40・結婚を前提に付き合ってください
休憩時間。
朱里からの呼び出しを受け、俺は屋上に急いだ。
「一体あいつ、なにを企んでいるんだろうな」
好奇心半分、不安半分といった感じで階段を昇り、屋上へと繋がる扉の前まで辿り着く。
「ええい、ままよ!」
思い切って扉を押す。
すると。
「来ましたね。せーんぱい」
憎たらしい幼馴染、朱里の姿があった。
「一体お前……なんのつもり……」
扉を閉めて、朱里に近付こうと一歩踏み出す。
その時であった。
カチッ。
後ろから鍵がかけられた音。
すぐさま扉を引いてみるが、開くことができなかった。
……なるほどな。
「お前、そういうつもりだったのか」
おそらく、俺の見えないところで二組の連中が待機していたのだろう。
そして俺が屋上に入るのを見計らって、扉に鍵をかけた。
屋上への扉には職員室にかけられている。
先生達も文化祭の対応で忙しくて、警備が手薄だった。
その時を狙いやがったか。
「ここに閉じ込めて、午後から俺が店の方を手伝えないようにした……それがお前の狙いか?」
「ふふふ」
朱里は不敵に笑う。
「だが、残念だったな」
こうなることは予測していたパターンの一つだった。決して不意をつかれたわけではない。
俺はポケットからスマホを取り出し、朱里に話を続けた。
「連絡をすれば、すぐにでも一組の連中が助けに来てくれる。どっかで待機しているヤツを捕まえて鍵を奪い取るなり、扉をこじ開けるなり、先生に言いつけるなり……どうとでもできる。お前の卑怯な手段は最初からお見通しなんだよ」
正直拍子抜けだ。
この可能性は元から考えていた。
しかしあえて乗ってやろうと思った。朱里がなにをしてくるか興味があったからな。
だが……朱里が俺が考え得る中で、最も愚かな策を選んできた。
堕ちた幼馴染みには、これくらいしかできないだろう。
ただ俺がここで予想外だったのは……。
「午後から先輩を店の方に行かせないようにする? 違いますよ。そんなことしても、後々問題なりますし、それで二組が勝った……とは言えないでしょう。わたしの狙いは別のところにあります」
と朱里が口にしたことだ。
別のところ?
ここで初めて俺は戸惑う。
しかし動揺を悟られてはダメだ。相手につけ込まれる。
俺は極めて冷静に努めながら、
「じゃあお前の狙いはなんだってたんだ。俺をこんなところに閉じ込めて……なにがしたい?」
と問いかけた。
「わたしの狙いは一つだけですよ。わたしは先輩と二人きりでお喋りがしたかっただけです」
「お喋り?」
また訳の分からないことを言い始めやがった。
しかし額面通りに受け取るのは危険だ。
言葉の真意を読み取らなければならない。
俺は朱里の一挙一動に注目していると、彼女はくるっと背を向ける。そしてフェンスに向かってゆっくりと歩き出した。
「先輩、覚えてます? わたし達が昔した約束のことを」
「約束……そんなことしたっけな」
「えー、じゃあ記憶力がない先輩のために思い出させてあげますよ。これ……覚えてます?」
朱里がくるっと振り返り、ポケットからなにかを取り出した。
それは……。
「ストラップ……? 俺が昔にお前の誕生日プレゼントで渡したヤツだよな」
醜いストラップであった。
こいつが未だにこれを自分のバッグに付けていることを、俺は知っている。
「ぴんぽーん。アタリです。先輩もそれくらいのことは覚えていたんですね」
いちいち言うことが気に障る。
彼女はストラップをぶらんぶらんと揺らしながら、こう話を続けた。
「先輩。このストラップをわたしにくれた時、なんて言ってくれたか覚えてます?」
「……大人になったら結婚して欲しい、なんて口走ってしまったんだっけな」
「ぴんぽーん」
「全く……子供ながら、変なことを言ってしまったもんだよ。自分のことだが、恥ずかしいばかりだ」
しかし朱里はなにを言いたいっていうんだ?
未だに彼女の真意が読み取れない。
「せんぱーい」
朱里は後ろに手を回して、今度に顔を向ける。
そしてゆっくりと俺に近付いてきた。
鼻と鼻がぶつかりそうになるくらいの距離まで、朱里が俺に接近する。
「だからお前……なにを……っ」
「先輩。今からすっごい恥ずかしいこと言いますから、ちゃんと聞いてくださいね」
彼女は俺の鼻先を指で押し、
「わたしと結婚を前提に付き合ってください」
——と言った。
「今こそ子供の時の約束を果たしてくださいよ。まずはお付き合いから始めましょ?」
「…………」
呆れてものが言えなくなってしまった。
こいつはそれが言いたいがために、俺を屋上に呼び出したというのか。
ならば俺の答えは決まっている。
「返事はすぐに聞かせてやろう」
「きゃっ!」
俺は彼女の両肩を押して、
「絶対にご免だ」
と突き放した。
「ど、どうして……」
朱里は尻餅を付いて、俺を恐る恐る見上げている。
そんな憐れな幼馴染を見ても、俺は一切同情をしなかった。
一歩ずつ近づき、
「お前、その性格。そろそろ直した方が良いと思わないのか?」
「わたしがですか?」
「そうだ」
カタカタ……。
靴が屋上の床に当たる無機質な足音が聞こえる。
「お前は自分勝手すぎるんだよ。それでいて、相手の気持ちなんて一切考えない。お前、喋る時に他人の気持ちを考えたことあるか?」
「…………」
朱里は涙目で口を閉じたまま。
「そういうところだぞ。お前、もしかしてクラスでも浮いてるんじゃないのか?」
「!!」
朱里の肩がびくりと震える。
どうやら図星のようだな。予想は付いてたけどよ。
「そもそも学年を跨いで、俺達の隣のクラスを手伝う……って有り得ないだろうが。お前、自分のクラスの出し物はどうした?」
「そ、それは……」
「ほら、言えない。大方仲間外れにされて、クラスの輪に入れないんだろうな」
「…………」
「まただんまりか。それともなにも言い返せないっていういことか」
朱里の姿を見て、俺は北沢に言われたことを思い出していた。
——もしかして。その幼馴染は君のことが好きだったんじゃないか?
それは分からない。
あれから俺の中で色々考えてみた。
しかしたとえ朱里が俺のことを好きだったとしても、それに答える義務もない。
一方的な好意を向けられたとしても、それが暴走してしまっては意味がない。
「取りあえずその性格を直せ。そうすれば、友達の一人や二人くらいできるかもな」
朱里に背を向ける。
「「優!」」「牧田君!」
それと同時くらいで、屋上の扉が中から開かれた。
真っ先に北沢と小鳥遊、そして市川が俺の胸に飛び込んできた。
「北沢、小鳥遊、市川……それにみんなも?」
三人の後ろにはクラスメイトの姿が。
「なかなか優が戻ってこないから、様子を見に来たんだ!」
「そうそうー、優がなにかされているかも! ピンチかもって思ってね! そしたら案の定……屋上に閉じ込められていて……」
「鍵を持っていた生徒は近くにいました。やはり牧田君を閉じ込めて、私達のクラスの戦力ダウンを図っていたらしいです」
俺はまだなんらSOSメッセージを送っていないというのに……頼もしいクラスメイト達だ。
「そっか。みんな、ありがとう。だが……そろそろ休憩時間も終わる。今すぐお店の方へ戻ろう」
そう言って、みんなと屋上から出る。
貴重な休憩時間を俺の救出のために使ってくれて……みんなには本当に感謝しかない。
なんとしてでも、勝負には勝ちたいものだ。そしてこの調子なら、それも叶うだろう。
朱里が呆然としていたが、これ以上構ってやる道理もない。
俺は一度も振りかえず、扉を閉めるのであった。




