33話 100年後の君へ②
◇◇◇
激しい音を立てて滝壺に落ちる水。
その水を受けて俺は滝壺に立つ。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
厳密には滝の水を魔導障壁で防ぎながら、両手に魔力を集中して内側から障壁を破壊しようとしている。当然障壁が破壊されると滝壺の圧倒的な水量に押しつぶされてしまうので、障壁を破壊するわけにはいかない。致死強化薬で強化され、魔法の習得も果たした俺は魔導障壁とやらも習得している。天戸がいつも使っている透明のバリヤーみたいなアレ。
「緩んでますよ!勇者様!ファイトファイトー!」
行商人の言った祠にて滅竜の封印術を学んでいる。何だろう、『動かないものを動かそうとする』魔力のアイソメトリックトレーニングのようなものらしい。
俺の魔法の師匠であるエル先生も魔法を筋肉で例えていたが、他の世界でも同様なを考えると案外真理だったのかも知れない。障壁を張りながら、その上にさらに障壁を重ねる訓練だ。
祠の巫女さんがつきっきりで俺の修行に付き合ってくれている。巫女服っていいよね。
「ほらほら!あなたも勇者様を応援して!」
若く巨乳の巫女さんは天戸の背中をパシッと叩いて応援を促す。……何て命知らずな。
「何で私が」
「何で?仲間だからに決まってるじゃないですか!」
あまりに真っ直ぐな言葉と瞳に天戸は反論できない。
「……が、がんばれ」
「声が小さーい」
「がんばれぇ」
「もっともっとー!」
視界の隅で天戸が俺を応援する奇跡のような光景が映る。ふはは、面白い。運動会で俺が転ぼうが何しようが何の応援もしなかったくせにあの野郎。
自然と口元が弛んでしまう。
「……頑張らない訳には行かないじゃねぇかよ」
「最終的には100層作ってもらいますからね~」
「100!?」
◇◇◇
俺が滝行を行っている間、天戸は大人しく待っていた。
普段なら『封印なんて要らないからさっさと滅竜を倒そう』とか急かしてくるのだが、今回はそれが無い。滅竜の復活まであと30日近く。仮にこの世界で術が完成しなくても、やり方さえわかれば他の世界でも練習が出来る。
「巫女さんは伝承とか詳しそうだけど、『魔王』について何か知らない?昔暴れたとか、どこそこを支配したとか」
俺の質問に巫女は首を傾げて考える。
「そうですね……、私の知る限りおとぎ話の中でしか聞いた事はありませんね」
「そっか。じゃあ、滅竜ってのは今まで何回現れてる?」
「記録に残っている範囲では2回です。300年前と1500年前の2回です」
「異界の勇者が封印したのが、300年前なんだよな?それまでは自分たちで封印してたって事でOK?」
巫女は頷いた。ふーむ、この件と魔王の因果関係があるのかどうかは大事だよな。魔王ジラークは今まで存在が表に出てきていない。そして100年後に世界の脅威となっている。
若い男の姿だったって言ってたよな。見た目通りの年齢とは限らないけど。
「私にできることは無い?」
珍しく天戸が心配そうな顔で聞いてくる。
「何だよ、珍しい。手持ち無沙汰か?勉強でもしてろよ」
「……わかった、そうする」
天戸は明らかに落ち込んだ様子で部屋の隅にしゃがみ込んだ。おいおい、かまってちゃんが過ぎるだろ。巫女さんが心配そうに俺と天戸を何度も見る。
「勇者様、いいんですか?」
俺はわざと天戸に聞こえるように大きな声で言う。
「あー、いいのいいの。放っておいて」
部屋の隅の瘴気が濃くなり、巫女も更にあわあわする。
「勇者様~」
勿論俺は勇者なんかではないが、今回はそのままスルーさせてもらう。
また俺は滝行に向かおうとするが、部屋の隅で瘴気を発する天戸が目に付く。
しょうがないな奴だ。
「天戸ー。コツ教えてくれよ、お前なら出来るだろ」
膝を抱えながらチラッと俺を見る天戸。
「……しょうがないわね」
天戸は立ち上がると、スタスタと軽い足取りで滝つぼに向かうと、躊躇いなく水に入る。……正確には水の上を歩く。何なんだ、こいつは。達人の域か。
圧倒的な質量が重力に引かれて落ちているその滝つぼに平然と足を踏み入れるが、水は天戸に触れることは無い。
「範囲は?取り合えず見やすいように1メートル刻みくらいでいくわね」
天戸の半径1メートル、綺麗な球体が水を遮っている。
そして、次の瞬間その球体の1メートル外をもう一層の球体が覆う。いとも簡単に。
「え、まじかよ」
巫女はニコニコと拍手をする。
「おー、彼女さんすごいです」
天戸は呆れた顔で首を振る。
「不快な勘違いはやめて」
そんなやり取りをしながらも層は一層一層増えていき、50層辺りで滝つぼの高さになる。
「はい、こんな感じ?」
苦笑いしか出ないが、コツを教えてくれるのではなかったか?
「で、コツは?」
「コツ?あなたは息の吸い方を教えられる?」
「……お前何しに来たんだよ」
「彼女さーん、もっと幅狭く圧縮して、層増やせます?出来るだけ多く!」
天戸は人差し指をピッと立てて、ため息を吐く。
「だから彼女じゃないってば」
水に濡れない為の1枚を除いて全ての障壁が人差し指の先に集まる。水も、空気も取り込んだまま超圧縮されてピンポン玉くらいの大きさになる。
「このくらいなら」
さすがの天戸さんに巫女も拍手では無く苦笑いになる。
「……え、それ何層あるんです?もう彼女さんが滅竜封印したらよくないですか?」
だろう。俺も本来ならそう思う。滅竜を封印するなら、だが。
天戸は首を横に振り俺に手招きをする。
「ダメよ。何か考えがあるんでしょ?杜居君。あなたが覚えなきゃ」
思わず笑いが出た。
「よし、わかった。俺は練習するから、お前はコツを教える練習をしろ」
「……何よ、それ。偉そうに」
◇◇◇
夜は街に戻る。
滅竜の封印されている洞窟までは馬車で十日程らしい。天戸曰く、その距離なら絨毯で1日かからないそうだ。となると、あと20日くらいは修行ができるわけだ。
昼は滝つぼ、夜は街。なーんだ?
答え、俺です。
宿はいつも通りダブルの一部屋。天戸は自前のベッドに寝るので俺がダブルを独占する形だ。
「上手くいくかな……?100年後に手紙なんて」
風呂上りに髪を拭きながら天戸は言う。
「100年前の手紙って案外残ってるもんだぞ?漱石とか子規とかさ」
俺がそう言うと、天戸はクスリと笑った。
「あなたの口から夏目漱石や正岡子規の名前が出るとは思わなかったわ」
「どういう意味だよ」
天戸は、少し不安そうな顔をして俺を見る。
「……ねぇ、杜居君。大丈夫って言って?」
「大丈夫だ」
満足したように頷くと、天戸は少し笑った。
「うん……。大丈夫だよね。おやすみ」




