61:不思議な人物
夕食後のひと時は、メリトゥス副神官長と過ごすことになった。
メリトゥス副神官長は、神殿で使っている香をいくつも持参していた。そしてリビングのソファに私を連れて行くと、その香りを紹介し、持参してきた西洋香炉で、その香を焚いてくれた。
これまたそのソファの端に、ロバートは座っていたのだが。
メリトゥス副神官長はとても優しい人だったので、せっかくの私との二人きりの時間なのに、ロバートに声をかけた。一緒に香を楽しまないかと。
しみじみ思う。
メリトゥス副神官長は、やはりイイ人だと。
「これはロータス、蓮の香りの香です。フローラルな香りで、とても気持ちが落ち着きますよ。少し、焚いてみましょうか」
蓮の花を模した淡いピンク色の香を西洋香炉にセットし、火をつける。ゆっくり立ちのぼる煙をメリトゥス副神官長が手で揺らすと……。
爽やかな花の香りが広がっていく。
メリトゥス副神官長が言う通り、気持ちが和む。
「……これはホワイト・ロータスですか?」
「ええ、そうですよ。……ロバートは香にも詳しいのですか?」
「詳しいだなんて。メリトゥス副神官長様には及びません。ホワイト・ロータスは、高級な香水では使われる香りですから。たまたま知っていただけです」
ロバートは謙遜しているが。
メリトゥス副神官長は驚きを隠せないし、私だってビックリしている。
ロバートは……なんでも知っているようだ。
星も鳥のことも。チェスも香りも。
なぜならこの後、メリトゥス副神官長は薔薇、百合、葡萄、乳香などの香を順番に説明してくれたのだが。そのすべてにロバートはコメントをしている。例えば「これはオールドローズの系統の薔薇の香りですね。華やかで、もっとも薔薇らしい香り」とか「この香りはマスカットを表現した香ですよね? 甘みのある白ワインを思わせる香り。リナロールが強く出ている……」という感じで。これにはもう驚くばかりだ。
部屋に戻るまでの時間。
メリトゥス副神官長、ロバート、そして私の三人は、心ゆくまで香を楽しみ、香に関する造詣を深めることができた。
翌朝。
いつも通りの朝食が始まる。
あらびきウインナーを食べながら、チラリとロバートを見る。髪型も分厚レンズの眼鏡もちぐはぐな服装も。いつも通り。そこに膨大な知識を秘めているなど……想像できない。本当に不思議な人物だ。
さらにロバートが不思議なところは、誰かの懐に入るのが上手いことだ。あの巨大鳥かごで共に絵を描いたスチュワートとは、夕食の席でもよく話していた。メリトゥス副神官長とは、あのチェスでの一戦の後、なんだか熱く語り合っていた。そしてディオンさえ……そう、翌日。つまりは今日の朝食の席で、ディオンはロバートとチェス談義に花を咲かせているのだ、まさに現在進行形で。
ロバートには、本当に驚かされる。
「アメリア聖女様、今日の午前中はわたしと過ごすことになりますが、どこか行きたい場所、やりたいことがありますか? なければ蓮池で小舟を使い、蓮の花を見て回ろうと思うのですが」
ルイ王太子の声に、私はハッとする。チェス談義に花を咲かせるディオンとロバートに気をとられてしまったが。今日の午前中はルイ王太子と、午後はジェームズ副団長と過ごすことになっていた。
結局、「特別指名権」を行使し、暗殺者に揺さぶりをかけることしか思いつけていない。しかも問題点を解決するためには、ルイ王太子の協力は欠かせなかった。なるべくルイ王太子が不快に感じない方法で協力を取り付けることができないか。それを模索する必要があった。
だから。
「ルイ王太子様。場所はどこでもいいです。蓮池でも構いません。ただ、私はルイ王太子様と二人きりになりたいのです。二人きりで、話したいのですが」
「特別指名権」を行使し、暗殺者を……間者にゆさぶりをかけるつもりとは、誰にも知られたくない。その思いで、そう口にしたのだが……。
ルイ王太子の頬がうっすらと桜色に染まる。夏空を思わせる碧い瞳が、眩しいほどに輝いていた。しかもなんだか見ていると、ドキッとしてしまうような甘美な笑みを浮かべている。
「……分かりました。近衛騎士にはなるべく離れた場所で見守るよう、指示を出します。小舟には蓄音機をのせ、船頭にはわたし達の会話は聞こえないようにしましょう」
なんだかドキッとするような笑顔を見せられ、驚いてしまったが。提案されている内容は真っ当なものばかり。快諾し、朝食を終えると、蓮池へと向かうことにした。
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次回は6月3日(土)のお昼頃に更新します。
一週間、本当にお疲れさまでした。
天気も荒れ模様ですが、気持ちは明るく、また明日よろしくお願いいたします☆

















































