状況に顔色一つ変えずにマフラー椅子をしまい立ち上がる。
もう状況が半分近く見えかかっているだけに超怖い。
「……お前怖いもの無いのかよ」
急ぎ後を追う俺をチラッと見ると少し笑う。
「無いと思う?」
天戸が指差した墓に着く。
周囲には誰もいない。
――周囲に地面を含まないなら。
石を叩くような音がする。
天戸はためらわずマフラーで墓石を持ち上げる。
中には少女がいた。
両手を血だらけにして、服を纏わず、泣いていた。
少女は俺達を見ると、安心したように声を上げて泣いた。
天戸はマフラーで少女を墓から出して、俺は少女に治癒魔法をかける。
「大丈夫よ」
天戸が少女に優しく微笑むと、少女もニコリと微笑み気を失った。
状況的に考えて一択だと思う。
この少女は蘇生されたのだ。
俺達は何か勘違いをしていた。蘇生された死者は、ゾンビのように手当たり次第に人を襲うのだと思っていた。
でも、今この少女とは意志の疎通が図れた。
意識を失ってはいるが、胸の動きからして呼吸はしている。
胸は大きい。
「見過ぎよ、変態」
人は変態を見るときはこういう目になるんだな、と勉強になったが濡れ衣だ。
「いや、違う。そう言う意味で見ていたわけじゃない」
「変態はばれないようにやってよね」
あきれた顔で天戸は言った。
だが、俺の耳にはあまり入ってこない。
俺は馬鹿だ。
恐らくは、完璧な死者蘇生。
あの日、夜の墓場で天戸に謝った。
ハルを蘇らせても、天戸は救われない。そして、俺は天戸を救うと言った。
だから、ハルを蘇らせてはいけない。
――こんなにも完璧に蘇ったとしても?
俺は、本当に馬鹿だ。
そして、弱い。
またこんなにも心が揺さぶられてしまう。
「あっ……天戸!」
天戸を呼んだら思いの外大きな声が出てしまった。
天戸はマフラーで少女を持ったまま振り返る。
「ん?」
何度か口を動かしてやっと声が出た。
「俺は蘇生はしない!ハルは生き返らせない!」
脈絡のない俺の宣言に、天戸は少し笑って頷いた。
「ん、知ってるけど。冗談だってば」
宣言しないと折れてしまいそうだった。
人は死んだら生き返らない、じゃない。
生き返らせたらいけないんだ、きっと。
――俺達は墓地を後にして、兵舎へ向かった。




