11話 仄かに燃える
――偉い宮廷魔導士の先生に魔法の指導を受ける。
「……勇者様、ですよね?今から魔法覚えるって、本当に大丈夫なんですか?」
やる気になって机に教本やノートを広げる俺を見て、先生は不安そうにそうぼやいた。30代中ごろくらいの、黒いローブを纏った魔女っぽいいでたちの知的美人。
言われてみれば、それもそうだ。そんな一夜漬けで世界を救うとか言われたら、誰だって困惑するだろう。
「あ、それは大丈夫っす。勇者はあっちの偉そうに腕組んでるやつだから。俺は従者とでも思ってもらえたら」
天戸を指さしながらヘラヘラと笑うと、先生はようやく安心した様子で息を吐く。
「杜居くん。今偉そうって言ったの聞こえてるから」
壁に寄りかかって無駄に俺を威圧してくる天戸は無視して早速魔法の修行に移ろう。
「一週間で独学で学べるくらいの基礎ができると嬉しいんですけど、いけます?」
それがどのくらい可能か無謀かすらわからないレベルの質問。先生の眉が寄ったので、多分無謀寄りなんだと思う。
「……やれるだけはやってみますが。ちなみに魔法文字はどの程度読めますか?それによってだいぶ変わってきます」
「あぁ、それなら。全部読めるっすよ」
「全部?」
「えぇ。多分、異界の勇者?の特権みたいなので、全部の文字や言葉がいけるみたいっすね。実際古代文字ってのも読めたし」
「古代文字も!?……ちょっと待っててください!」
そう言って先生は小走りに部屋を出て行ってしまった。俺の魔法レッスンは、まだ始まらない。
「どっか行っちゃったよ」
天戸を振り返ると、マフラーをハンモックのようにして寝転がり本を読んでいる。
「そう。さっそく匙を投げられたのね」
「……ちげぇよ」
それから程なく、先生は勢いよくドアを開けて戻ってきた。一冊の古びた書物を抱えて。
「これ、読んでください!」
「え、なんすかこれ」
先生が持ってきた本は、長い間解読不能とされていた超古代文字で書かれた書物だった。
「読めます?読めますか!?」
いかにも『魔女』風の知的な女性は、その瞳を子供の様にキラキラと輝かせて俺に問いかける。
「……ん~、どうですかねぇ」
と、勿体つけてみるが答えは火を見るより明らかだ。
「えーっと、『日記帳』」
表紙に書いてある文字を読むと、先生は歓喜に満ちた声で『日記帳!』と復唱した。
「日記でいいんですか?もっと魔法関係のものじゃなくて」
「勿論です!知的探求に垣根はありません!それで?誰の日記なんです?いつの?早く教えて下さいっ、先生!」
「いや、先生あなたでしょ。じゃあ、読むから書いてください」
「はいっ、先生!」
先生は嬉々として、俺の読む古代人の日記を書き記した。それは今から2000年近く前の、とある市井の魔法使いの日記のようで、大体は『今日は何を食べた』とか『こんな仕事をした』と日常の当たり前の光景が書かれていた。
そうか、現代でいえば、卑弥呼より古い人の日記って事か。そう考えると、すげぇ貴重だよなぁ。世界は変わっても、時代は変わっても、人の気持ちにあんまり差はないんだな、何てことを思った。
日記はちょうど一年分。全部読むのに2時間ほど時間がかかった。
先生は宙を見上げ、『はぁ』と息を吐き恍惚の表情を浮かべている。
「……あの、先生。そろそろいいっすか?俺、魔法使いたいんすよ」
「はいっ、先生!では、さっそく始めましょう!」
「紛らわしいんで先生ってのやめてもらっていいですか?」
そして、ようやく始まる魔法の特訓。
「ゴホン。では、改めて自己紹介をします。宮廷魔導士を務めておりますエルレア・アレルリアと申します。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします。気軽にエルとお呼びください」
エル先生はそう言ってペコリと頭を下げた。
「異界の従者・杜居伊織っす。よろしくお願いします」
俺も挨拶をして頭を下げるとエル先生はクスリと笑う。そして授業は始まる。
「まず、一番簡単な魔法。それは『火』の魔法です。逆に氷は難易度が高いです。この世界の魔法は大きく8つに分類されていて――」
一転、まじめな顔でエル先生は俺に魔法の概要を教えてくれる。そして、概要の説明だけすると、さっそく実習に入る。
魔法科の初等部で一番最初に習う魔法、『火』の一、『仄』。左開きの教本を開くと、文字と図形が所狭しと並ぶ。
「詠唱でも、図柄でも、所作でも、その複合でも使えます。これは向き不向きがあるので一概どれが優れているとは言えませんが、すべての魔法に於いて変わりません」
「と、なると……詠唱破棄てのも、可能ですか?」
少年心を強くくすぐる言葉――『詠唱破棄』。『な……、あいつ。『火』の一『仄』を詠唱破棄だと!?』とか言われたい。
エル先生はコクリと頷く。
「勿論可能です。その場合は魔法の才能の他に強いイメージが必要です。例えば――、『仄』」
エル先生が呟くと、彼女の左手人差し指にポッと柔らかな小さな丸い明りが灯る。
「こんな風に」
そう言って、先生はニコリと笑う。
「……な、『火』の一、『仄』を、……詠唱破棄、だと!?」
俺はゴクリと唾をのむ。
「いや、全然すごくないんで。初等部1年生で全然いけちゃいますから」
「はい、先生質問。やっぱり詠唱破棄より完全詠唱の方が強い感じですか?」
「そうですね。その場合は『詠唱破棄』の分と、『詠唱』の二つが乗っかる形になりますから、詠唱破棄が可能な術者が完全詠唱をすると、威力は跳ね上がります」
「なるほどっす」
エル先生は両手の人差し指を順に立ててから、それを交差して掛け合わせる。
「それじゃあ、実際にやってみましょう。まずは『完全詠唱』で『所作』を付随させた、一番難易度の低いものからです」
「所作」
教本に載る所作とは、まるで変身ヒーローの様に、①両手を体の前で交差させ、②そのまま大きく円を描き再び交差、③そして、手のひらを大きく前に突き出す。とある。正直言って、これはかなり恥ずかしい。
気が付くと、面白そうな気配を敏感に察した天戸がすぐ後ろにいて、マフラー椅子に座ってニヤニヤしながらスマホを構えていた。
「ふふ、初めての魔法。ちゃんと動画撮ってあげるからね」
「さ、どうぞ」
エル先生はニコニコと俺に手で促し、天戸はワクワクを隠し切れないと言った感じでニヤニヤとスマホを俺に向ける。
俺は一度大きく息を吐いて、覚悟を決める。
「旧き祝詞を継ぎし者よ、我に応え星の記憶を刻みし指先より、封ぜられし灯よ目覚めよ。汝、灼かず、燃えず、ただ在る光!」
恥も外聞の捨てて、両手を大きく回しながら声を上げる。こう言うのは恥ずかしがったら負けだ。俺は右手を前方に突き出して声を上げる。魔法の才能が溢れてて大爆発とか起こしたらごめんな?
「火の一、……『仄』!」
俺の手のひらの、具体的には小指の先に、ぽうっと蛍の光の様な灯りがか細く灯る。俺の、初めての魔法。
熱を持たないはずのその初級魔法は、場所を変えて、なぜか俺の胸の奥で確かに熱く燃えていた。
「おめでと、すごいじゃん」
天戸が茶化すでもなく、柔らかく微笑んだので少し照れ臭かった。
とにかく、魔法レッスン初歩の初歩は完了した。




