48話 信じてる
◇◇◇
「説明して」
部屋に戻ると、天戸はすでに部屋にいた。
ベッドにボフッと顔から埋もれる。
「説明」
壊れたスピーカーの様に俺に説明を求める我らの英雄異界の勇者天戸うずめ様。
「さすがのお前もあの距離の会話は聞こえない訳だ」
俺の言葉にプライドが傷ついたようで少しムッとして指をトントンし出す。
「聞こえるに決まってるでしょ。その内容を説明して、って言ってるの」
あ、聞こえんすか。
逆に日常生活に支障を来しそうだけどな。
「聞こえてたら説明いるか~?まさか、最後の耳打ちは聞こえてないよな?」
「婚約者でしょ?」
あ、やっぱり聞こえてんすか。
ずっと近くにいたオーギュが聞こえてないのに、何でどこにいたのか分からないお前が聞こえるんだよ。
「そんなに聞こえてて祭とかよく平気だな……」
「耳に入ってはくるけど聞くかどうかを選ぶのは私だもの。あなただって視野に入った全てを見ている訳じゃ無いでしょ?そんな事より説明!言えないような理由でもあるの?」
少しも俺を休ませてくれない天戸うずめさんへの当てつけとして、ベッドに顔を埋めたまま小声で説明を始めると、『声が小さい』と怒られて納得ができない。
オーギュから殺してくれと頼まれた事、魔物区の様子、同行者の1人『魔物使い』アグリ。彼には元の世界に婚約者がいると言うこと。そして、今夜城で他の2人を交えて話をすると言うこと。
お望み通り説明を終えると、天戸は腕を組んで眉を寄せる。
「……どうにかできるの?」
重ねて言うが、一番理想はギルさんが異空間収納を持っている事だ。
「異次元ポケット。天戸は3年くらいで使えるようになったんだっけ?」
俺の問いかけに天戸は思い出すように首をひねる。
「そうね、初めの世界。……もうずっと前の出来事だから思い出せないところも多いんだけど。ふふ、不思議だよね。元の世界の事はもっと子供の時の事だって何でも思い出せるのにさ」
少し懐かしがるような、少し寂しそうな顔で天戸は微笑んだ。
――天戸の一回目の異世界転移。
俺の時間軸では約5年前だが、天戸の体感時間ではプラス50年前の出来事なのだ。しかも、思い出したくもない忌まわしき思い出なのだから尚更思い出せないのかも知れない。
「ごめん、使い方を教わった……はずなんだけど、細かい事は思い出せないの」
申し訳なさそうに首を横に振る天戸。
「まぁ、しょうがねぇな。俺だって初めての自転車をどうやって買ってもらったかとか、どうやって練習したかなんて覚えてねーもん」
「そう?公園で三人で練習したじゃない、小学校1年生の2学期に。買ったのは……確か駅ビルに入ってる自転車屋さんだったわ」
「……あ、そうっすか。よく覚えてるな、そんな昔の事」
俺はフォローのつもりで言ったんだけどね。まぁ、いいや。
天戸はソファに寝転がったままで俺をジッと見た。
「今のはフォローなんでしょ?私でもそのくらいはわかるわ」
「お、意外な発言だな。成長したもんだ」
「……昔から気づいてるわよ。あなたが気づいていなかっただけで」
「はは、よく言うわ」
俺の返事が気に入らなかったらしく、天戸は足でソファをバンバンとする。
「ほんとよ。一年生の時の渕向くんの事だってそうでしょ」
初耳の人名をさも当然のように出されて首を傾げてしまった。
「……フチムカイ、クン?」
「呆れた。人の記憶とやかく言う資格無いわよ。渕向くんっていたでしょ、同じクラスに」
「ふちむかい?漢字変換すら出来ないんだけど、どうしたらいい?」
「戻ったら卒業アルバムでも見たらいいんじゃない?因みに6年生の時も同じクラスよ」
別に興味無いからいいや、と思うが空返事くらいはしておこうと思う。
「あぁ、そうするよ」
多分絶対調べない。
◇◇◇
暫くしてドアがノックされる。
ベッドに寝っ転がったまま返事をすると、ドアを開けてオーギュが顔を覗かせる。
「お休みになってました?」
角が生えていて巨人になる『金色の鬼』とまで呼ばれている世界の脅威の癖にこのかわいらしさは反則だと思う。
「いや、寝っ転がってただけ。どうかした?」
「……皆さん城に戻られましたけど、どうしましょう?」
俺はベッドから起きる。
「話しがしたいからって集まってもらうと失礼かな?」
「いえ、アグリさん以外の二人も気さくな方ですし……問題ないかと思います」
「じゃあ、お願いできる?あぁ、ギルさんとオーギュは外してくれよ」
「……わかりました」
オーギュが部屋を出ると、今度は入れ替わりで天戸がノックも無しに扉を開ける。本当に、見習ってほしいものだ。
「私は?」
「待機。自室待機」
「嫌よ」
絶対言うと思ったよ。
「だって扉の前に居させても音聞こえるだろ、だから自室待機」
そう言うと天戸は腕を組んだまま眉を寄せた。
「聞かれたらまずい事をするの?」
「可能性はある」
俺の言葉に天戸のマフラーは俺を壁に叩きつける。
「……ふざけないでよ」
背中が痛いが、暴力に屈するわけにはいかない。俺は毅然として天戸を見る。
「①俺が何等かの帰還術を以て3人を元の世界に帰す、②俺が何等かの魔法を以て3人を殺すが、元の世界に帰したと言い張る。……答え合わせはどうやってする?」
「……あなたに人は殺せないわ」
珍しく天戸の目が俺の目から少し逸れたので強気に出る。
「質問に答えろよ。答え合わせはどうやってするんだ?」
そう言えば、魔物区に入る時に天戸にサファリパークの事を思い出したか答え合わせをしようかって思ったな。全く想像と違う雰囲気と文脈で答え合わせをする事になるとは思わなかった。
「……いつか戻ったときにわかるわ」
「じゃあ戻らなかったらわからないよな?ギルさんがオーギュとこの地で寿命が尽きる迄一緒にいるなら、結果は同じわけだ。あ、あの二人には言うなよ。知らない方が幸せだろ」
天戸は目に涙を貯めながら俺を睨む。
「……このところ忘れてたわ。あなたって本当に最低ね」
「ははは、そりゃどうも。つっても、これからするのは話し合いな訳だからさ。お前はあの二人と一緒に居ろよ。……あ、武力は後で借りるかもしれないけどな」
「うるさい!」
「伊織さ~ん、応接間で3人お待ちいただいてますよ~。……どうしたんですか!?」
のんきな声を出しながら戻って来たオーギュが修羅場に驚き声をあげた。
「や、平気。ちょっと認識の擦り合わせしただけだから。そんじゃ話し合いが終わるまでそいつと談笑でもしててよ」
「それはもちろん、……構いませんけど」
俺と天戸の雰囲気を感じ取ったオーギュは、困り顔で俺たち二人の顔を見る。
天戸が今の話をオーギュ達にすることは絶対に無い。
疑いを持ってしまった時点で、仮に円満に元の世界に戻ったとしても、そうじゃない可能性が頭に残る。疑念は消えない。だから絶対に天戸は言わない。
「そんじゃ、行ってこようかな」
「杜居くん!」
応接間とやらに向かう俺を天戸は呼び止める。
「待ってもらってんだけど」
天戸は何を言おうかと少し考えた後で、泣きそうな顔で一言だけ言った。
「……信じてるわ」
思わず少し笑ってしまった。
「そりゃ、お前の勝手だよ」
俺は白き闇……ギルの同行者3人の待つ応接間へと向かった。




