39・メイド服作戦大成功!
「自分で提案したことだが……みんなよくメイド服なんて着てくれたな」
サンドイッチを作りながら、俺は最初に言った時のことを思い出していた。
あれはまだ、俺が喫茶店で特訓を始めてから一週間目くらいのことであった。
俺は女子達を教室に集め、メイド服作戦について提案していた。
「えーっ!? メイド服?」
小鳥遊が声を上げる。
「ああ……サンドイッチを作るとして、一番の難所は『客を待たせること』だと思うんだ」
美味しいサンドイッチを作るとする。
しかし……現状マスターにそれを教えてもらっているのは、俺と小鳥遊だけだ。
他の人達に手伝ってもらうが、それだけでは手が回らない。
その場合、客が列から離れてしまうこともあるだろう。
「だから俺は女子達にメイド服を着てもらいたい」
狙いは二つある。
一つは出店自体の魅力を増やすこと。
二つ目はは、たとえ客を待たせたとしても、離れていかないようにするためだ。
「だが……メイド服など、いくらなんでも恥ずかしい」
一番難色を示していたのは北沢である。
凜とした彼女のイメージに、メイド服は合わない。着るのが恥ずかしいのだろう。
しかし北沢もメイド服を着てもらえれば、きっと似合う。
スタイルも良いからな。彼女こそ所謂『メイド服映え』するはずであった。
「頼む……! 二組に勝つためなんだ。それに俺もみんなのメイド服姿を見てみたい」
「牧田君、そんなことを思っているんですか?」
市川が目を丸くする。
「ああ……どうかな? 無理強いはできないけどな。だが、この作戦を実行すれば、確実に隣のクラスに勝てると思うんだ」
「勝てる……!」
その言葉に女子達の目が輝く。
「うん……ここまできたら、隣のクラスに絶対に勝ちたいもんねっ」
「岸川さんのためでもあるし」
「それに牧田君の言っていることなんだ。きっと正しいと思うよ」
みんなはここまで『隣のクラスに勝つ!』という目標に一丸となって、頑張ってきた。
それが引き金となったのだろう。
「みんな……」
岸川がその様子を見て、目を潤ませている。
賛成の声がさらに大きくなっていく。
「どうだ。みんな、やってくれるか?」
「「「良いよー!」」」
みんなの声と気持ちが揃った。
よかった。
この作戦は文化祭での肝だと思っていたのだ。
ほっと安堵の息を吐く。
「私も優が言うなら、着てみよう……!」
「北沢……」
「だ、だがな! 優が言うから、私は着るんだぞ! 他の男に言われても絶対に着ん! そのことを忘れないで欲しい!」
「も、もちろんだ」
みんなの賛同を取り付けた俺は、それからネットでメイド服を探していた。
うっ……結構するな。
しかしこれくらいなら、みんなにお金を出し合ってもらえれば十分足りる。
そして俺は無事に人数分のメイド服を集め終え、文化祭に備えるのであった——。
というのが一連の経緯である。
「す、すごいよっ! どんどんお客さんがやってくる!」
隣でサンドイッチ作りを手伝ってくれる小鳥遊から、嬉しい悲鳴が上がった。
「だな。みんな、頑張ってくれている。もう少しで休憩時間に入るし、もう少しの辛抱だ」
この文化祭では、一時から一時三十分の短い間を『休憩時間』と定めている。
その間は全ての出店、および出し物が停止となる。
それを計算しなければならない。
……うん。今並んで貰っているお客さんで、午前の部は終わりといったところか。
「岸川、列を整備してくれる人達に言ってきてくれるか? 午前の部はここまでだって」
「分かったー」
近くにいた岸川にそう指示を出す。
なんだか、俺が文化祭実行委員みたいだな……。
こういうのは性に合ってないと思っていたが、なかなかどうして、意外とやってみたら上手くいくものだ。
そう思っていると、
ぴろん。
スマホの通知音が鳴った。
「なんだ? 忙しいから手を離せないが……」
とはいっても、クラスの誰から大事な報告がきてるかもしれない。見ないわけにはいかない。
俺は片手でスマホの画面を見ると、思わず言葉を詰まらせてしまった。
『朱里:先輩。今日の休憩時間、大切なことを伝えなきゃいけないので、屋上に来てくれますか?(^o^)』
朱里だ。
「あいつ……この期に及んで、なにを言ってるんだ」
「どうしたの、優?」
相当俺は渋い顔をしていたのだろうか、小鳥遊が顔を覗き込んでくる。
「なに、大したことはない。朱里から呼び出されてな」
「え!? 朱里って、幼馴染の子だよね」
「ああ。休憩中に屋上に来てくれってさ」
首を縦に振る。
すると小鳥遊は必死にこう止めてきた。
「きっと変なことを考えているに違いないよ! 優、せっかくの休憩時間をそんなのに潰す必要はないよ。行く必要なんてない!」
「俺もそう思うんだが……」
「でしょ? そんなの無視しちゃえばいいじゃん」
「…………」
「優?」
すぐに小鳥遊の言葉に答えられない俺がいた。
確かに……ここで俺が朱里の言うことを聞く必要なんてない。
しかし同時に不思議なことを俺は感じていた。
これは無視してはいけない類のものだ……と。
「悪い、小鳥遊。休憩時間だし、ちょっと行ってみる」
「ど、どうして……」
「決着をつけてくる。それに朱里は二組の出店も手伝っているみたいだしな。ここで無視したら、なにか嫌がらせをしてこないとも限らない」
そうなると、ただでさえお客さんが多くて混乱しているのに、さらにクラスがかき乱されることになってしまう。
俺のせいでそうなってしまうことは、なんとしてでも避けたかった。
「そっか……うん。優がそう言うなら、ボクはこれ以上止めないよ。いってらっしゃい。で、でも! なんかあったら、すぐにトークでメッセージ飛ばしてね! すぐに助けに行くから!」
「ありがとう」
さてさて。
朱里はなんのつもりなんだろうか。
しかしなにも心配する必要はない。
彼女がたとえなにをしてこようとも、跳ね返せる自信が俺にはあったからだ。




