47話 異界の従者と白き闇
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オーギュの話だと同行者は三人とも城に住んでいるようだ。
便宜上トップはギルさんになっているが、四人の間に順位は無いという。
「へぇー、うらやましいな。どこかとは大違いだ」
おそらく尾行している天戸にも聞こえるだろう声で俺は言うと、オーギュは首を傾げた。
「どこかって?」
「いや、勿論うちの事」
オーギュはニコニコと笑い、絶対に信じていない。
「2人は夫婦ではないんですか?」
――夫婦。あまりの飛躍に一瞬唖然とする。
「ははは、ないない。そもそも付き合っても無い。ただの幼馴染だよ」
俺の言葉にオーギュはニコニコと頷く。
「そうですか。いいですね、子供の頃から知ってる相手がいるって」
オーギュは捨て子で、且つ孤児院からも追われている。かつてはオーギュにもいたのだろうか?
「まぁね、悪くはない」
暫く歩くと、城壁の中にもう一つ門があった。
オーギュは門番にペコリと頭を下げると、門番は敬礼をして門を開けた。
「この奥がですねぇ、いわゆる魔物区ですよ~」
金属製の重厚な扉が開くと、少し間を置いて同様の扉がもう一枚あった。あぁ、サファリパークとかでもあるよな、こういうの。
そう言えば、どこのサファリか忘れたが角付き草食獣ばっかりのとこがあったな。丁度車買い替えたばっかりの父さんがビクビクしていたのが良い思い出だ。
うちの家族と、ハルと、天戸で。
門を入り、チラッと天戸の姿を探すと、門の上の見張り塔に座っているのが見えた。
天戸もあのサファリを思い出しただろうか?後で答え合わせをしてみよう。
オーギュの解説を受けながら魔物区を歩くが、魔物の姿は見られない。
「全然いないっすね」
「うん、門の近くだしね。それに元々魔物区は広さの割に住んでる子少ないですから」
「へぇ、そう言うもんなんすか」
と言って角を曲がると、いきなりでかい牛の化け物のような魔物に遭遇する。
オーギュはなんてことなくニコニコと手を振る。
「べーちゃん、元気~?」
べーちゃんと呼ばれた牛は何か吠えて返事をする。
「……言葉通じるんすか?」
「うーん、私は何となくかな。白き闇に1人この子たちの言葉がわかる人がいるので、ここはその人が治めてくれてるんですよ」
俺はべーちゃんを眺めながら首を傾げる。
「その人いなくなるとこの国困るよね?」
「……殺すんですか?」
「いや、殺さないって」
天戸と似たような発想をする人だな、と少しおかしかった。
オーギュは心配そうな顔で俺を見て服の袖を少し引く。
「お願いです、みんなギルの大事な仲間なんですよ」
顔を俺達くらいの高さまで下げたべーちゃんの額を撫でて魔物区の奥へと進みながら考える。
ギルさんが天戸の持っているような異次元収納を持っていれば解決するんだけどな。
実際に試したわけじゃないから所詮仮定と推測でしかないけど、あの中に入ったまま帰還すれば元の世界に連れていけると思う。
あれが無いと他の世界の物は持って帰れない。
着ている服も、持っている武器も、道具も。
魔物区を案内されながらも、俺はずっと首を捻って考えていたが、オーギュは終始無言の俺を見て少し寂しそうにニコニコとしていた。
魔物区の中央にある噴水の広場では多くの魔物が水浴びをしていた。
「やー、オーギュちゃん。どうしたの、お散歩?」
魔物の中に1人人間が混じっていて少し引いた。
「あっ、アグリさん。服着てくださいよ、もう」
アグリと呼ばれた男は20代中頃から後半くらいの優男だった。彼はきっと同行者の1人だろう。
「ははは、この広場で服着てるの君たちだけだよ。そっちの彼は……?はっ、まさかオーギュちゃん浮気……?」
アグリが前も隠さずに顔を隠すふりをすると、オーギュは顔を赤くして怒った。
「もう!違いますよ!こちら、杜居伊織さん。ギルさんと同じ異界の勇者なんです」
その言葉を聞いてアグリの表情は変わった。
「異界の勇者?」
そう呟くと、彼は咄嗟に身構えて、大きく息を吸い込むと、大きな声で獣のように吠えた。
「アグリさん!」
オーギュがアグリを制止した意味は次の瞬間わかった。
――噴水の、広場の、いやきっと声の届く範囲の全ての魔物たちが俺を敵と認識していた。
ゾクリとした。
反射的に天戸が暴れたらどうしようかと思ったが、大人しくしてくれているようだ。
アグリは全裸で噴水上に立ち、俺を見下ろす。
「……オーギュか?」
返答次第では魔物達が俺に襲いかかるのだろう。所謂魔物使いか?見事な統率だ。
俺は両手を上げて首を横に振る。
「いや、違う。白き闇だ」
隠してもしょうがないし、正直に言うのが一番だ。
それを聞いてアグリは大きくため息を吐く。
「……今度は俺らかよ。あのジジイども」
「でっ、でも!伊織さん達は違いますよ!話し合いに来たんです」
「話し合い?」
アグリはじっと俺を見て首を傾げる。
「あぁ、何か力になれないかと思って。この2人と、あんたたち3人の」
同行者を分けてカウントしたことで、俺の意図は伝わってくれたようだった。
アグリは一度短く吠えた後で、柔らかい声で長く鳴いた。
すると、魔物達はホッとしたように日常に戻った。
「……すごいっすね。どうやってるんすか?」
俺の問いにアグリはニコニコと答えてくれた。
「別に何も?ただお願いしただけ。要は信頼関係と対話だよ、俺らと一緒」
何だか目から鱗だった、強制とか命令でなく『お願い』とは。
縄張りを侵さず、空腹で無ければ大概の魔物は人を襲わないとアグリは言った。
適切な距離と満足の行く食事、後は対話。
それだけでアグリは魔物区を束ねているようだった。
「アグリ……さんは、何周目なんすか?」
「ははは、アグリでいいよ。俺は3回目かな。君は?」
まじかよ、たった三周でこんな事までできるのかよ……。俺三周目って何してたっけ?魔王、領主、冥王か。初等魔法を覚えた程度じゃねーか。
ものすごく言いづらそうに『30数回っす』と答えると、目が飛び出るくらい驚いてくれた。
「……で、そんな猛者がお話をしに来てくれた、と」
俺はコクリと頷く。
「他の二人も一緒にお話したいんですけど、いけます?」
「わかった、声掛けとくよ。夜、城に戻る」
『人間区は服着用ですよ!』と、オーギュは心配そうに言った。
「あー、伊織くん」
立ち去ろうとした俺をアグリは呼び止めて手招きをする。
「……俺、元の世界に婚約者がいるんだ」
オーギュに聞こえないような小声での耳打ちに俺は固まった。
――その言葉の意図が読めないまま、俺達は魔物区を後にした。




