18・映画を見た
「おっまたせー!」
休日。
駅前で待っていると、小鳥遊夏帆が元気よく改札から現れた。
「まったー?」
「いや、俺も来たばっかだ」
本当は朝早く目が覚めすぎて暇だったので、三十分前から待っているが……小鳥遊には内緒だ。
「ふふ、こんなこと言ってたら、なんだか恋人同士みたいだね」
「なっ……!」
「えっ? ボクと映画見に行くの、そんなに嫌だった?」
「そ、そんなわけない! 今日が楽しみだった」
「あざます! そう言ってもらえて嬉しいよー!」
いかんいかん、小鳥遊のペースに巻き込まれてしまうな。
北沢の一件で少し女慣れしたと思ったが……全然そんなことはなかったみたいだ。俺も修行が足りん。
さて。休日だから当たり前だが、今日の俺達は制服ではなく私服である。
小鳥遊はボーイッシュな服装ながらも、その女の子らしい体の曲線が眩しかった。
ついつい目を奪われてしまう。
「それにしても……優って髪切ってから、さらにカッコよくなったねー」
「そうか?」
「うん。クラスの女の子も噂してるよ。それに……私服もグーな感じだよ!」
「ありがとう」
どうやら褒められているようだ。
「じゃあ行こっか。映画、始まっちゃうよ」
「だな」
会話もそこそこにして、俺達は映画館へと向かった。
俺の地元にある映画館はショッピングモールと併設されているところで、都会に比べれば随分小規模なものである。
「それで……今日はなにを見るんだ?」
「えー。調べてこなかったのー?」
「調べたけど、いくつかやってるだろ? 一つに的を絞れなかった」
「んー、事前に言わなかったボクも悪いよね。では今日見る映画を発表しまーす!」
小鳥遊は「ぱんぱかぱーん」と続け、
「『ランナーズハイ』という映画です!」
と大々的に発表した。
「ランナーズハイ? なんか小鳥遊にぴったりな映画だな」
「でしょー! このランナーズハイ、スポーツの映画だと思うんだ。題名からして」
「思う? もしかして小鳥遊も内容は知らないのか?」
「だってあらすじとか最初に見ちゃったら、それに印象が引っ張られちゃうじゃん。なるべく事前情報は頭に入れない女、それがボクなのです! どうだー!」
「いや、そんな大層に言われてもだな……」
なんか嫌な予感がするな。
まあ映画を見るだけだ。なにも事件は起こらないだろう……ってこんなこと言ってたら、フラグにしか聞こえんな。
やがて映画館に到着。
早速俺達は中に入った。
「おっ、映画のポスターが貼られているぞ。確かにスポーツ系の映画……に見えるな」
「『走り続けた男が見た悪夢とは!?』だってさ! うーん、悪夢ってところが気にかかるけど、きっと『夢』の間違いだよね。オリンピックに出ようと夢を追い続けた陸上選手の物語だよ! 多分」
「そうだったら良いな」
しかし宣伝ポスターを作るにもお金がかかるはずだ。
それなのに、あからさまな誤植をそのままにするだろうか……という疑問がある。
嫌な予感がだんだん強くなっていった。
「席に座る前にあれを買いに行こうよ!」
「そうだな。映画館といったらあれだよな」
「優も分かってるね〜。そう! 映画館といったら……ずばり焼きそばパンです!」
「売ってるわけないだろ! 映画館といったらポップコーンとかじゃないのか……?」
「焼きそばパン売ってないかな?」
「そもそも映画を見ながら焼きそばパンは食べないと思うぞ……」
しかし小鳥遊らしくて微笑ましかった。
その後、俺達は二人分のポップコーンを手に入れ、いざ『ランナーズハイ』を見るのであった。
嫌な予感は的中した。
「優! ヤバヤバヤバヤバヤバいって!」
最早小鳥遊は「ヤバい」を連呼するだけの可愛い生物と化していた。
彼女がこんなに戸惑っている理由は簡単である。映画の内容せいだ。
小鳥遊がスポーツ映画だと言い張っていたものが、まさかのホラーものだったのだ。
内容はオーソドックスなものだ。
主人公は陸上選手。ここまでならいいものの、なんとある日幽霊に追いかけられるのだ。そして幽霊はどこまでも追いかけていき、主人公はそれを振り払うまでひたすら走り続けることになる……というのが掻い摘んだストーリーだ。
「おい、小鳥遊。もっと静かにしてろ。他のお客さんにも迷惑だろ」
小声で彼女を窘める。
とはいえ今日は空席が目立つ。映画などそっちのけでいちゃいちゃしてるカップルか、人生に疲れて眠っているサラリーマンといった姿しか見えないがな。
「う、うん……っ! でも、これはヤバいって言わずにいられないっていうか……!」
「小鳥遊はホラー映画が苦手なのか?」
「映画というか、怖いもの全般苦手だよ! 家でもまだ一人で寝られないし……わわわっ、来る来る!」
「分かった。だから取りあえず静かになれ」
「う、うん……じゃあ!」
むにゅ。
おい、小鳥遊よ。
俺の右腕にいきなり抱きつくのではない!
「こうしてたら、ちょっとは落ち着くと思うから……!」
見上げるような視線の小鳥遊。
うっ……そんな目で見られてしまっては、なにも言い返せなくなってしまうではないか!
それになんだな。
右腕にむにゅむにゅと当たる柔らかい感触。
このせいで映画に全然集中できない。
「優は全然驚いてないね?」
「ああ……まあこんなもんより何百倍も怖い女の存在があったからな」
「?」
小鳥遊が首をかしげた。
言わずもがな……幼馴染の朱里のことだ。
俺にとっては幽霊なんかよりも人間の方が何百倍も怖い。
「ゆ、優! ヤバヤバヤバヤバっ!」
「俺の腕を持ったままでもいいから、静かにしろって!」
小鳥遊が俺の腕にしがみついているせいで、映画の内容が全然頭に入ってこないのであった。




