『ワンナイト・ステージ』
もろもろ遅刻の手続きを職員室でしてから、体育館へと走った。
入口前――流れる音楽が、未だダンス発表が続いている事を教えてくれる。
大きな扉を開けて、靴を履き替えて。
今の発表者を邪魔しない様に、音を立てずそろっと館内に入った。
「……椛さん」
パッと開けたその空間、一番前。
壇上で踊る彼女が目に入った。
そして、動きが横の友達であろうペアと違うのも見えた。
“ズレている”。一瞬で分かった。
焦燥しているであろう彼女の表情で、ズレている事に彼女自身が気付いている事も分かった。
視線の雨に打たれながら。
時折聞こえる声を浴びながら。
しかし椛さんは、何とか最後には動きを合わせて踊りきった。
あの状況で——きっと必死に。諦めずにやりきったのだ。
「……っ」
だから、俺は真っ先に拍手した。
凄いと思ったから。
そして俺は走った。その拍手が鳴りやむ前に。
「うんうん、最後まで頑張ったね。さて、それじゃこれで——」
「すいません」
「!? 東町君じゃないの! 担任からは休みって聞いていたけど……」
「なんとか治ったので。まだ間に合いますか?」
前に出ようとする先生を呼び止める。
そんな俺にギョッとした視線が集まる。そしてその中には、五人の彼女も居た。
この生徒達は、合わせれば80名近い。
なのに——すぐに見分けられた。
きっと俺を見る目が違ったからか。
「ええ、まだ時間は余裕あるし平気よ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
未だざわつく場内の中、俺は壇上に上がった。
男子と女子……両方が自分に注目している。
「10秒経ったら流すよー!」
深呼吸はしなかった。
不思議と、この状況で落ち着いていたから。
☆
☆
——「休みじゃなかったの」「終わると思ったのに」「ダンス部が言ってたのって彼の事だよね」――
——「なんでアイツ居るんだよ……」「遅れた主人公気取りか?」――
彼が壇上に経った後、生徒達の心無い声。
それでもいっちは凛とした表情のまま。
ひたすらに、音楽が流れるのを待っていた。
まるで別人みたい。
いや——わたしは、こんな彼を見た事が数度ある。
あの時。OG二人から助けようと——カラオケルームに向かった時も。
《――「助けに来たよ」――》
きっと、こんな彼だった。
そして。
先生の声から10秒が経とうとした、その瞬間に。
《——♪》
流れる音楽、踊りだす彼。
溶け込む様に、足でステップを刻んでいる。
輝く虹色と対照的に、夜と踊っているかと思える程に大人っぽくて。
雰囲気が変わったと感じたのはわたしだけじゃない。
静まり返ったこの場内が、その答えを教えてくれた。
彼のダンスは、生徒達の目を一瞬で奪ったのだ――
☆
☆
今までの人生で何回も踊る機会はあった。
小学生、中学生、高校に入ってからも。
運動会はもちろん。体育の授業のプログラムで、今ではダンスは必須科目だ。
そしてダンスは、一人でやるものじゃない。
集団の中で一人が下手くそであれば、思いっきり目立つ。
それが嫌で、俺は踊る機会がある度に家でもずっと練習していた。
身体の動かし方とか、リズムに乗るコツとか。
義務感のまま、ひたすらに覚えていく。
上手くなっていたとしても別に楽しくもなんともなかった。
目立ちたくないから。笑われたくないから。
そんな動機が全てだったから。
――でも。
□
636:名前:恋する名無しさん
>>540 クラブ行ってみようぜ あっ当然陽キャの巣の方ね
□
人の趣向は変わるものなのだ。
そう、ふっとした瞬間に。
一か月前。その安価で。
《……♪》
曲が流れ出す。
最初のステップは『パウワウ』。
リズムに合わせ、左足を蹴って右足を引く。
次は右足を蹴って左足を引く。
もはや条件反射だ。
普段通り。クラブで踊っている時と、全く同じ。
思い出さずとも自然に身体が動く。
楽しい。
ずっと気にしていた視線が、嘘みたいに感じない。
「っ」
作曲の勉強をしていて、音楽の奥深さは少しずつ分かって来たつもりだ。
たった二分間の中に、どれだけの情報や意図が込められているかなんて。
夢咲さんがくれたこの曲も同様。
歌詞はないけれど、聴いていると風景が浮かんでくる。
『深夜、月より明るいネオンライト』。
『ステップを刻む男の姿』。
『一人っきりのダンスフロア』。
《――♪――》
だから、俺はそれを邪魔しちゃいけない。
寄り添う。浮かんでくる彼に自分を重ねる。
そうして気付けば。
あっちから俺の方に合わせてくれるんだ。
ただひたすらに。
“その音楽と、一体化する様に”。
「っ――」
気付けば曲は中盤で。
『チャールストン』――足を上げ、前に後ろに交互にステップ。
『ドラムンベース』――踵を床に打ち落とす。
二つをシャッフル。
上がり続けるテンションに身を任せて、脚を、腕を、体全体を動かしていく。
派手さは要らない。
ただ、音楽に身を任せて。
初めてクラブで踊ったステップよりは、少しは上手くなったと思いたいね。
《♪――》
ああ、楽しい。
スレを立ち上げていなかったら、この楽しみも知りえなかった。
頭の中で鳴り響く音楽と共に、過去の情景が浮かんでくる。
《――「えっウソでしょ? マジでとーまち?」――》
《――「見た目によらず家庭的なのね、貴方」――》
《――『僕とも友達になってくれませんか』――》
《――「よろしくな。東町」――》
《――「ね! いっち!」――》
『変わりたい』、そう思って一か月……気付いたんだ。
大事な友達が奇跡的に五人出来て。
俺はずっと、そのままで居たいと思ってしまった。
永遠に。
まるで時間を止める様に。
そんな事、絶対にあり得ないっていうのに。
《――♪》
結局、俺は覚悟が出来ていなかった。
変わっていくこの世界に、己が直面するのを。
大事な友達の視線が、関係が変わるのを。
真正面から受け止める覚悟が出来ていなくて。
“変わりたい”と思っていた俺は、“変わる”事を恐れて。
進んでいくその世界に、背を向けて逃げ続けた。
「っ――」
あっというま、曲は終盤。
そして今、ようやく振り向く。
クラブ通いだろうが……ダンスで目立とうが。どんな目で見られようが。
これが俺なんだと覚悟が出来た。
この技で――さっきまでの自分とは決別だ。
《♪》
ラスト3秒。
過去の俺は『永遠』を望んだ。
だからきっと、この振り付けを選んだのだろう。
『MAX』。
片手で逆立ちして、ポーズを決めるここ一番の静止技。
当然ミスは許されない。
ダンッと、壇上を蹴って足を振り出し空中へ。
左手だけで体を支えて。腕は地面を押すよう真っ直ぐに。
目線を上へ。右脚は伸ばし、左脚は曲げてカチッと静止!
「——っ」
残り、1秒。
時計、回る秒針を壊す様に。
有象無象、響く音を消し去る様に。
—―止まれ。
今だけは、全員黙って『俺』を見ろ!!
《————》
カウント、ゼロ。
曲の終了と共に静止を解く。
「——はっ、はっ……」
壇上。
地面に両方の足を付ければ、止めた時間は動き出した。
夢の様なそれは終わった。
場内。
聞こえるは、己の吐息と鼓動のみ。
見えるのは、俺を見つめる視線のみ。
静寂。
けれど。
時計の音は――聞こえない。




