21・ひったくりを捕まえた
早速購入した服を着てショッピングモール内を歩いていると、なんかめっちゃジロジロ見られた。
「ねえねえ、あの男の人。すごくカッコよくない?」
「ほんとだ! もしかして芸能人のお忍びデートかなにかかな!?」
「女の子もめっちゃ可愛いね!」
まただ……。
だから俺は芸能人じゃない……というのに。
女の子だけではなく、カップルらしき男女の二人も俺達を見て、なにやら会話をしていた。
「あの服……どこで売ってるんだろ」
「いやあんたがあの服を着ても、カッコよくなるわけじゃないからね? 服もそうだけど、素材が良いんだから」
「ひでえ……本当にお前ってオレと付き合ってんだよな?」
「当たり前でしょ。なにバカなこと言ってのよ」
「ちくしょう! 決めた! 今からあの服を買いに行く! 確かあれって○○ブランドのヤツだよな?」
「ちょ、ちょっと! いきなり走り出さないでよ!」
……なんか喧嘩に偽装した『いちゃいちゃ』を見せつけられた気分だ。
「あの服屋さん。きっと今から忙しくなるよ〜」
「そうか?」
小鳥遊がそれを微笑ましそうに眺めていた。
——その後、あの服屋がショッピングモール内で覇権を取り、県下一の売り上げを誇るのだが、それはまた別の話だ。
「服も買ったし……じゃあ次、どこ行くーっ?」
「まだ歩き回るつもりか?」
「えー、優は嫌なの?」
「そ、そういう意味じゃないぞ。不快にさせたらすまん。ただどこに行くんだろ……って思ってな」
「ゲームセンターなんかいいんじゃない?」
ゲームセンターだったら、俺でも溶け込めそうだ。
そういう場所にはあまり行かないが、ゲームは好きだしな。きっと楽しめるに違いない。
「小鳥遊はゲーム、得意なのか?」
「うーん、ちっちゃい頃はよくやってたけどね。中学上がったくらいからは、部活が忙しくてあんまやれてないかも。あっ! でも! 運動神経が要求されるゲームなら、なんとかやれそう!」
しゅっしゅっと小鳥遊は虚空に向かって何度かジャブを放つ。
パンチングマシーンに興味でもあるのだろうか……?
運動神経という名の神経はない……と突っ込みそうになったが、今そんなことを言っても仕方がないな。余計なことは口に挟まないでおこう。
「……よし。まあゲームセンターも楽しそうだ。行くか」
「だね! よーし、決まり! えーっと、確かゲームセンターは二階だっけ……?」
なんて会話をしながら、ショッピングモールのマップを探している時であった。
「きゃーーーーーー!」
辺りに女性の悲鳴が響き渡る。
「ひ、ひったくりだ!」
続けてそう声が聞こえた。
悲鳴の先を見ると、床に座り込んでしまっている女性。さらには全身黒ずくめの、あからさまに怪しい男がバッグを抱えて逃走を図っていた。
「ひったくり!?」
「つ、捕まえてあげようよ!」
すぐさま小鳥遊が走りだそうとする。
だが。
「……! 小鳥遊、ちょっと待て!」
彼女の腕を引っ張ってそれを止める。
「その靴じゃ走りにくいだろ? 足を捻って怪我をするかもしれないじゃないか」
小鳥遊の足下を見ると、(そんなに高いものでもないが)ヒールを履いている。
これじゃあ仮に走れたとしても、あのひったくりを捕まえることはできないだろう。
それに小鳥遊は陸上部だ。
こんなところで怪我をして、選手生命が絶たれる……というのは大袈裟かもしれないが、そんなことがあってもおかしくない。
「で、でも! このままじゃ逃げちゃうよ! 放っておくって言うの?」
俺に詰め寄る小鳥遊。
「いや……」
……よし。
まだひったくりとあまり距離は離れてないな。
「小鳥遊はそこで待ってろ。俺が行く!」
俺は床を蹴り、ひったくり目掛けて疾走する。
あんな走りにくい靴を履いている小鳥遊より、はき慣れたスニーカーの俺の方がよっぽど適任のはずだ。
人混みを掻き分けて、ひったくりを目標に走る。
ぐんぐんとひったくりとの距離が詰まっていった。
「おい! 止まりやがれ!」
「止まれと言われて止まるヤツがどこにいる!」
ひったくりの声からは焦りを感じ取れた。
止まれと言われて止まるヤツがどこにいる……か。まあその通りだ。
ならば容赦はいらないな。
「もう少し!」
走りながら腕を伸ばす。
「よし!」
俺はとうとうひったくりの右腕をつかむことができた。
つかんでしまえばこちらのものだ。
「ぐあっ!」
そのままひったくりを床に叩きつけ、動きを完全に制止させるのであった。
「ど、どうしてそんなに早いんだ……オレは元陸上部だぞ?」
「『元』だろ? こんなものに手を染めるから力が鈍るんだ。早く女の人のバッグを返せ」
「ちくしょう……」
そうこうしているうちに、後ろから他の人も追いついてきた。
その中には小鳥遊の姿も。
「優! 大丈夫だった?」
「俺は心配ないよ。あっ、これバッグ……」
バッグをひったくられた女の人もそこにいたので、バッグを持ち主の元に返してあげる。
すると。
「あ、ありがとうございます……! この中にはクレジットカードも入った財布があるんです! 本当にありがとうございます!」
ものすごく感謝された。
その……なんだな。こうやって感謝されるのも気持ちのいいものだ。
「優ってそんなに足が速かったんだね?」
「そうか?」
「うん、驚いたよ。陸上部の男の先輩にも負けないくらい。それにあんな人混みの中、まるで忍者みたいでカッコよかった」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
実際昔は足の速さに自信があったが、毎度お馴染み、朱里のせいで人前では遅く走らざるを得なかったのだ。
久しぶりに全力疾走なんかしたな。
だが、無事にひったくりを捕まえられてよかった。
その後、ショッピングモールの警備員や係の人もやってきて、ひったくりは警察に引き渡されることになった。




