39話 手加減したよ?
◇◇◇
「叩いていい?」
マフラーで組んだ椅子に座り、腕を組みながら天戸うずめは俺を見下ろしてそう言った。
睡眠から目覚めると、天戸は明らかに怒っている。アレだな、淡島の件だなきっと。
「良い訳ねーだろ」
椅子から降りて俺に近づくと、威圧感を抑えずに俺を見下ろす。
「瑞奈をぶったでしょ」
あまりの威圧感に動けない。冥王とか爬王なんてかわいいものだ、指一本たりとも動かせずに体中からは汗がダラダラと流れてくる。気を抜くと嘔吐どころか口から内臓が出てきそうなほどの重圧。
天戸は本気で怒っているのだ。
何かを弁明しようにもそもそも声が出ない。
「何か言ったらどうなの?」
純然たるパワーのハラスメントだ。自身の圧で俺が口一つ動かせ無い事をきっと知っているに違いない。
一分ほどそのまま俺を睨んだ後で急に圧が無くなる。表情は特に変わっていないので、やはりわざとだ。
「……先に突っかかってきたのはあっちだろうが。ひっぱたかれたからやり返しただけだ」
天戸の眉が少し動く。
「だから私も叩いて良い?……やり返せばいいじゃない、出来るものならね」
腹が立ってきた。俺だけが一方的に悪いのかよ。
「やれよ。死んでもやり返してやるから」
俺も天戸を睨むと、逆に天戸は悲しそうな顔をした。
「私達だって……前に進んでもいいと思うの」
だから好きにしろよ。……何でこんなにイライラするのか自分でもわからない。
「誰も止めてねーだろ。勝手に淡島と進んでろよ、前でも後ろでもさ」
「私達ってのはあなたも入ってるに決まってるでしょ!」
天戸が涙目で俺に叫んだ後で、思いっきり地面を踏みつける。
ズズン、と地鳴りのような音と振動が周囲に伝う。
地鳴りの音にかき消されそうな小さな声で、天戸が言った。
「……私だってあなたを助けたい」
辺りは静まり返った。
少し冷静になると中々に恥ずかしい。
ハルが居なくて、寂しくて、思い出して、悲しくて、1人だけが辛いと喚き散らした恥ずかしいクソガキだ。
「……淡島に謝らなきゃな」
どんな顔をして天戸を見ればいいのかわからない。穴が合ったら入りたいとはこういう時に使えばいいのだろうか?国語の授業もたまには役に立つ。
恐らく俺史上でも1・2を争うくらいの情けない顔を見てか、天戸は少し笑ってため息を吐いた。
「……私とハルにもね」
「面目ねぇ」
「何それ、いつの言葉よ」
現代語だよ。お前国語5だったはずだよな?
俺は少し気恥ずかしさから少し天戸から目を逸らし、頬を指差す。
「引っぱたいていいぞ。勘違いの無いように言っておくが、詫びじゃなくて戒めの為だ」
「馬鹿みたい」
そう言いながらも、入念に手と肩のストレッチをする天戸うずめ。
俺はひきつった笑顔を浮かべて少し後ずさる。
「グーでいい?」
「あほか、いいわけないだろ。やめだ、撤回。なし。和解。冗談はやめろ、ゴリラ」
「男らしくないわよ」
「はは、悪いな。俺は男女平等がモットーなんだ……ぶげぇらぁぶあっ!」
天戸の平手打ちが俺の頬を捉えると、俺の身体はピンポン玉のように遠くへと吹き飛ぶ。
砂埃をあげて草むらへと吹き飛ぶが、手加減はしていてくれたようで血は出ているが歯や骨が折れたりはしていない。だが、とても痛い。痛い。痛い。
「手加減したよ」
倒れる俺に近づいて、天戸はニッコリとほほ笑む。
「治癒魔法、少しは使えるんじゃないの?蘇生なんてしようとしてたんだから」
「そう簡単に言いますがね、擦り傷一つ治すのに結構疲れるんすよ」
「あ、そう。じゃあもっと特訓しなきゃね」
事も無げにそんな事を言い放つ始末だ。
「杜居くんを見てて思うんだけど、ハルはやっぱりとてつもない魔法の才能があったのね。治癒も攻撃もすぐに使いこなしてたわ」
「ぐ……、まぁあいつは頭よかったし、要領もよかったからな。魔法使いっぽいしな。はは、魔法使いハル」
「……本人もよく言ってたわよ。天才魔法少女ハルって」
「ははは、ハルなら許すわ」
「ふーん、私だったら?」
「一々聞くなよ」
「ばーか」
◇◇◇
見渡しても街が無いので、取り合えず近くの町を探すことにする。
「ねぇ、まだ痛い?」
絨毯に座り、横着をしてこっちを見ないまま天戸は言った。
「痛い。すげー痛い。治らない」
「あ、そう。でもしょうがないわね、自分で叩けって言ったんだしそもそもあなたが瑞奈を叩いたのが先なんだから」
「淡島が俺を叩いた方が先だけどな」
天戸は一瞬間を置いた後で、それもあなたが悪いのよと言った。何と言う理不尽。
「……それにしても、意外に器用な事するのね」
「あ?あぁ、まぁね。授業中とかずっとやってるし。今となってはペン回しみたいなもんだよ」
例の折り紙を畳むように魔力を折り重ねていく封印術を練習しながらどこかの怪力自慢に張られた頬の治癒を行っているのだ。
天戸は俺の練習風景をチラッと見た後で満足そうに頷く。
「あっ、今上から目線の視線を感じたぞ」
「見てないわ。卑屈だからそんな事を思うのよ」
俺達が喚ばれたって事はこの世界も当然何等かの脅威により、危機にさらされている訳だが、俺達は空飛ぶ絨毯でのんきな会話を繰り広げる。
別に構わないだろ、不謹慎だとかそう言う話ではない。そもそも俺達は世界を救うだけの部外者だし、部外者が深刻な顔をしてたら、当事者が笑えないじゃないか。
◇◇◇
さて、街に着く。
無意識に街に着くと教会を探してしまう。
元々教会や城に召喚者がいる傾向が強いが、それとは別な気持ちだと言う事を俺も天戸もわかっている。
そして、中央広場のすぐ隣に年代の割に綺麗に整備された教会を見つける。
教会がきれいだと安心してしまう。
そう言えば、あんまり意識した事なかったけれど現実世界にも教会ってあるんだよな。今度行ってみるかな、特に信仰はないけれど観光目的で。
夕方前に街に着いたので、いつも通り換金と買い出しを行っておく。そのあとで教会に行こう、教会の営業終了時間が何時なのかはわからないけど。
買い出しをしながら情報を集めると、この世界はまた新規の世界だ……と思う。そもそも同一世界に行くこと自体がレアなのだ。
真面目に話を聞いている俺の横で、天戸がテイクアウトの食べ物を買っているのが視界に入って少しイラっとした。
かき氷のような食べ物が売っていたので、後で俺も食べよう。
街の人に聞く限りだと、皆特に脅威を感じていない様子だった。あー、これは嫌なパターンだな。
異世界風かき氷を食べながら天戸は俺を見た。
「何かあった?」
久しぶりに出た。天戸は俺の微妙な表情の変化から何かを察した様子だった。
「んー、不確定なんだけど、面倒くさそうな案件だろうなって」
「根拠は?」
「大魔王とか竜王とか闇の帝王みたいなやつが支配を目論んでるなら、商人が知らないはずないだろ。ざっくり考えると『脅威は迫っているが、一般大衆は知らない』路線じゃないかな、と」
天戸は納得した様子で頷いた。かき氷を食べながら。
「なるほどね。多分頭は悪くないのよね、あなた」
何なんだよ、謎の上から目線は。
「うるせぇな。お前が食べ終わらないと教会行けないんですけど。いつまで食ってるんだよ」
俺の指摘に天戸は困った顔をする。
「……だって、急いで食べると。……頭キーンってなるじゃない」
不覚にも少し笑ってしまった。
最強生物天戸うずめでさえも、かき氷先輩の頭キーンには勝てないと言う事だ。
と言う事は、かき氷が最強なのか?




