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24・新聞記者がきた

 あれから帰って、小鳥遊のことをずっと考えていた。


「最後のは……どういう意味だったんだ?」


 言わずもがな、別れ際の『ほっぺにちゅっ事件』のことである。


 考えすぎかもしれない。

 欧米ではキスは挨拶……みたいなことも聞いたことあるし。

 しかし首を横にぶんぶんと振る。

 いや、ここは日本だ。いくらほっぺに軽くちゅっ程度であっても、それには大きな意味があるのではないか?


「あれくらいで動揺するから、今まで誰とも付き合えたことないんだよな……」


 小鳥遊はモテる女だ……多分。

 俺以外の男と喋っているところは見たことないが、もしかしたらキスくらいは小鳥遊にとって大したことじゃないかもしれないぞ。


 そうだそうだ。そうに決まっている。

 だからもうこのことについては考えないように……。



 ぴろん。



 そう結論付けようとしたら、スマホに通知がきた。

 小鳥遊からのメッセージである。


『かほ:今日はありがとう!』


 どうやら今日のお礼だったらしい。

 律儀な子だな……そう思っていたら、続けてメッセージがきた。


『かほ:ほっぺにちゅっなんて、君以外にやったことないんだからね! 勘違いしないでね!』


 すぐに自室を見渡す。


 監視カメラとか仕掛けられてないよな!?


 と思うくらい、タイムリーな内容であった。


 それから三十分くらい、返事のメッセージを考えていた。

 もうとっくに『既読』は付いている。早く返さなければと思うわけだが、なんて返したらいいか分からない。


 散々悩んだ末俺は、


『牧田:こちらこそありがとう。またの機会ありましたら嬉しく思います』


 とメッセージを送った。


 ……なんかビジネスメールっぽくなっちゃったな。

 後悔しかけるが、時既に遅し。


 それから二分くらいして。


『かほ:またの機会って、そう何回もほっぺにちゅっはしないよ!?』


 と返ってきた……ってか返信早っ!


 いや……ほっぺにちゅっを何回もしてもらいたいわけではない。そりゃあしてくれるなら、して欲しいが……ってそうじゃなくて! またの機会というのはお出かけのことだ。


「やべえ……このままじゃ誤解されて、嫌われちまう!」


 俺は慌ててフォローのメッセージを送るのであった。



 ◆ ◆



 月曜日、学校に着くと。


「あっ、優!」


 小鳥遊が手を振って、俺に近付いてきた。


「映画、楽しかったねー」

「だな」

「…………」

「…………」


 なんだこの間は。


 小鳥遊の横顔を見ると、恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。


 もしかして嫌われたのか!?


 一瞬そう思いかけるが、


「最後のあれ……みんなに言わないでね」

「最後? ああ……あれのことか」


 ほっぺにちゅっのことだろう。


「もちろんだ。知られればなんて言われるか分からないからな」

「だったら良いんだ! あんなことやったってバレたら、他の女の子に怒られちゃうよ〜」

「どうしてだ?」

「え? 優が人気者だからに決まってるじゃん」


 俺がか?

 よく分からなかったが、これ以上話をして他人に聞かれるのもよくないだろう。

 だからこのことについては、もう喋らないようにした。


 小鳥遊と一緒に教室に着く。


 すると見計らったようなタイミングで、



『牧田君。今すぐ職員室まで来てください』



 とアナウンスが教室に響いた。


「なんだろ?」

「優、なんか悪いことしたの?」


 俺と小鳥遊は顔を見合わせる。


「そんな覚えはないんだが」

「ふーん。まあすぐに行きなよ」

「だな」


 小鳥遊と別れ、俺は職員室へと向かった。


「牧田君」


 すると先生の他に、スーツを着た女性が一人……そしてもう一人、でかいカメラを首から提げた男が立っていた。


 スーツの女性が俺の前まで来て、


「初めまして。私は新聞記者をしている松本と言います。今回、牧田君にお話をお伺いしたくて……」


 と名刺を渡してきた。


 名刺を見ると、地元ではそこそこ名の知れた新聞社の名前が書かれている。


「俺にですか?」

「ええ。先生には許可を取っています。すぐに終わるので、少しだけお話を聞かせてもらえませんか?」


 先生の顔を見ると、あらかじめ話を聞いていたのか、口を閉じたまま頷いた。


 怖いが……拒否権はなさそうだな。

 まあ怒られるわけではなさそうなので安心した。


 その後、俺達は個室へと移動した。


「早速ですが、牧田君。あなた、土曜日にひったくり犯を捕まえたんですよね」

「へ? は、はい」


 予想だにしていなかったことを質問されて、気の抜けた返事をしてしまう。

 さすが記者だな。もうそんな情報をゲットしたというのか。


「そのことについてお話をお聞きしたくて……よろしいですか?」

「まあ俺でよければ」

「では質問に移りますね」


 記者の松本さんがペンを持ち、隣の男が素早くカメラを構えた。


「ひったくり犯を捕まえる際、牧田君がもの凄いスピードで走っていった……という目撃情報があるのですが、なにかやられているんですか? 先生に聞きましたが、陸上部ではないんですよね?」

「陸上部ではないですね。もの凄いスピード……と言っていますが、そんなことありませんよ。あれくらい普通です」

「なるほど。ではもう次の質問。どうして危険を顧みず、ひったくり犯を捕まえようとしたんですか?」

「うーん、深く考えなかったですね。気付いたら体が動いていました」

「ありがとうございます。では……」


 それからいくつか質問が続いた。

 とはいえ、十五分程度でインタビューは終わったんだがな。

 その間も、カメラでパシャパシャ撮られていて落ち着かなかったが……まあ相手も仕事だ。仕方がない。


「ありがとございます。もしかしたら、今回のことは新聞の記事にさせてもらうかもしれません」

「マジですか?」

「ええ。上司の許可が取れたら掲載になると思いますが……いかんせん、私も新人でして。簡単に話が通るとも思えません」

「はあ」

「なので載らないつもりで待っていただけると幸いです」


 松本さんが申し訳なさそうな顔をした。

 まあ俺としては新聞に載りたいわけでもないし、どっちでもいいんだが……。


 松本さんと別れの握手をした後、俺は教室へと戻った。


「優、さっきのなんだったのー?」


 すぐさま小鳥遊が駆け寄ってくる。


「うーん、大したことない。ショッピングモールでひったくり犯を捕まえただろ? あの時のことを聞きたかったらしく、新聞記者の人と会ってた」

「し、新聞記者!? 優、新聞に載っちゃうの?」

「その可能性もあるらしいが、記者の人の話を聞くにそれは低そうだ。載らないんじゃないかな。新聞記者の口ぶりから察するに」

「ふ〜ん、そうなんだ。でも優、すごいね! 新聞デビューするかもしれないじゃん!」

「はは。そうだったら良いな」


 まあ別に載りたいわけでもないし、多分無理なんだが……小鳥遊がそう言うなら、わざわざ否定しなくてもいいだろう。


 ……しかしこの時の俺は甘く見ていた。


 そのことが分かるのは、そう時間はかからなかったのである。

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