35・秘策——そして幼馴染は暗躍する
その後、俺は小鳥遊と一緒にとあるところへと向かった。
「優の言ってた秘策ってここのことー?」
小鳥遊が目を丸くする。
それに対して、俺は首肯した。
俺達が今いる場所は、駅前の喫茶店である。
朱里との一件があったり、読書会が開かれた場所であったりと、色々と馴染みのあるお店だ。
「ここのマスターと仲良くなってな」
あれから俺は暇を見つけて、何度かここを訪れている。
ここの落ち着いた雰囲気が好きなのだ。
「その時に……何度かサンドイッチも食べたことがある。それがなかなか旨い。良かったらマスターに作り方のコツとかを教えてもらえないか……と思って」
「いいじゃん、いいじゃん! それ、すっごい名案だよ!」
小鳥遊が何度かジャンプする。
「まだ喜ぶのは早いぞ。マスターが良いと言ってくれるか分からないしな」
「そりゃそうだけど……」
「仮に教えてくれたとしても、俺達がそれを体得できるかはまた別の話だ。気合を入れて行こう」
「うん!」
そう彼女に言ってから、扉を押し開いた。
からんからん。
「いらっしゃいませ!」
入店の合図が鳴り響くと、ウェイトレスの女の子が元気よく俺達を出迎えてくれた。
「あっ、牧田さん」
「どうも」
「今日も来てくださってありがとうございます!」
ウェイトレスが頭を下げる。
ちなみに……俺はこの喫茶店の常連になっている関係で、ウェイトレスの娘とも顔なじみだ。
「今日もいつもの席で?」
「いや……マスターに話がありまして。今暇してますか?」
「大丈夫ですよー。どうせバックでスマホでも弄くってますから」
くいくいっとウェイトレスが厨房の方を指差す。
「どうぞ、入ってください。きっと今手が離せなくて、こっちに来られないと思いますから」
「ありがとうございます」
ウェイトレスに礼を言って、俺は厨房へ足を踏み入れた。
一介のお客さんである俺を、こんな簡単に招き入れるとは不用心かと思うが……まあこれが初めてではない。何度かここを通って、マスターと話をしに行ったこともあるのだ。
「マスター」
そして一番奥。
椅子に座って、マスターが真剣な眼差しでスマホを見つめていた。
「…………」
「マスター?」
「後三分待て」
マスターが手で俺を制する。
「ねえねえ、優……もしかして怒ってるんじゃない? 忙しそうだよ……」
「大丈夫」
こそこそと小鳥遊が小声で言ったが、俺はそう返した。
やがてきっちり三分。
「ふう……すまんな。今週のイベントを走っている途中でな。丁度手が離せなかったのだ」
マスターがスマホから目を離し、右腕で額の汗を拭った。
「またスマホゲームですか?」
「うむ、楽しいぞ」
「楽しいのは分かっていますが……仕事中にスマホゲームをするのはいかがなものかと」
「真面目か」
「……あんた、マスターでしょ」
溜息を吐く。
そう。この店のマスターは重度のスマホゲー愛好家なのである。
課金もしているらしいが……それ以上に費やした時間がヤバい。働いている時間よりも、ゲームをしている時間の方が長いのではないか……? と俺は密かに思っている。
「それで牧田君、なにしにきたんだ? 遊びにきたのか?」
「違います。実は……今日はマスターにお願いがありまして」
「お願い?」
俺は文化祭で隣のクラスに勝ちたい、隣にはお菓子職人の息子がいる、サンドイッチの作り方を教えて欲しい……ということをマスターに伝えた。
するとマスターは興味深げに自分の顎髭を撫でながら、
「うむ……お前が気合を出すとは珍しいな」
「俺、マスターの目にどういう風に映ってんですか!?」
「いつも気怠そうにしている少年、と思っている。まあそれはともかく……サンドイッチとは目の付け所が良いではないか」
マスターが手をパンと叩き、
「受けよう。オレがサンドイッチの作り方の神髄を教えてやるよ」
と快諾してくれた。
「い、いいんですか?」
「いいぞ。どうせ暇だしな」
「はあ……」
そんな理由は聞きたくなかった……。
「やったね、優!」
小鳥遊が俺の肩を持って、飛び跳ねる。
だが、俺達はまだスタート地点に立ったばかりだ。
これからマスターの教えを身に付けなければ……!
「ふふふ、しかし覚悟しておけよ」
そんな俺達を見て、マスターが笑いを零す。
「オレの特訓は厳しいぞ? 二週間でお前達を三つ星サンドイッチ職人にしてやる」
「いや……そこまでは……」
「なにを言ってるんだ。目標は高い方がいいではないか。サンドイッチを作るためにインドまで修行に行った、オレの腕を……一から十まで教えてやる!」
「どうしてインドなんですか」
「くくく……今から楽しみだな!」
ツッコミを入れるが、マスターの耳には届かなかった。
しまった……なにかのスイッチが入ってしまったらしい。
しかし厳しいのは覚悟していたことだ。これだけ熱を入れて教えてくれるなら、きっと身に付くだろう。
ますます文化祭当日が楽しみになってきた。
◆ ◆
一方その頃。
牧田達の隣のクラス、二組では異変が起こっていた。
「なんだと……? 君を二組のメンバーの一員にして欲しいと?」
二組の文化祭実行委員でもある佐藤は、急に教室に入ってきたその女性に目を見開いた。
「はい。わたし、どうしてもせーんぱいを見返してあげたいんです。あなたが先輩を目の敵にしていることも、知っているんですから」
その女性の名とは稲本朱里。
牧田優と幼馴染らしいが……。
「だが、どうして君を……」
「あなたも先輩に負けられない理由があるんでしょう?」
「…………」
その通りだ。
最近、隣のクラスでは牧田とかいうヤツが、女子からちやほやされている。
一年生の時は目立たなかったのに……生意気なヤツだ。
あんな男に岸川がなびいてしまう姿を見ると、どうしても対抗心を燃やしてしまう。
そう……彼は岸川のことが好きだったのだ。
だからどうしてもちょっかいをかけてしまう。
そんな彼の純真を知ってか知らないか、目の前の少女は小悪魔的な笑みを浮かべた。
「わたしが売り子をしたら、お客さん、いっぱい来るって思いませんか? それに料理も得意なんですから。あなたのお手伝いもできると思いますよ」
確かに朱里という少女は、まるでアイドルのような容姿をしている。
彼女の見た目に釣られて、外部からお客さんが押し寄せてくるかもしれない。
(断る理由もないか……)
少しでも勝算は増やしておきたい。
彼は頭の中で素早く計算した。
「……よし、分かった。協力しよう。お願いする」
「はい。お願いしまーす」
佐藤は朱里と握手をした。
クラスどころか学年も違うが、別に他クラスから動員してはいけない……なんてルールはどこにもない。
しかしなんだ、この胸騒ぎは?
だがもう後戻りはできない。
不安に駆られている佐藤の視界の外で、朱里が妖しげに微笑んでいた。
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