7・幼馴染からの挑戦
翌朝。
「優せーんぱい。起きてくださーい」
声がして目を開けると、そこには朱里の姿があった。
「……お前、どうして俺の部屋の中にいるんだ?」
朝からこいつの顔を見ると気分が悪くなってくる。
「ふふん。先輩のお母さんに上げてもらったんですよ。昨日は無理でしたが、根気強く話せば分かってくれましたー。優先輩のお母さんはわたしのことを信頼してますからね」
母さん……なんということをしてくれる。
まあここ最近忙しくて、朱里との不仲を説明できなかった俺にも責任はあるが。
「取りあえずそこをどけ」
「ヤですー」
現在朱里は寝ている俺を押し倒すような形になっている。
魅力的な女子にやられれば、ドキドキの一つや二つもするかもしれないが……こいつにやられても全く響かない。
「先輩。今日こそはわたしと一緒に登校するのです。『うん』と言うまでここをどく気はありませんからー」
悪魔のような笑顔を浮かべる朱里。
……言ってダメなら仕方ないな。
「ふん」
「きゃっ!」
無理矢理両手で朱里を押す。
すると朱里は小さな悲鳴を上げて、そのまま頭からベッドの下に落ちてしまった。
落とし穴にはまって両足を出しているような姿で、なんとも間抜けだ。
「いたた……な、なにするんですか、せんぱ……」
「うるさい」
立ち上がり、俺は朱里を見下す。
「誰がお前と一緒に学校に行かなくちゃならないんだ。俺は彼女がいて忙しいと言っただろう? だから……」
「ああ、エア彼女さんですよね?」
朱里は自分の髪型を直しつつ、怯まずにそう言い放った。
「エア彼女?」
「はい。先輩、彼女ができたって言いますけど、それらしい人いないじゃないですか。そりゃあ……昨日はちょーっとだけ女の子と喋ってたみたいですけど、彼女らしいことはしていませんでした」
「見てたのか?」
「当然です。だってわたしはせーんぱいのことをいつでも見てますもん」
最早キモさを通り越して、恐怖すら感じるな。
「だが、俺には本当に彼女がいる」
「だったら証明してくださいよ。わたしにその彼女さんとやらを一人でも見せてくださいよ。何人もいるんですから、それくらい簡単ですよね?」
……くっ! 朱里のヤツ、なかなか痛いところを突いてくれる。
何度も言うようであるが、俺に「彼女ができた」というのは嘘である。無論朱里に紹介できる女もいない。
しかしここで変に誤魔化すのも、さらに朱里の疑いも強くなってしまうだろう。
だから。
「……分かった。見せてやるよ」
「ほーら、やっぱり彼女さんなんていな——って、え!?」
「見せてやると言ってるんだ」
「そ、そんな……ほ、本当に彼女がいる!? いや、まだ本当かどうか分からない……」
ぶつぶつ朱里は呟いていた。
「だが、ちょっと待ってくれるか? いきなりこんなことを言って、彼女を呼び出すのも嫌に思われるだろうしな」
「……分かりました。じゃあ来週の土曜日とかどうですか? 学校も休みですし、丁度いいでしょう。これだけ猶予を設けてあげるんですから、大丈夫ですよね?」
「分かった。十分だ」
来週の土曜……まだ十日はあるな。
それまでになんらかの対策は取れるだろう。
「あっ、それから……もし先輩に彼女がいなかったら、わたしの言うことなんでも一つだけ聞いてくれますか?」
朱里が人差し指を一本立てる。
「別にいいぞ。だが、もし俺に彼女が本当にいた場合、俺からの言うことも一つ聞いてもらう」
「……分かりましたっ。どうせ先輩に彼女なんていないんですから! この勝負、私が勝ちます!」
さて、面倒臭いことになった。
しかしなにも結婚相手を探すわけではない。来週の土曜日までに、俺と口裏を合わせてくれる女子を一人でも見つけられれば勝利だ。
朱里は既に勝ち誇った表情。
一方の俺は憂鬱すぎて、頭が痛くなるのであった。
◆ ◆
「優。きょ、今日も良い天気だな」
学校に行き、自分の机で今朝のことを考えていると、北沢茜がきょどりながら話しかけてくれた。
昨日、俺が購買に行こうとした時に話しかけてくれた美少女である。
「今日は曇りだけどな」
「……! 雨が降ってなければ良い天気なのだ!」
慌てる北沢を見て、俺はつい苦笑する。
……そうだ。
北沢の目をじっと見て、俺は尋ねた。
「なあなあ、北沢。もしよかったら、昼休みに屋上に来てくれないか?」
「ん? 別にいいが……なんだ?」
「大事な話があるんだ」
「だ、だだだだ大事な話!?」
「ああ。時間は取らせない。いいか?」
「も、ももももちろん良いぞ! ど、どうしよう……いきなりここまで進展するなんて!」
北沢の顔が見る見るうちに真っ赤になる。
もちろん、俺は北沢に「疑似彼女になってくれ」と頼むつもりだ。
北沢はクラスメイトからも優しい性格だと評判だ。きっと俺の頼みも聞いてくれるはずだから。
そして時が流れ、とうとう昼休みになる。
俺は一足早く屋上に行き、北沢を待っていた。
「き、来たぞ! それで優。大事な話とはなんだ?」
よかった、来てくれた。
それにしても、朝見た時よりも北沢がキレイに見えるな。
髪でも整え直したんだろうか?
「ああ……」
こういうのは悩んでいても仕方がない。
俺は勢いのまま、こう口にした。
「俺の彼女になってくれないか?」
「ぷしゅー」
北沢の口からそんな声が漏れ、彼女の体がだんだん後ろに倒れていく。
「お、おい!」
俺はすぐさま駆け寄り、北沢を抱えた。
「か、彼女……やっぱりだ。優は私のことがやっぱり……」
「あっ、ちょっと説明不足だったな。正しくは『疑似彼女』だ」
「なんだと?」
とろけていた北沢の瞳が、一気に元通りになった。
「実は……」
俺は今朝起こった朱里との一件を北沢に説明する。
「な、なんだ……そういうことだったのか……」
何故だか、北沢は肩を落としてがっかりしていた。
「いきなり不躾なことだとは思う。だが頼む……! 俺は朱里を見返したいんだ」
「優が困っているなら力になるよ。それにその朱里という子にもむかつく。優の頼みを聞こう」
よかった。
断られるかと思ってドキドキしていたが……やっぱり北沢は良い子だ。
これが終わったら、たっぷりとお礼しなくちゃいけないな。
「来週の土曜までにまだ日にちはあるな……」
なにか考え込むような北沢。
「優。明日の放課後、時間はあるか?」
「あるぞ。基本的に暇人だからな」
「だったら付き合ってくれないか? せっかくだから、来週の土曜に朱里とやらをビックリさせたい」
「ふうん? なにをするか分からんが、別にいいぞ。北沢には世話になるしな」
「よし。君の幼馴染を見返してやろう! 優はやればできる子なんだからな」
「俺からも頼む」
俺と北沢はそう言って、がっしりと握手をした。
これで来週の土曜については心配なくなった。
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