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40/42

40・結婚を前提に付き合ってください

 休憩時間。

 朱里からの呼び出しを受け、俺は屋上に急いだ。


「一体あいつ、なにを企んでいるんだろうな」


 好奇心半分、不安半分といった感じで階段を昇り、屋上へと繋がる扉の前まで辿り着く。


「ええい、ままよ!」


 思い切って扉を押す。

 すると。



「来ましたね。せーんぱい」



 憎たらしい幼馴染、朱里の姿があった。


「一体お前……なんのつもり……」


 扉を閉めて、朱里に近付こうと一歩踏み出す。


 その時であった。



 カチッ。



 後ろから鍵がかけられた音。

 すぐさま扉を引いてみるが、開くことができなかった。


 ……なるほどな。


「お前、そういうつもりだったのか」


 おそらく、俺の見えないところで二組の連中が待機していたのだろう。

 そして俺が屋上に入るのを見計らって、扉に鍵をかけた。

 屋上への扉には職員室にかけられている。

 先生達も文化祭の対応で忙しくて、警備が手薄だった。

 その時を狙いやがったか。


「ここに閉じ込めて、午後から俺が店の方を手伝えないようにした……それがお前の狙いか?」

「ふふふ」


 朱里は不敵に笑う。


「だが、残念だったな」


 こうなることは予測していたパターンの一つだった。決して不意をつかれたわけではない。

 俺はポケットからスマホを取り出し、朱里に話を続けた。 


「連絡をすれば、すぐにでも一組の連中が助けに来てくれる。どっかで待機しているヤツを捕まえて鍵を奪い取るなり、扉をこじ開けるなり、先生に言いつけるなり……どうとでもできる。お前の卑怯な手段は最初からお見通しなんだよ」


 正直拍子抜けだ。

 この可能性は元から考えていた。

 しかしあえて乗ってやろうと思った。朱里がなにをしてくるか興味があったからな。


 だが……朱里が俺が考え得る中で、最も愚かな策を選んできた。

 堕ちた幼馴染みには、これくらいしかできないだろう。


 ただ俺がここで予想外だったのは……。


「午後から先輩を店の方に行かせないようにする? 違いますよ。そんなことしても、後々問題なりますし、それで二組が勝った……とは言えないでしょう。わたしの狙いは別のところにあります」


 と朱里が口にしたことだ。


 別のところ?

 ここで初めて俺は戸惑う。


 しかし動揺を悟られてはダメだ。相手につけ込まれる。

 俺は極めて冷静に努めながら、


「じゃあお前の狙いはなんだってたんだ。俺をこんなところに閉じ込めて……なにがしたい?」


 と問いかけた。


「わたしの狙いは一つだけですよ。わたしは先輩と()()()()でお喋りがしたかっただけです」

「お喋り?」


 また訳の分からないことを言い始めやがった。


 しかし額面通りに受け取るのは危険だ。

 言葉の真意を読み取らなければならない。


 俺は朱里の一挙一動に注目していると、彼女はくるっと背を向ける。そしてフェンスに向かってゆっくりと歩き出した。


「先輩、覚えてます? わたし達が昔した約束のことを」

「約束……そんなことしたっけな」

「えー、じゃあ記憶力がない先輩のために思い出させてあげますよ。これ……覚えてます?」


 朱里がくるっと振り返り、ポケットから()()()を取り出した。


 それは……。


「ストラップ……? 俺が昔にお前の誕生日プレゼントで渡したヤツだよな」


 醜いストラップであった。

 こいつが未だにこれを自分のバッグに付けていることを、俺は知っている。


「ぴんぽーん。アタリです。先輩もそれくらいのことは覚えていたんですね」


 いちいち言うことが気に障る。


 彼女はストラップをぶらんぶらんと揺らしながら、こう話を続けた。

「先輩。このストラップをわたしにくれた時、なんて言ってくれたか覚えてます?」

「……大人になったら結婚して欲しい、なんて口走ってしまったんだっけな」

「ぴんぽーん」

「全く……子供ながら、変なことを言ってしまったもんだよ。自分のことだが、恥ずかしいばかりだ」


 しかし朱里はなにを言いたいっていうんだ?


 未だに彼女の真意が読み取れない。


「せんぱーい」


 朱里は後ろに手を回して、今度に顔を向ける。

 そしてゆっくりと俺に近付いてきた。

 鼻と鼻がぶつかりそうになるくらいの距離まで、朱里が俺に接近する。


「だからお前……なにを……っ」

「先輩。今からすっごい恥ずかしいこと言いますから、ちゃんと聞いてくださいね」


 彼女は俺の鼻先を指で押し、



「わたしと結婚を前提に付き合ってください」



 ——と言った。


「今こそ子供の時の約束を果たしてくださいよ。まずはお付き合いから始めましょ?」

「…………」


 呆れてものが言えなくなってしまった。

 こいつはそれが言いたいがために、俺を屋上に呼び出したというのか。


 ならば俺の答えは決まっている。


「返事はすぐに聞かせてやろう」

「きゃっ!」


 俺は彼女の両肩を押して、



「絶対にごめんだ」



 と突き放した。


「ど、どうして……」


 朱里は尻餅を付いて、俺を恐る恐る見上げている。

 そんな憐れな幼馴染を見ても、俺は一切同情をしなかった。


 一歩ずつ近づき、


「お前、その性格。そろそろ直した方が良いと思わないのか?」

「わたしがですか?」

「そうだ」


 カタカタ……。


 靴が屋上の床に当たる無機質な足音が聞こえる。


「お前は自分勝手すぎるんだよ。それでいて、相手の気持ちなんて一切考えない。お前、喋る時に他人の気持ちを考えたことあるか?」

「…………」


 朱里は涙目で口を閉じたまま。


「そういうところだぞ。お前、もしかしてクラスでも浮いてるんじゃないのか?」

「!!」


 朱里の肩がびくりと震える。

 どうやら図星のようだな。予想は付いてたけどよ。


「そもそも学年を跨いで、俺達の隣のクラスを手伝う……って有り得ないだろうが。お前、自分のクラスの出し物はどうした?」

「そ、それは……」

「ほら、言えない。大方仲間外れにされて、クラスの輪に入れないんだろうな」

「…………」

「まただんまりか。それともなにも言い返せないっていういことか」


 朱里の姿を見て、俺は北沢に言われたことを思い出していた。



 ——もしかして。その幼馴染は君のことが好きだったんじゃないか?



 それは分からない。


 あれから俺の中で色々考えてみた。


 しかしたとえ朱里が俺のことを好きだったとしても、それに答える義務もない。

 一方的な好意を向けられたとしても、それが暴走してしまっては意味がない。


「取りあえずその性格を直せ。そうすれば、友達の一人や二人くらいできるかもな」


 朱里に背を向ける。



「「優!」」「牧田君!」



 それと同時くらいで、屋上の扉が中から開かれた。


 真っ先に北沢と小鳥遊、そして市川が俺の胸に飛び込んできた。


「北沢、小鳥遊、市川……それにみんなも?」


 三人の後ろにはクラスメイトの姿が。


「なかなか優が戻ってこないから、様子を見に来たんだ!」

「そうそうー、優がなにかされているかも! ピンチかもって思ってね! そしたら案の定……屋上に閉じ込められていて……」

「鍵を持っていた生徒は近くにいました。やはり牧田君を閉じ込めて、私達のクラスの戦力ダウンを図っていたらしいです」


 俺はまだなんらSOSメッセージを送っていないというのに……頼もしいクラスメイト達だ。


「そっか。みんな、ありがとう。だが……そろそろ休憩時間も終わる。今すぐお店の方へ戻ろう」


 そう言って、みんなと屋上から出る。


 貴重な休憩時間を俺の救出のために使ってくれて……みんなには本当に感謝しかない。

 なんとしてでも、勝負には勝ちたいものだ。そしてこの調子なら、それも叶うだろう。


 朱里が呆然としていたが、これ以上構ってやる道理もない。


 俺は一度も振りかえず、扉を閉めるのであった。

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