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18/42

18・映画を見た

「おっまたせー!」


 休日。

 駅前で待っていると、小鳥遊夏帆たかなし かほが元気よく改札から現れた。


「まったー?」

「いや、俺も来たばっかだ」


 本当は朝早く目が覚めすぎて暇だったので、三十分前から待っているが……小鳥遊には内緒だ。


「ふふ、こんなこと言ってたら、なんだか恋人同士みたいだね」

「なっ……!」

「えっ? ボクと映画見に行くの、そんなに嫌だった?」

「そ、そんなわけない! 今日が楽しみだった」

「あざます! そう言ってもらえて嬉しいよー!」


 いかんいかん、小鳥遊のペースに巻き込まれてしまうな。

 北沢の一件で少し女慣れしたと思ったが……全然そんなことはなかったみたいだ。俺も修行が足りん。


 さて。休日だから当たり前だが、今日の俺達は制服ではなく私服である。

 小鳥遊はボーイッシュな服装ながらも、その女の子らしい体の曲線が眩しかった。

 ついつい目を奪われてしまう。


「それにしても……優って髪切ってから、さらにカッコよくなったねー」

「そうか?」

「うん。クラスの女の子も噂してるよ。それに……私服もグーな感じだよ!」

「ありがとう」


 どうやら褒められているようだ。


「じゃあ行こっか。映画、始まっちゃうよ」

「だな」


 会話もそこそこにして、俺達は映画館へと向かった。

 俺の地元にある映画館はショッピングモールと併設されているところで、都会に比べれば随分小規模なものである。


「それで……今日はなにを見るんだ?」

「えー。調べてこなかったのー?」

「調べたけど、いくつかやってるだろ? 一つに的を絞れなかった」

「んー、事前に言わなかったボクも悪いよね。では今日見る映画を発表しまーす!」


 小鳥遊は「ぱんぱかぱーん」と続け、


「『ランナーズハイ』という映画です!」


 と大々的に発表した。


「ランナーズハイ? なんか小鳥遊にぴったりな映画だな」

「でしょー! このランナーズハイ、スポーツの映画だと思うんだ。題名からして」

「思う? もしかして小鳥遊も内容は知らないのか?」

「だってあらすじとか最初に見ちゃったら、それに印象が引っ張られちゃうじゃん。なるべく事前情報は頭に入れない女、それがボクなのです! どうだー!」

「いや、そんな大層に言われてもだな……」


 なんか嫌な予感がするな。

 まあ映画を見るだけだ。なにも事件は起こらないだろう……ってこんなこと言ってたら、フラグにしか聞こえんな。


 やがて映画館に到着。

 早速俺達は中に入った。


「おっ、映画のポスターが貼られているぞ。確かにスポーツ系の映画……に見えるな」

「『走り続けた男が見た悪夢とは!?』だってさ! うーん、悪夢ってところが気にかかるけど、きっと『夢』の間違いだよね。オリンピックに出ようと夢を追い続けた陸上選手の物語だよ! 多分」

「そうだったら良いな」


 しかし宣伝ポスターを作るにもお金がかかるはずだ。

 それなのに、あからさまな誤植をそのままにするだろうか……という疑問がある。

 嫌な予感がだんだん強くなっていった。


「席に座る前に()()を買いに行こうよ!」

「そうだな。映画館といったら()()だよな」

「優も分かってるね〜。そう! 映画館といったら……ずばり焼きそばパンです!」

「売ってるわけないだろ! 映画館といったらポップコーンとかじゃないのか……?」

「焼きそばパン売ってないかな?」

「そもそも映画を見ながら焼きそばパンは食べないと思うぞ……」


 しかし小鳥遊らしくて微笑ましかった。


 その後、俺達は二人分のポップコーンを手に入れ、いざ『ランナーズハイ』を見るのであった。




 嫌な予感は的中した。


「優! ヤバヤバヤバヤバヤバいって!」


 最早小鳥遊は「ヤバい」を連呼するだけの可愛い生物と化していた。

 彼女がこんなに戸惑っている理由は簡単である。映画の内容せいだ。

 小鳥遊がスポーツ映画だと言い張っていたものが、まさかのホラーものだったのだ。


 内容はオーソドックスなものだ。

 主人公は陸上選手。ここまでならいいものの、なんとある日幽霊に追いかけられるのだ。そして幽霊はどこまでも追いかけていき、主人公はそれを振り払うまでひたすら走り続けることになる……というのがい摘んだストーリーだ。


「おい、小鳥遊。もっと静かにしてろ。他のお客さんにも迷惑だろ」


 小声で彼女をたしなめる。

 とはいえ今日は空席が目立つ。映画などそっちのけでいちゃいちゃしてるカップルか、人生に疲れて眠っているサラリーマンといった姿しか見えないがな。


「う、うん……っ! でも、これはヤバいって言わずにいられないっていうか……!」

「小鳥遊はホラー映画が苦手なのか?」

「映画というか、怖いもの全般苦手だよ! 家でもまだ一人で寝られないし……わわわっ、来る来る!」

「分かった。だから取りあえず静かになれ」

「う、うん……じゃあ!」


 むにゅ。


 おい、小鳥遊よ。

 俺の右腕にいきなり抱きつくのではない!


「こうしてたら、ちょっとは落ち着くと思うから……!」


 見上げるような視線の小鳥遊。

 うっ……そんな目で見られてしまっては、なにも言い返せなくなってしまうではないか!


 それになんだな。

 右腕にむにゅむにゅと当たる柔らかい感触。

 このせいで映画に全然集中できない。


「優は全然驚いてないね?」

「ああ……まあこんなもんより何百倍も怖い女の存在があったからな」

「?」


 小鳥遊が首をかしげた。


 言わずもがな……幼馴染の朱里のことだ。

 俺にとっては幽霊なんかよりも人間の方が何百倍も怖い。


「ゆ、優! ヤバヤバヤバヤバっ!」

「俺の腕を持ったままでもいいから、静かにしろって!」


 小鳥遊が俺の腕にしがみついているせいで、映画の内容が全然頭に入ってこないのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >言わずもがな……幼馴染の朱里のことだ。 >俺にとっては幽霊なんかよりも人間の方が何百倍も怖い。 ははは……(苦笑)
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