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29・勉強会

「優、これはどういうことだ? 説明してもらおう」

「わたし以外にも、人がいるって聞いてなかったけど!?」

「私は……牧田君と二人きりで勉強できると思って……気合入れてきたのに……」


 図書室で勉強会を開くことになったら、何故だか俺は三人に批難されていた。


 確かに「他にも人がいる」と一言言わなかった俺の落ち度かもしれない。


 しかし……ここまで怒られる必要があるか?


「ごめんごめん。でも俺と二人きりより、他に人がいた方がやりやすいだろう? 二人きりだと気まずくなるかもしれないし。苦手なところも補えるし」

「それはそうだが……私はやはり優と二人きりで……」


 ごにょごにょと口ごもる北沢。


「まあまあ。優が鈍感なのは今に分かったことじゃないし」

「そうです……今更です」

「確かに……しかしここまでとは思っていなかった」


 小鳥遊と市川に説得されて、北沢は何度か頷いていた。


「三人とも、面識があるのか?」


 いや同じクラスだから当たり前だが……。


「正直……ちゃんと喋るのは初めてかもしれないな」


 と北沢が言った。


「北沢さん、なんだか怖そうに見えたから、なかなか喋らなかったけど……案外そうでもないのかなー?」

「なんだ。私のことを怖いと思っていたのか」


 小鳥遊の言葉を聞いて、北沢が拍子抜けた表情になった。


「うん。いつもストイックだし……取っつきにくい女の子って感じがしてたよ」

「うむ……それは心外だな。そういうつもりではないんだが……」


 北沢は肩を落とした。

 まあ彼女のストイックな性格も生まれつきなんだろう。無意識でやっていることに違いない。それになにも悪口を言われているわけではない。


「市川は?」

「私も……というか牧田君以外と、クラスの人とそんなに喋りませんし……」


 小さな声の市川。

 どうしてだか、自信なさげだな。


 しかし小鳥遊はそんな市川の背中を思い切り叩いて、


「市川さん! よろしくねっ!」


 と大きな声を出した。


「よ、よろしくお願いします……」


 それに対して、市川はびくっと震えながらも、小鳥遊の言葉に返した。

 こう見ると対照的な二人だな。


「市川。小鳥遊はバカだが、良いヤツなんだ。だからそんなにビビらなくてもいい」


 俺が言うと「えー! バカってボクのこと!?」と小鳥遊がわめいていたが、取りあえず無視だ。


 市川は首を横に振り、


「いえ……小鳥遊さんのことをビビってるとか、嫌いとかではありません。ただ……私がこういうのに慣れていないだけですから……」


 と口にした。


 どうやら市川も小鳥遊に悪い印象を抱いていないようだ。

 せっかくだから、三人とも仲良くして欲しいな。


「さて……まあ色々と納得できないところもあると思うけど、早速勉強会を始めよう」


 元々そのために、この図書室に集まってきたのだ。


「うむ。そうだな」

「ううー……ボク、勉強会と偽って優とずーっと喋っておくつもりだったんだけどな……」

「勉強、頑張ります……!」


 北沢、小鳥遊、市川の順番で喋った。


 各々が教科書や机に参考書を広げる。


 北沢は……日本史。小鳥遊は数学。市川は現代文をやるみたいだな。

 俺は……まあ特別に力を入れようとしている教科もない。ここは三人に合わせるとするか。


「優ー? ここってどういうことなの?」


 小鳥遊が教科書の一部分を指し、俺に尋ねた。


「ここは……こうやって公式に当てはめてやればいいんだ」

「公式?」

「一週間ほど前に習っただろ。えーっと……そうそう、このページに書かれている公式だ」

「……あっ、ほんとだ! 答えが出てきた!」

「その調子だ。後は計算を間違えないようにだけ気をつけてな」

「うん!」


 小鳥遊はまた一つ賢くなった!


 そんなテロップが現れた気がした。気がしただけだけど。


「優。私にも教えてくれないか?」

「もちろんだ」

「縄文時代のことだが……」

「ああここは……」


 北沢にも同じように答えていく。

 小鳥遊とは違って、なかなか難易度の高いところを聞いてくる。

 しかし彼女の場合は内容が頭に入っている。少し教えてやれば心配いらないだろう。 


 授業のことも思い出しながら、俺は丁寧に説明していった。


「おお……! なるほど! まさかあの時のヘンテコな壺が、こんなところに繋がってくるとはな!」

「だろ? 歴史ってのは点で考えるんじゃなくて、線で考えるんだ。そうすれば分かりやすいと思う」

「う、うむ! ありがとう! ……それにしても優の言っていることは、すんなりと頭に入ってくるぞ」

「そうか?」


 だが、今まで人に教える経験なんてなかなかなかったからな。


 こうして人に教えることによって、自分の頭の中も整理されていく……ような気がする。

 これはこれで、なかなか効率の良い勉強方法かもしれない。


「そうそう。優に教わってから、なんだか問題がすいすい解けるようになったよ」

「赤点、回避できそうか?」

「うん! なんとかギリギリ三十五点くらいは取れそうだよ!」


 赤点は三十点だ。マジでギリギリだな。


「市川は……俺が教えなくても十分か?」

「いえ! 私は牧田君に教えてもらいたいです!」


 俺が話を振ると、途端に市川は目を輝かせた。


「そ、そうか。分からないところとかってあるか?」

「は、はい。えーっと……分からないところ……こことか?」

「いや、その感じ。分かってるだろ」

「バレちゃいましたか」


 小さく舌を出す市川。


 それにしても……こういうお茶目な市川の姿はあまり見られないので、新鮮だな。

 四人で卓を囲むことによって、彼女の中にも良い化学反応が生まれたということか。


「ねえねえ、優ー。ここも分からないー」

「はいはい」


 その後、次から次へと三人から質問が飛び出していき、俺はそれに答えていった。


 ——やがて窓の外を見ると、空は橙色に染まっていた。

 帰りのアナウンスも校内に流れ始める。どうやらそろそろ帰宅の時間のようだ。


「そろそろ帰るか」

「うむ」「うん!」「はい」


 三人が返事をして、帰りの準備を始める。


「うー、こんなに勉強したの初めてだよ!」

「小鳥遊。家に帰ってからも勉強するんだぞ? 復習が大事だ」

「ふ、復習!? そんなの真面目じゃん!」

「真面目でなにが悪いんだ」


 溜息を吐く。


 それにしても、こうして他人と勉強する機会も良いものだな。

 また時間を見つけて勉強会を開きたいな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 好意の有無関係なく他に人がいるかいないかを伝えないのは人としてどうかと思った(苦笑)
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