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ライムライト・メモリーズ  作者: 幸田 績
逢桜町民追想録
9/9

羽田 正一 - 3.27(下)

「だーっ、そっちじゃねー! 佐々木シャルル良平、で再検索しろ!」


【該当3件。GPSの位置情報を――】



 使えないAIをしかりつけ、俺は自分の机を離れて通路に出た。ここから出入口の自動ドアまでは一直線だ。何も障害になるものはない。

 だが、両手で車輪を駆った瞬間、前触れもなく〈Psychic(サイキック)〉がおかしな挙動をした。驚いた俺は手を滑らせ、落ちていたクリアファイルを踏む。



【いちジょウほ、ヲ、たどりまあああああ】


「しまっ……う、わぁあああっ!」



 車輪が空転し、横倒しになった車椅子(いす)から放り出される形で、俺はコンクリ打ちの床に思いっきり叩きつけられた。下敷きになった左半身がめちゃくちゃいてぇ。

 床の冷たさも相まって起き上がる気力は失せ、意識が遠のいていく。これ、クッションフロア張ったほうがいいな。工賃おいくら万円かな……。


 悠長にそんなことを考えてたら、今度は鋭い頭痛がした。それを皮切りに身体が熱くなり、思考がぼやけ、気持ち悪くて胃袋ごと吐き出したくなる衝動に駆られる。



「ぐあぁあああああ! 痛ぇ、いってぇ……!」



 何だよ、これ。何なんだよ、何が起きてるんだ!? 見えない誰かから危害を加えられてるって事実に、俺は今まで味わったことのない恐怖を感じた。

 根拠も理由も確証もないが、このままだと俺はここで死ぬ。逃げたい。でも、足がない。助けを――介助者を呼ばなければ。


 俺は無意識に、ほぼ条件反射的に、真っ先に脳裏をよぎった顔の名前を呼んだ。



「――シャルル!」



 〈Psychic〉が、目の前に仮想ディスプレイを展開させる。おとぎ話の王子様を思わせる姿の幼なじみが、三人の人間と一緒に映し出された。

 たまに聞く「サッカー選手はイケメンの宝庫」説の筆頭みたいなビジュアルしてんのに、クソダサいTシャツと謎のファッションセンスに全部持ってかれる残念系おフランス野郎を俺はほかに知らない。



『時刻は間もなく、日本時間の午後五時を迎えます。自らを完全自律型と称するAI〈エンプレス〉と、彼女によるサイバーテロを阻止しようとする人たちの緊迫したにらみ合いが続く宮城県逢桜町(あさくらまち)から、青葉放送・市川いちかわ晴海はるみが独占取材でお伝えします』



 何やってんだよ、神様。シャルルに何の恨みがあるんだ? こんなワケ分かんねえトラブルにアイツを巻き込んでくれるなよ。

 人類代表? AIとの戦争? そんなの、サッカー選手の仕事じゃない。アイツは今までも苦しんできたし、これからだってきっと苦しむ。

 シャルルは()()()()()だ。一生、ボール蹴ることだけ考えてりゃいい。破天荒だけど幸せでした、って言えるような人生を送らせてやってくれ!



【ショウ ごめん おれは にげない】



 その姿が再び画面に映った時、白い文字でかな書きのテロップが入った。

 それは、どこかで俺が見ていると信じての口パク。〈Psychic〉の自動読唇・文字起こし機能が拾ってくれることを期待した、アイツからの――



「なん、で……何してんだよ。そこにいたら、お前は……!」


【おまえが いれば なにも こわくない】


「やめろ、やめてくれ! お前の口からそんな言葉聞きたくない!」


()()()は おれが おまえを まもるよ】



 カウントダウンが始まった。画面の中の幼なじみは傲岸不遜ごうがんふそん、怖いもの知らずのデカい態度で敵にケンカを売っている。

 でも、俺の目にはシャルルの本心が見えていた。本当は怖くて、逃げ出したくて、今にもその場で泣き崩れそうなアイツの姿が。



『五、四!』


【いままで ありがとう】


『三、二!』


【たのしかったぜ それと……】


『一!』



 続く言葉は、白い光にかき消されて読めなかった。

 だけど、アイツのことだから、言ったであろうことは想像がつく。



正一しょういち! 俺、おまえが――】


「う……っあ、あぁあああああ――!」



 冷や汗をびっしょりかいて、俺は勢いよく跳ね起きた。事務所で月締めの作業してる間に、うっかり寝落ちしちまってたみたいだな。

 無意識に外したのか、今ので飛んでったのか知らねえがメガネがない。が、ぼやけて定まらない視界の中でも、シャルルの気配だけは不思議と分かる。



「おはようさん。はい、メガネ」


「ん……あれ? 俺、何して……」


「帳簿とにらめっこして赤字決算ゾンビになってた。そんな頑張り屋のショウに、黒字祈願の黒たい焼きと富士茶の差し入れ持ってきたぞ!」



 あの事件から一年、俺はやっぱり素直になれない。生きて会えたことを喜ぶべきなのに、お前の顔を見るとつい悪態が口を突いて出ちまう。

 絶対不可侵のスーパースターと、それに魅入られた一般人。離れてる間にすっかり違う世界の住人になっちまったな、俺ら。



「薄皮粒あんは?」


「ほんっとそれ好きだなおまえ。安心しろ、練りゴマ入れて見た目黒くしただけだ。あと、甘みが増した皮に合わせてあんこの配合いじってある」


「むぐ……美味うまいけど万人受けはしねえ味だな。ほかのヤツに出すのはやめとけ」


(ショウの『他人ひとに食わすな』は『気に入ったから俺にだけ作れ』なんだよなあ)



 これまでも、きっとこの先も、俺の存在はお前の負担になると思う。天下のりょーちん様を家に住まわせ、身の回りの世話させては文句ばっかりの厚かましいクソ野郎なんて、人生の汚点に決まってら。

 それでも……俺は、お前がいい。お前を看取るまで俺は死なない。だから、お前がただのシャルルに戻って思いっきり泣ける場所が、俺の隣であってほしい。


 離れれば恋しくて、そばにいれば愛おしくて――本当の家族みたいに互いを想い、絆をつむぎ、手を取り合って歩いていきたいんだ。



「ところで、赤字決算ゾンビって何?」


「机に突っ伏して、白目()いてうんうんうなってる状態」


「それもう半分死んでないか俺!?」


「独りで頑張りすぎなんだよ、おまえ。頑張んなきゃいけないのはわかるけどさ。たまにはバーチャルサッカーと介助以外で頼ってくれてもいいんだぞ?」


「……ん」



 白く、温かい手が頭に触れる。コイツは俺の髪がお気に入りらしく、事あるごとに「キレイだ」と言って人の頭を撫でてきやがるんだ。

 子ども扱いというか、女にもこういうことしてそうで気に食わねえが、今日のところはたい焼きの礼で特別に許してやるよ。



「これでよし、っと。早く帰ってカレーにしようぜ」


「まさか簿記の資格まで持ってるとは……そんだけ仕事できるのに、なんで兼業選手に転向しなかったんだよ。東海ステラの親会社、色々手広くやってるだろ」


「だって俺、会社員向いてないから。人間関係綱渡りのチャラリーマン生活より、開き直ってサッカーやってるほうが健全で楽しいじゃん」


「女子社員に手を出す前提で答えんな! そういうところだぞチャライカー!」



 その……面と向かって言うの恥ずかしいから、ここでこっそり吐き出しとくわ。

 いつもありがとな、シャルル。それと……俺も、お前のこと――。

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