37・幼馴染は君のことが……
「じゃあそろそろ帰ろっか」
「うん!」
無事にサンドイッチ作りも習得したし、後は明日の文化祭に備えて体を休めるだけだな。
「頑張れよ……! お前達の作るサンドイッチなら、きっと隣のクラスとやらにも勝てるだろう」
マスターも激励してくれている。
「すごいです! 私もマスターからサンドイッチの作り方を教えてもらってますが、全然ダメなんです……それなのに二週間で習得するなんてっ!」
馴染みのウェイトレスも厨房に顔を出し、褒めてくれた。
「正直ここまでの成長速度は予想以上だった。牧田……お前、学校卒業したらこの喫茶店で働かないか?」
「考えときます」
「むー……そうか。是非来て欲しいんだがな。この調子ならお前、喫茶店界で覇権を取れるぜ」
「そんなに!?」
まあそれだけ言ってくれるのは嬉しいことだし、将来の選択肢が多いのは良いことだ。
「そうそう。ボクはまだ完璧に習得してないけど、優はすごいよ。最後らへん、優の手さばきとかよく見えなかったし……」
「ありがとう。でも小鳥遊も十分上達したと思うぞ」
「ありがと!」
小鳥遊も嬉しそうだ。
「これなら将来は良いお嫁さんになれるだろうな」
「え……?」
あれ?
俺、なんか地雷でも踏んだか?
小鳥遊がきょとんとした表情になっている。
「す、すまん。なにか不快だったか。率直な気持ちを言ったまでだが……」
謝ると、すぐに小鳥遊は顔の前でバタバタと手を振って、
「そ、そんなことないよ! 優に言ってもらえて、なんかすごい嬉しいなーって。将来は優のお嫁さんに……」
と慌てて言った。
最後の方はごにょごにょと言っていたので、よく聞こえなかったが……俺のお嫁さんだと?
いや、勘違いしてはいけない。きっと違うことを言ったんだろう。
「牧田、てめえ……」
「うん。女泣かせですね」
マスターとウェイトレスがにたにたと笑みを浮かべている。
「と、取りあえず帰るか! 疲れを残して、明日寝坊したら話にならないし……」
二人の視線に耐えきれなくなって、今度こそ荷物をまとめて喫茶店を去ろうとした。
その時であった。
「おつかれー!」
「牧田君と小鳥遊さん、サンドイッチ作りは順調ですか?」
と学校帰りらしき北沢と市川が姿を現した。
「おお、来てくれたのか」
「うむ。丁度帰っていたところでな。ついでに君達の様子を見に来たんだ」
「牧田君達、調子はどうですか?」
北沢と市川の距離が近い。
短い間に、この二人も仲良くなったものだな……。
あの勉強会から二人の距離はだんだん近くなっている。
こうやって一緒に下校するまでの仲になったということか。
「サンドイッチ作りを無事に習得したぞ」
「ほ、本当か!?」
クラスメイト達にはもちろん、しばらく俺と小鳥遊が喫茶店でサンドイッチ作りを頑張っていることは伝えていた。
「そうだ。せっかくだからサンドイッチ作ってあげるよ。ちょっと待ってて……小鳥遊」
「うん! ボクも手伝うよー!」
このまま帰るつもりだったが……せっかく二人が来てくれたんだしな。なにもせずに帰るのも味気ないだろう。
俺達はマスターに言って、厨房を貸してもらえることになった。
俺と小鳥遊、北沢と市川……四人分のサンドイッチも作り終わり、さらにコーヒーも淹れて……と。
「おまちどおさま」
「美味しそうだな!」
「サンドイッチがキラキラ光っているように見えます!」
二人が座っているテーブルまでコーヒーとサンドイッチのセットを持っていく。
すると二人は目を輝かせた。
「早速食べてみてくれ。人に食べてもらうのは初めてだからな」
「じゃあ遠慮なく」
北沢がサンドイッチをパクッと口に入れる。
「う、旨い!」
その瞬間、北沢は頬に手を当て、俺のサンドイッチを絶賛したのであった。
「パンも柔らかく、中の具材も絶妙にマッチしている! これは本当にサンドイッチなのか!?」
「こんなサンドイッチ、食べたの初めてです……! 本当に美味しい。牧田君達、二週間でこれだけのものを作ることができるようになったんですか!?」
二人とも手放しに褒めてくれた。
よく見ると、二人の目が蕩けていた。
どうやら評判は上々のようだ。
自分では完璧だと思っていたが、他人から見るとそうでもないかもしれない……という一抹の不安があったが、どうやらその心配はなさそうだな。
「そういえば二人とも、クラスの方はどうなんだ? 俺達は放課後、すぐにここの喫茶店に直行していたから、クラスの様子が分からなくて」
「うむ。クラスの方も良い感じだぞ。少なくても二組には負けないお店を出せると思う」
「しかもこのサンドイッチがあったら……お客さんが押し寄せてきますよ!」
北沢と市川はサンドイッチを頬張りながら、クラスの様子を話してくれる。
「そうか。それなら良かったんだ。クラスの方を全然手伝えてなかったからな。小鳥遊と二人で、少し罪悪感を感じていたんだ」
「なんだ、そんなことを思っていたのか。なら心配はいらない。クラスでは優達のことを悪く言うものはいないし、なんせこれだけのサンドイッチを作れるようになったんだ。なにも後ろめたくなる必要はないだろう」
「そう言ってもらえると安心する」
やがて作ったサンドイッチが、あっという間になくなってしまった。
瞬殺だったな。
「ふう、ごちそうさま」
「美味しかったです」
北沢と市川が手を合わせる。
「へへ……褒めてもらえると、なんだか嬉しいね。ボクは横で手伝ってただけなんだけど……」
「なにを言う。小鳥遊の力もあってのことだ。一人だけだったら、そもそもマスターのスパルタ教育に耐えきれなかったかもしれない。本当にありがとう」
俺達はコーヒーを飲みながら、しばらくまったりと会話を続けることにした。
「それにしても……なかなか新鮮だな」
「なにがだ?」
北沢が目を丸くする。
「今まで料理を作って、他人に出したことは何回かあったんだ」
「え!? 優が他人に? それって誰に出したの?」
「わ、私も気になる!」
「詳しく話してください、牧田君!」
三人が前のめりになって、俺を問い詰める。
その勢いが凄まじく、ついタジタジになってしまった。
「いや……幼馴染の朱里だ」
「ああ。あの酷い幼馴染のことか」
苦い表情を作る北沢。
「しかしあいつは一度たりとも『美味しい』と言ってくれたことはなかった。それどころか『わたしのために作るなんて、当たり前でしょ?』っていう顔をしていた。だから北沢と市川みたいに、これだけ感謝されるのは新鮮だな……って」
「前から思っていたんですが、牧田君。幼馴染の人ってどれだけ酷いんですか? そんなことを言う女の人がいるなんて……」
「そうだな……」
俺は朱里のことを思い出しながら、いかに今まで虐げられてきたかを三人に説明した。
他の女と喋っていたら朱里に怒られるので、ほとんど他人と関わることがなかった。
髪型や口調にまでいちいち文句を言ってきて、息が詰まるような思いだった。恐らく朱里は自分好みの男に、俺を仕立て上げたかったのだろう。
これだけ朱里の不満を他人にぶちまければ、すっきりするな。
やがて語り終えると、
「うむ……やはり酷い女だな」
「優、今までそんなのに耐えてきたんだね」
「牧田君が怒るのも当然だと思います」
三人は慰めてくれた。
やはり……俺が今まで朱里にされてきたことって、異常だったんだろうな。
「しかし優。一つ気に掛かることがある」
「なんだ?」
北沢は少し言いにくそうしながらも、やがて、
「——もしかして。その幼馴染は君のことが好きだったんじゃないか?」
と口にした。
「へ?」
思いもしないことを言われて、つい聞き返してしまう。
「いや、なに。他の女から遠ざけようとしてくるのも、嫉妬しているからだと言い換えられるし……自分好みのっていうところも、君が好きだからこそ言っていると考えれば辻褄が合うのだ。だからといって幼馴染の行動は許されるものではない。しかし……どうして幼馴染が君にそこまで執着していたのか、私には分からないのだ」
「…………」
朱里が俺のことを好きだった?
……いやないな。
朱里は常に俺を虐げていた。
ちょっとでも他の女と喋ろうものなら激怒し、今まで俺の自信を喪失させる行動を何回も取ってきた。
そんな女が……俺のことを好き?
有り得ない。
「いや、そんなことはないと思うぞ。北沢も変なことを言うな」
「そ、そうだな。すまない。今の発言は忘れてくれ。たとえ相手がどう感じていようとも、優がどう思っているかが重要だからな」
北沢が申し訳なさそうな顔をした。
それにしても……朱里は俺のことをどう思っているのだろう。
もしかしたら、一度顔を突き合わせて喋らなければならないかもしれない。
しかし俺と朱里は絶縁している。
二度と喋りかけるな、とも伝えている。
なのにそれを解消して、会話をするなんて……現実的ではないな。
なにかそれにふさわしいシチュエーションがあれば、別かもしれないが……まあ今はそのことについて考えていても仕方がない。
「と、とにかく。明日の文化祭はみんなで頑張ろう。二組に……勝つんだ!」
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