34・二つの作戦
「あちらはなにを考えてるんだ。それだけ自信満々ということは……なにか勝機でもあるということか?」
俺は続けて岸川に質問する。
「私の幼馴染……佐藤孝って名前なんだけど、あいつお菓子職人の息子なんだ」
「なんと」
「今でもたまにパティシエのお父さんの仕事を手伝ったりする。だから今回のケーキ作りには自信がある……んだと思う」
だからか。
料理の腕前……特にケーキ作りなら、学校の誰にも負けない自信があったのだろう。
だからこそ、その腕を存分に披露することができる文化祭を、勝負の場に選んできたということか。
「牧田君……もしかして料理作りも得意だったりしない?」
岸川が期待を込めた目で俺を見る。
「牧田君、なんでもできるよね。運動だって勉強も。だから料理も実はプロ級……だったりしないかな?」
「残念ながら」
肩をすくめる。
料理なんて家庭科の授業でくらいしか、まともにやったことがない。
お菓子職人の息子である佐藤とやらに、料理だけで対抗できるとは到底思えなかった。
「そっか……ごめん。そりゃそうだよね。牧田君だって神様じゃないんだから」
しょぼんと岸川が肩を落とす。
「でもどうやって勝とう……まともな方法だったら、あいつに勝てないと思うし」
岸川と話を続けていると、
「んー? 優! なに喋ってんの?」
突然横から小鳥遊が顔を出してきた。
「まだ部活に行ってなかったのか? テストも終わったし、部活再開のはずだろ?」
「今日は部活はお休みなんだ。前の週末に頑張りすぎちゃったからね。顧問がたまには体を休めろーって」
そう口にはする小鳥遊ではあるが、うずうずしている様子だった。
頑張り屋の彼女のことだ。休みとは言われても、練習したくてたまらないのだろう。
「それでなんの話してたの?」
「実は……」
小鳥遊に今岸川としたような話を説明する。
すると小鳥遊は怒ったような表情で、
「なにその男! 自分勝手すぎるじゃん! なに、優に嫉妬しているのさ。女々しすぎて気持ち悪いよ!」
と語気を強めた。
さらに続けて。
「佐藤っていう男、いくら岸川さんのことが好きとは言え、そんな一方的な方法じゃ嫌われるだけだよ。もっとやり方を考えないと……」
「おいちょっと待て、小鳥遊」
「ほえ?」
「別に佐藤は岸川のことが好きじゃないだろう?」
全く。いつそんな話を俺がしたっていうんだ。
こんなに敵対心を燃やし、岸川に突っかかってくる男なのだ。
当然彼女のことが嫌いなはず……。
「えー、なに言ってんのさ優」
しかし小鳥遊は即座に否定する。
「もう好きなのバレバレじゃん。岸川さんのことが好きだから、優に嫉妬してるんだよ。だから料理の腕前を披露して、岸川さんの気を惹こうとしている。ね、岸川さん」
「うん……薄々そう感づいてはいた」
二人は示し合わせたかのように視線を合わせた。
……よく分からん。どうして佐藤っていう男が岸川が好きだということになるんだ。
「……まあどちらにせよ、岸川は佐藤を見返したいんだろう?」
「うん」
「だったら、それに向けて俺は頑張るだけだ」
「そうだね」
その他の要素は全てノイズ。
ここで変に惑わされて、文化祭に集中できなくなっては元も子もないだろう。
「でもどうやって勝つつもりなのー? 佐藤君はお菓子職人の息子なんでしょ? 普通にやったら勝てないと思うんだけど……」
小鳥遊が疑問を口にする。
だが。
「それについては俺に考えがある」
「考え?」
「ああ。そもそも出店の人気というのは、料理の旨さだけで勝敗は決まらない。その他の要素も重要ってことさ」
「……?」
小鳥遊と岸川がきょとんとした表情になる。
しかし……岸川ならともかく、小鳥遊にはまだ伝えられない。
もし今伝えたとしても、断られるのが分かっているからだ。
もっと適切なタイミングで伝えよう。
「そして……もう一つは単純に料理の腕前を磨くことだ」
これは正攻法のやり方だな。
とはいえ、文化祭までもう二週間ほどしかない。
話を聞いている限り、佐藤は既に実家の手伝いもしているとのことだ。
一朝一夕の技術で彼に追いつけるとは、残念ながら思えない。
「でもそんなに上手くいくかな?」
「任せておいてなんだけど、私もそう思う」
二人も心配そうだ。
「まあ……結果については不確定だけどな。しかしなにもしないよりはマシに違いない。俺にもツテがある」
「?」
さらに小鳥遊が不思議そうな顔をした。
「とはいえ、出店っていうのはクラスみんなの力があって……のことだと思う。文化祭実行委員である岸川には、クラスのまとめ役をお願いしたい」
「うん、もちろんだよ。それくらい私もしないと……っね」
岸川が腕まくりをする。
さっきクラスで文化祭になにを出すかという話し合いの時、岸川は上手くクラスを仕切っていた。
これについては間違いなく彼女が適任であろう。
「そして俺はその間に料理を練習する」
「あっ、優! ボクも頑張るよ! 私だけなんにもしないのは嫌だからね」
「もちろんだ。小鳥遊が来てくれるなら心強い」
さてと。
目標と指針は定まった。
現段階で文化祭の出店に関しては、隣の二組に劣っている部分も多いだろう。
しかし俺は不思議と負ける気はしなかった。




