28話 勇者天戸の冒険①
――ツァルトラド歴102年。
これが今回の転移先だった。8回目の世界から遡る事100年。
「……100年も前か」
街に着き、時系列を確認して天戸はうなだれた。
「いやいや、何でうなだれんのよ。そんな暇あるかよ」
マフラーで防がれる事を前提で天戸の頭を叩くと何とパシッと当たってしまった。全方位視界でも見えていないくらい落ち込んでいたようだが、顔を上げるとキッと俺を睨む。
「信じられない。女の子の頭を叩くなんて。ハルに言うわ」
「おー、言え言え。まずはやれることをやろう。お前が転移したのはこの街なのか?」
「100年前だから大分雰囲気は変わっているけど、この街で間違いないわ」
天戸はきょろきょろとしていつもより落ち着きが無いように見えた。
そして、いつもと違ってか細く、消えてしまいそうなほど弱くも見えた。
「飯屋、宿、ここ、外。どこがいい?」
俺の提案に天戸はバッと身構える。
「はぁっ!?何の場所よ!」
「何の想像をしているのかわからんけど、話を聞く場所だよ。辛い記憶なのは百も承知だ、聞かせてくれ。……8回目の世界を」
観念したように、懺悔をするように、まるで自供をする殺人者のように……、天戸は少し微笑んだ。
「うん、ありがとう。……ずっと誰かに話したかったんだ」
誰かと言ってもあなたしかいないけど、と言い天戸は背伸びをする。
「少し前から話してもいい?」
「オッケー、じゃ宿にしようぜ」
宿に着き、コップの水を一口飲むと天戸は語りだした。
5年前の、俺の知らない、勇者天戸の冒険を――。
◇◇◇
「うーちゃん、またね~」
「うん、また明日。ハル」
「また明日、学校でな。天戸」
小学5年生の3学期のある日。私達は夕方暗くなるまで遊んで、それぞれの家に帰る。
いつも遊んでいた公園からは私の家が一番近いから、私はいつも二人を見送っていた。
2人は私の幼馴染。幼稚園からずっと一緒で、親同士も仲がいい。杜居伊織と、高天原ハル。私たちはいつも放課後3人で遊んでいた。
私と違って2人は他にも友達がたくさんいたけど、放課後は3人で遊ぶのがほとんど決まり事になっていた。
『また明日』
私はいつもその言葉と、2人の後ろ姿を思い出して眠る。
――夢の中で、誰かが助けを求めた気がした。
手を伸ばすと、何故か私はお城の中にいた。
私を囲む大人たちは、明らかに疑いの眼差しで私を見た。今思えば当然だ、世界の危機を救って欲しいのに子供が来たのだから。
だが、異界の勇者の言い伝えはそれよりも固く信じられていたようだ。
王たちは私に様々な道具や武具を施した。
最初は夢だと思っていたが、城のふかふかなベッドで眠りに落ち、目覚めた時にそうでない事を知った。
異界の勇者にしか使えない道具や武具もあるようで、何人かの兵隊さんたちと共に悪い王を倒しに行く事になった。
――その旅は5年に及んだ。私は16歳になっていた。
悪い王に剣を突き立てた時の感触と、浴びた血しぶきの温かさは暫く忘れられなかった。……今はもう思い出せないけれど。
王を殺すと、光が私を包み、気が付くと私の部屋だった。
『……よかった、夢だった』
隣の部屋で眠る両親のベッドに潜り込み、母に抱きついた。
「あらあら、どうしたの?うずめちゃん」
「……怖い夢見た」
そう言うと母は優しく頭を撫でてくれた。
◇◇◇
「また見たら私呼んでよ。夢の中だって助けに行くから。ねっ、伊織」
ハルが話を振っても杜居君はゲームから目を上げなかった。
「夢の中は無理だろ。寝小便の言い訳くらいは考えてやっても良いけど」
「はぁっ!?あんたじゃあるまいしおねしょなんかしないもん」
「伊織は低学年で卒業したもんね」
「うっせぇ、バラすな」
放課後、いつもみたいに3人で遊ぶ。
あぁ、よかった。本当に夢でよかった。
すごく長くて、終わりがないのかと思った。
たくさん生き物を殺して、人も殺した。夢の中だって嫌な気持ちだ。あんな夢を見る子だって、ハル達に知られたくないな。
日が暮れて、チャイムが鳴る。
「また明日!」
「またな」
今日も2人の後ろ姿を見送る。
「伊織、漫画続き貸して~」
「良いけどお前こないだ食べカス入ってたぞ、ふざけんな」
「あはは、ごめんて」
私と別れた後も楽しそうに帰る2人を見ると、たまに少しだけ嫌な気持ちになる。たまにだけど。
そうだ、今度帰りに道を変えてみようかな?
怖い夢を見ないようにと、ママは眠る前に暖かいハチミツをくれた。
子供の時のように、ママにギュッとしてから部屋に戻る。本当は一緒に眠りたいけど、私はもう子供じゃないから。
――そして三日後、今度は教会で目を覚ました。
「……助けて。ハル、杜居君」
この時はまだ夢だと思っていた。
そして、ハルも杜居君もいくら呼んでも来てくれなかった。
『嘘つき』
そんな事を思った私はなんと性格の悪い子供なのだろう。
ここからは少し割愛する事にする。人を殺したり、奴隷として売られたり、あまり話していて気分のいいものでもないし、きっと今後の助けにもならないから。
ただ、私がこんなに大変でしたって言うだけの話。
五回目の世界で、右腕を失った。
痛い!痛い!血が止まらない。涙も止まらない。
欠損と言うのは並大抵の治癒術では治らないそうだ。この世界には欠損を治せる術士はすでに存在しなかった。
奇しくもこの世界で手に入れた『同行術符』。――それが、お守りの中に入っている術符だ。それを持っていると、私と一緒に異世界に来ることができるようだった。
もう、私の心は限界だった。
◇◇◇
「うーちゃん、どうかした?」
ハルは私の顔を覗き込んでそう言った。
「そーだな。あれかお前頭わりーから親に怒られたんだろ?ははは」
私はチラッと杜居君を見て、また視線を戻す。
杜居君は『しまった』と言う顔をしてゲームを閉じる。
「……ははは、冗談だよ。俺のテストと代えるか?全部消してお前の字で書き直せよ」
少し笑ってしまった。
何故この人はそんな事ばかりすぐ思い付くのか。こう見えてテストの点はいつも悪くない。少なくとも私よりずっと良い。
――この2人を巻き込みたくない。
でも、私はもうダメだった。
「……ハル、相談があるの」




