宿泊
ゴールデンウィークの土曜日の夕方。 僕たちは父さんの運転する軽ワゴン車で下道をひた走っていた。
「そういえば、この辺りで遊園地って、近くだとどこになるんだっけ?」
「小さめのだったらあそこじゃないか? ほら、お前が小学生の時に、遠足で行った。」
父さんにそう言われて、思い出す。 確かにあそこの遊園地は小学生だった頃は満足できたが、今のこの歳となってしまっては面白味に欠ける。 というかアトラクション自体が小さいので楽しさも半減しそうだ。
「それで、今回はここら辺だと大きな遊園地。 「如月テーマパーク」に行くって訳。」
「訳って・・・母さん、父さんと打ち合わせしてたんだね? なんで教えてくれなかったのさ。」
「直前までのサプライズと、あなたが行くのを拒否したときの事を考えてたのよ。 両親の粋な計らいが息子に届かないんじゃないかって・・・」
「いくらなんでもそんな親不孝はしないって。 あと嘘泣きだって分かってるからね?」
そう言うと母さんは「バレた?」と言うかのように舌を出す。 この人は本当に・・・
「さてと、見えてきたよ。」
父さんが言うように、大きな観覧車、今でも稼働しているジェットコースター、それが夕方のライトアップで照らされて、まさに別空間と言わざるを得ない状況だった。
「凄い・・・ こんな所があったんだね。」
「あまり外に出ないからね。 こんな風になってるのは流石に初めて見るけれど。」
「もちろん今回は行かないけれどね。 近くの宿泊施設に行くから、それまでの辛抱だよ。」
「あれ? でも良く予約なんて取れたね? この時期なんてどこも予約なんて取れないでしょ?」
「そこは父さんのつてがあってね。 宿泊施設と言っても、ホテルや旅館じゃないんだよ。」
「そうなの? 私も初めて聞いたわよ?」
母さんも知らない事情と来たか。 宿泊させてくれるほどのつてとは一体どういったものなのだろうか?
遊園地の入門口近くから離れて15分ほど。 辺りは街頭が少ないながらも明るく、それを照らし出しているひとつの古民家があった。
「すみません。 館家です。 誰かいますか?」
父さんが車を降りてすぐに古民家に向かって声をあげる。 すると玄関が開き、そこから顎髭と口元に髭を生やした、いかにも大黒柱ですと言わんばかりの男性が現れる。
「おぉ、昇か! 久しぶりだなぁ。 なかなか顔を出してくれんから心配しとったぞ。」
「ははは、お気遣いありがとうごさいます。 妻と息子です。」
「初めまして、館 昇の妻の館 陽子と言います。」
「む、息子の館 光輝です。 今年で16になります。」
「おお、そうかそうか。 よろしく頼むよ、お二人さん。 私はここの地主の大門 翁藤というものだ。 昇とはここの土地の事で相談したさいに色々と世話になってな。 以降彼とはよく一緒に出掛けてた時期もあった。 もう5年以上も顔を会わせてくれないから忘れ去られたのかと思ったぞ。」
そんな古い知り合いがいるなんて思いもしなかったな。 父さん、そこは僕と同じでなかなか語らない人だからなぁ。
「あぁ、そういえば、僕らが来たときに、車がそこにあるのですが、他にどなたかお見えになられているのですか? もしお邪魔になりそうでしたら・・・」
「いや、構わんのだよ? なんでもこの辺りにあるビニールハウスのイベントに行っていたのは良いのだが、日が暮れ始めて、夜道が分からなくなってしまったようでの。 これ以上この辺りを走るのは危険だからと、上がってもらったんじゃ。」
「そうだったのですか。」
「幸い部屋は多くある。 団体の一つや二つ増えたところで、変わりゃせんよ。 用意する釜の飯が多くなるだけじゃ。」
そう豪快に笑う大門さん。 その姿は父さんに負けないくらいの寛容性がみいられた。
「ささっ暗くなってきた。 昇たちも入った入った。」
父さんがここまで用意してくれたのだ。 ありがたく上がらせてもらうとしよう。
「誰かおらぬか?」
「お呼びでしょうか? 旦那様。」
「うむ。 団体が増えた。 食事と風呂の用意を頼めるか?」
「仰せのままに。」
給仕の人だろうか? 近くのふすまから現れたと思ったら、大門さんの用件を聞いてすぐに引っ込んでしまった。 実際に見ると本当に忍者のように振る舞っているようだった。
「あの、大門さんって、普段はなにをなされている人なのですか?」
「わしは建築に関わることをしておる。 客の要望に答えるべく、様々な意見を参考に、家の成りを作っているのだ。 たまに昇の会社からも依頼を受ける事もあるがな。」
つまりは設計士という職業な訳か。 多分ネット環境が整ってるからそんなに動かなくてもいいんだろうなぁ。
そんな事を考えていると、なにやら賑やかな声が部屋の中から聞こえてきた。
「ほぉ、給仕の者と話が弾んでおるな。 わしゃ若い女性の話にはさっぱりついていけないのでな。 給仕たちも不満が溜まっていたのかもしれんな。」
大門さんは自分を自虐するように言いながら襖をあける。 するとそこには自分の想像をはるかに越えた風景があった。 もちろん先程の給仕と全く同じ格好をしている別の給仕が、ある女性団体客と話している。 が、その女性団体客というのに目がいった。
なぜなら彼女は、見慣れ始めた上で、ここに居合わせることなど微塵も思わなかった人物だからだ。
そして向こう側も気が付いたようで、目があった瞬間に驚いたように目が見開かれた。
「・・・・・・館君・・・?」
そう、ここに鉢合わせることなど考えもしなかった少女、須今 安見さんがいたのだから、
民家への宿泊って今は許可が必要なのですね。 作者は基本的に日帰り旅行が多かったので、宿泊という感覚の方が珍しかったです。




