29話 勇者天戸の冒険②
――宿屋でベッドに腰を掛けて、天戸の話を聞く。
『ハル、相談があるの』
帰り道に天戸がそう言った日の事は意外にもよく覚えている。
あぁ、女性に特有のアレがとうとう天戸にも始まったのか。と思って、特に気にせずに家に帰っただけなのだが。まさか、あの時が岐路だったとは。
……だが、俺に相談されていたらどうだっただろう?信じはしただろうが、役に立てたかどうか。ハルは頭もよく、運動も得意で機転も利く。特に小五くらいだと男より女の方が発育もいいし、身体能力もそう差は無い。なら天戸がハルを頼るのも納得だ。もし俺も一緒に行っていたらどうなっただろう?今更考えても何にもなりはしないが。
◇◇◇
勝手に何かを察して杜居君が帰った後で、ハルに打ち明けた。
今にして思えば、頭がおかしくなったとかそんな事を思われる心配をするが、あの時の私はそんな事も思えなかった。
……多分、もうおかしくなっていたんだと思う。
それまで毎日会っていた幼馴染達と『何年かぶりに会う』。それでも、私が世界で一番頼れるのは親でも無く、この二人しかいなかったのだ。
夜の公園のベンチで、ハルは黙って私の話を聞いてくれた。
もう完全に日も暮れて、家に帰る時間も過ぎた。でも、この数日間の間に起こった『何年間分もの出来事』を話すには時間は十分では無かったから。
どこまで話したところか覚えていないけれど、ハルは私を抱き締めてくれた。
「うーちゃん、頑張ったね。ありがとう、頼ってくれて」
私は顔を上げられずに泣いた。『信じてくれるの?』って言おうとしたが、全く声にならず涙も止まらなかった。
――辛かった。苦しかった。たくさん殺した。痛かった。たった一人で。
ハルは私を安心させるように強く、強く抱きしめて頭を撫でてくれた。
そして、私が渡したその術符を受け取ると、お守りの中に入れた。白い、交通安全のお守りに。
「無事に二人で帰ってこようね、何度でも」
ハルが伸ばした手を私は両手で掴んで、また泣いてしまった。
「……うん」
◇◇◇
6回目の転移は四日後の夜だった。
「おはよ」
目を覚ましたハルは可愛いパジャマ姿だった。
寝ぐせを気にして髪を手櫛で梳かしながら、少しだけ驚いた顔で私を見た。
「……おはよ。ごめん、どういう仕組みなんだろ」
ハルは手をグーパーしたり、ほっぺをつねったりして現実かどうかを確かめているようだった。
ハルはその全ての動きが可愛らしい。本人は別にそんな風にしているわけでも、決してぶりっ子だったりもしないのだが、ともかく可愛いと思った。
「……パジャマ可愛いね」
私がそう言うとハルはニコーっと満面の笑みを浮かべた。
「へへ、でしょ?」
「マントとかいる?」
私が収納を開けると、ハルはすごく驚いて食いついてきた。
「えぇっ!?何それ!すっごーい!いいなぁ!」
「……宿題とか持ってきてるんだ」
「あっ、ずるい!いいな~。あと何が入ってるの?部屋みたいにしようよ!」
「いいね、それ」
まだ何も始まっていないし、何も終わっていないけれど、ハルが来てくれただけで私の気持ちは軽くなった。
この時はまだ、『巻き込んでしまった』とは毛ほども思っていなかった。
ハルは私よりはるかに要領がよく、機転が利き、効率が良かった。約1か月に及ぶ6回目の転移で、既に魔法を扱えるようになっていた。
「これでうーちゃんが怪我しても治してあげられるね」
恐らくは5回目……前回転移の時の話を気にしてくれたのだろう。ハルの優しさに涙が出そうになった。
ハルの助言で換金性の高いものや書物の類をたくさん収納に入れておくようにした。私にはただのクローゼットでしかなかったのだが、ハルは次回やその先を考えていた。
「強くてニューゲームと思えばやりがいもあるよね」
ハルの言っている事は時折わからなかったけど、杜居君ならきっとわかるのだろうか?
「次来るときはカメラとか私の宿題とかいろいろ持ってこようよ。二人なら楽しいね」
ハルの言う通り、今までより辛くない。
ハルを無事に帰さなきゃ、と言う気負いもあったけれど単純に二人で一緒にいるのは楽しかった。
お風呂も一緒に入り、夜も同じベッドで眠る。移動教室でお泊りはあったけれど、こんなに長く一緒にいる事なんて無かったから、楽しい。
色んな事をして、色々な話をした。
――そして、ハルが杜居君を好きな事を知った。
外は雨だった。
ハルは私の表情を見ながら、珍しく少し照れたように言った。
「うーちゃんが伊織を好きな事も知ってるよ」
「違うよっ!変な勘違いしないでよ!……別に私はあいつの事は何とも思ってないわ。ただの幼馴染よ」
私がそう言うとハルはニコニコしながら顔を近づけてくる。
「へぇ、そう。じゃあ私が告白してもいいの?」
「……ハルならいいわ」
ハルに背を向けてそう言うと、ハルは私に手を回して抱きしめる。
「うーちゃんさぁ。それって答え言ってるようなものだと思わない?あはは、可愛いなぁ、もう」
「だーかーらー!違うってば!もうっ!」
「私もね、うーちゃんならいいよ。あ、違うな。うーちゃんしか認めない。私か、うーちゃん。他の子はダメ」
それを聞いて少し笑ってしまう。
「何それ。杜居君の意思は関係ないの?」
「あはは、あるはずないじゃん。私達のどっちかを選べるんだから身に余る光栄くらいに思ってもらわなきゃね」
「……だから私は違うってば」
6回目を終えた翌朝は、ハルの家まで走って行った。
すごい迷惑な話だけど、早くハルの顔が見たかった。話したかった。……一か月も毎日一緒にいたのにね。
「おはよ」
「おはよう!」
ハルはいつも通りの笑顔で応えてくれた。
「二人だけの秘密だね」
異世界の事か、他の事か、私にはわからなかったけれど、ハルと一緒なら頑張っていけそうな気がした。
◇◇◇
『何かお前ら急になかよすぎねぇ?』と杜居君が怪しんだので、二人で目を合わせて少し笑った。
ごめんね、仲間外れにしているわけじゃないんだよ。
一日置いて起こった7回目の転移は8年に及んだ。
ハルの言う通りカメラを持ってきてよかった。充電はなんとハルの魔法で行えた。
ハルには魔法の才能があったらしく、電撃魔法の出力調整を用いてのカメラ充電や欠損修復レベルでの治癒魔法習得など100年に1人の逸材と各所で褒め称えられた。
私はハルに傷一つ付けないように、常に前に出て戦った。
色々なところに行き、たくさん写真を撮った。
さすがに宿題はすぐやり終えてしまったが、ハルの提案で持ってきた中学生の参考書が役に立った。……すごい先見性だと思う。
12歳の私達、13歳の私達、14歳の私達。写真はたくさん溜まっていく。毎年見比べてみようね、とハルは言う。ハルはどんなところでも楽しみ事を見いだせるので、一緒にいる私も楽しくなる。
黎明帝を名乗る脅威は、中々その姿を現さず、それでいて人の世に深く根付いていた。ハルが居なければどれだけの時間がかかったのかわからない。或いは、私ではたどり着けなかっただろう。
黎明帝を倒した時、私達は18歳だった。ハルは背が伸びて、胸が大きく、目を引く美人に成長した。……私も背は伸びた。
「これは私の一歩リードだね、うふふ」
「うっさい」
現実の成長と一緒とは限らないじゃない。
そして7回目の転移は終わった。




