バトルだヨ! 全員集合!
『では、後ろのイマジナリー観客は邪魔だな。投影解除』
手代木さんが振り返り、スタンドに向けて手を差し伸べました。すると――ああっ、観客の皆さんが光の粒になって消えていきます!
私たちが見ていたのは、先ほどご紹介した〈Psychic〉が視覚へ干渉したことで発生した幻覚。バーチャルサッカーはこの現象を利用し、イマーシブMR――すなわち高精細の複合現実と重ね合わせることで、遠隔地やネット空間からの参戦を可能にしたニュースポーツなのです。
あっ……そういえば私、女性陣の時みたいに活動風景のリポートを想定してたので、インタビューといってもテーマは決めていませんでした……。
落ち着け、落ち着いて考えろ晴海。この映像を見た人は何を知りたいのか。今、選手たちに一番訊いてみたいことは何なのかを――!
「バレンタインでもらったショコラの数、最高記録いくつかって?」
「……市川、だっけか。アンタ相当疲れてるぞ」
ですよね――! 自分でもなんでこんな質問したのか分かりませぇん!
あああ、羽田選手が不機嫌になっておられる……。女性が苦手なんだから、もらったとしても突っ返す。いい思い出なんか無いに決まってるじゃないですかー!
「やっぱり、チョコレートのことショコラって呼ぶんですね。りょーちんのそういうとこ、フランス人っぽいなぁ」
「半分フランス人だよ。たぶん」
「なんで自分のことなのに確証ないのお前?」
一徹さんは「下手に答えると妻に殺される」との理由からノーコメント。手代木さんも『俺に訊くな』という顔をされています。そんなお二人に代わり、徳永さんがニヤリと笑って霞が関の裏話を聞かせてくださいました。
「かつて、首相官邸へ総理大臣あての怪しい包みが届いたことがあった。たまたま通りかかった内閣情報調査室、内調の職員が『応援が来るまで開けるな』と忠告したんだが、とある高官がまったく話を聞かなくてねえ」
「あの……ハヤさん?」
「案の定、中身のチョコレートには怪しい何かが仕込まれていた。摂取した彼はたちまち錯乱、総理の会見でよく見かけるあの玄関ホールに出ると、公開ストリップショーを始めてしまったんだ」
『もう色々終わってるなこの国。ちなみにそのクソ野郎、どうなりました?』
「まわりの職員は『きっちり動画に収めろ!』と本人に恫喝されたので、実に見事な成果品を上げてくれた。庁内LANに」
「ひえっ……」
「翌日の朝、その高官のデスクはまっさらになっていた。それを見た部下たちは『惜しい奴を亡くした』とつぶやいたそうな。完」
だから、こーわーいー! 一徹さんの顔、引きつってるじゃないですか! かくなる上は、残る二人にまともな答えを期待するしかありません。
そこのところどうなっているんですか、佐々木選手と小林さん! 答えられない分、羽田選手も容赦ないツッコミで参戦お願いします!
「もらった数……ですか。ま、まあ、それなりには」
「ヒュー、やるねえ! 宮城のりょーちんを豪語するだけあるわ。俺の人生最多は静岡にいた頃、三年ほど前の話だ」
「サッカー男子日本代表、名誉富士市民で名誉県民、ふじのくに広報大使のフルコンボか……たい焼きだけでもえげつない数もらってそうだな。食品以外も含めたプレゼント総計ならどんぐらい?」
「えーと、二千――」
「よし分かった。シャルル、お前もうしゃべるな」
あ、アルティメット……。天才は文字どおりケタが違いますね。
というか、本編で何度も出てくるこの言葉ですが、出場時間や条件に制限を課された超人的能力を持つアスリートを指す名称、ということ以外謎なんですよ。
日本・国際サッカー連盟やオリンピック委員会などの名だたる関係先にも問い合わせてみたのですが、皆さん一様に知らぬ存ぜぬですっとぼけるばかりでして……
どなたか、それ以上の内情をご存じの方、おられませんか?
「なんでさー。百の位気にならない?」
「やかましいわプレイボーイ! 四ケタ目があること自体おかしいんだーよー!」
『なお、毎年二月十四日にはプレゼントの山に加えて、大量のファンレターとラブレター、稀に婚姻届が届く。その数三万――』
「アンタもしゃべんなくていいぞマネージャー!」
羽田選手は方言交じりでツッコむことにすらうんざりした様子ですが、私はまだ聞き足りませんよ! そこのところ、もっと! 深掘り! させていただきたい!
――と思ったら、何ですこれ? 身体がキラキラして……消えかけてる! 一徹さん、私、強制退出させられそうになってませんか!?
「あ、ごめんなさい! バッテリー切れみたいです」
「すまないね、市川さん。次はフル充電の端末を用意しておくよ」
わざとだ。わざとバッテリー残量少ない端末を私にあてがいましたね、徳永さん! でも、客観的証拠が……ほかに私が入れそうな電子機器、見当たりませんし……。
いいでしょう、そちらがその気なら覚えてらっしゃい! 次回こそは訊きたいこと、ぜーんぶ訊いちゃうんですから――!
こうして、男性陣に対する取材は途中で打ち切られてしまいました。そのショックで、私はまだ重大なことに気がついていなかったのです。
もうすぐ、日没がやってくるということに――。
* * *
ぴろん、ぴろん。
ぴろん、ぴろん。
『ごきげんよう、愚かで可愛い人間さんたち。今日は少し変わった子を連れてきたわ。気に入ってくださると嬉しいのだけど』
「オォ……りょーヂん……ちャらイ……ウらやマ……」
「うーわー、可愛くなーい。一徹さん、あれ受け取り拒否っていい?」
「むしろもらってどうする気なの!?」
夕方、作りたてのお菓子を携えた女性陣があさくらスパークへやってきました。
男性陣をねぎらい、あま~い味見イベントが始まるかと思いきや――忌まわしい警報音とともに、宿敵〈エンプレス〉が登場したのです。
といってもこの子、いつも姿を隠してどこかのスピーカーから声だけ出演する卑怯者なんですよね! ああほら、今回も場内アナウンス用のでしゃべってる!
いい加減こっつ出ろやおめえ、ぶちのめしてやっぺし!(仙台弁)
「いやー、すいませんね。俺ってばストライカーかつチャライカーで、たい焼き絡むとチョロイカー、ゴール決めたらレインメーカーのりょーちん様なんで」
「そこに『トラブルメーカー』も付け加えてもらっていいですかシャルルさん」
おや? 目の前にいた羽田選手が消えましたね。私たちの背後、低い位置から声がします。
不思議に思って振り返ると、一台の車椅子がスタンド下通路の真ん中に鎮座していました。乗っているのは当然、つい先ほどまで幻だった人物です。
「ショウ! なんでおまえがここに?」
「分かりきったこと訊くんじゃねえ。いてほしい時、いてほしい場所に、いてほしいタイミングでいる。それがお前の知る俺だ。違うか?」
「……だな!」
佐々木選手が笑顔を見せました。自由に動けない友人の身を案じるより、その彼が駆けつけてくれた嬉しさのほうが勝ったようです。
そこに……ああっ、〈モートレス〉が現れました! 外から壁をぶち破ってピッチになだれ込むヒト型の怪物。脳に投影された幻覚を信じ込み、現実と幻想の境を見失ってしまった人間たちの成れの果てです。
彼らは無差別に町民を殺傷することから、治安維持のため超法規的措置が取られている逢桜町内ではこうなった時点で人権を剥奪。速やかに防災すべき「災害」として扱われることになります。
〈モートレス〉と同じ意味の単語として使われる〈特定災害〉というお役所言葉も、実に複雑なこの町の内情を物語っていますね。
『モテない人間の恨みつらみひがみが高じて人気者をつけ狙う〈モートレス〉といったところか。相変わらず意地の悪い女帝サマだ』
手代木さんの解説が入りましたが、私には正直まったく意味がわかりません。生身の身体と引き換えに高度な思考演算能力を手に入れたはずなのに、脳がこれ以上真剣に考えることを拒否しています。
それに――私を殺した敵からのプレゼントなんて、嫌な予感しかしませんよ。




