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りんご庭園のグラニエス夫人〜炎侯爵の愛が強すぎて砂糖まで溶けそうなので遠慮してくださいませんか〜  作者: リーシャ


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7/8

07炎はやはりだめだった。その時、エビが

 ほんの少しならと、人から離れて発動してみる。だが。


「く、だめ、か!」


 失敗したときの魔力の高まり方にじわりと嫌な汗が背中を伝う。冷や汗が流れる中で止めようがなく轟々と炎が手から出てしまう。

 少し前まで穏やかだった炎は、コントロールの効かない危険な勢いを周りに教えてしまう。


「きゃあ!」


「逃げろ!」


「危ないっ」


「うわぁあ」


 生徒たちはキャア!と声を出して逃げる。教師は同じく目をこちらへ向けるだけの傍観者。いつものことだ。いつもの、こと。


「……こんな、もの」


 頭をもたげて、目を仄暗くさせていくカルヴァ。いらない、いらない。

 炎なんてなくなってしまえと。炎の家系の高位貴族だとしても、父親さえ、己を怯えた目で見る。こんなものいらない。


 目をふっと閉じたカルヴァは座り込む。心が折れたからか、意思を持つことを放棄したからか。どちらかなど、どうでもよかった。


『カルヴァ様〜またきてね〜』


 初めてグラニエスの領地に行って帰る時、わざわざ領民たちが見送りに来てくれた言葉や光景が瞼の裏によみがえる。


「また、行きたい……」


 泊まりなんて無理だと、馬車に乗ったときは行ったのにもう行きたくなってしまった。

 手をぎゅっと握り込み顔を膝に埋めて、炎の魔力を感じながら目頭にもなぜか熱を感じてしまう。


「き……た」


 ザッザッ、ザッザッ。

 耳に聞こえたのは凡そ三十秒後ほどのこと。足音よりも先になにか聞こえた。なにか、ソプラノの声音が。聞き覚えのあるようで、他の声も聞こえて。顔を上げるより先にザッザッという走り抜けていくような声が。


「?……な、んだ」


 思わず顔を上げて外の砂場に向けて見てみると、豆粒のなにかがこちらへ向けて駆けてくる。最初は馬だと思った。地面の土を巻き上げるほど走る生徒などいない。


「こう、おん」


 聞き取れていくうちに、足音も豆粒も見えて。それが人だと知った瞬間、誰だろうかなんて考えるまでもなく、誰かわかったカルヴァ。こんな破天荒なことをする生徒など。


「高温!来たー!」


 なぜか、一人だけではなく二人いたが、そんな細かいことなんて気にしている心の余裕はなくて。


「グラ……ニエス……?」


 少し、ほんの少し感動したところでの走り寄られたことでの胸の高鳴りは。忘れられそうにない。炎が相手に向かないような正反対の方向に向けたところで漸くここまで辿り着いた。


「ごめんごめん。処理に手間取ってて」


 ドガッと鈍い音を立てて置かれたそれは、見たことがあるものの、調理されたあとのものなのでカルヴァの知らないものとして目に写る。


「……は?」


 助けに来てくれた救世主かと思いきや、な展開にカルヴァはぽかんと口を開ける。高位貴族としての緩い失態に気づかないまま、二人の女子はそれを徐に金属のなにかに刺していく。


「グラニエスセンパイ!私がやるのでセンパイは、炙ってください!いつ消えるかわからないですし!」


 叫ぶ女子は初見である。カルヴァはその子を見つめながら「この生徒は?」と胡乱な瞳でみる。もう展開が読めて読めて、仕方ない顔をした。


「ん。わかった。じゃあ、やってくから」


 グラニエスはそれを高く上げて炎に入れる。それは、ジュワー!と音をさせて焼かれていく。その音を響かせていく中で、カルヴァはもう一度唱える。


「その隣にいる女子生徒は誰で、そして、お前は何をしてるんだ」


 声は平坦で、ありありと呆れの形をなしていた。さっきの涙返せよと言わなかったことを褒めて欲しいほどだ。


「え?ああ……この子は、ほら、前に言ったと思うけど。スパイスを買ってる商人親子の子の方。何日か前に編入してきた。次、りんご焼くときに紹介しようと思ってたんだけど」


 何食わぬ顔で言うことではない。と思っているとグラニエスの隣にいる女子生徒が挨拶した。ぺこりじゃない。挨拶しろと思ってないし、ここでやる場面じゃないだろとしか思わない。


「初めまして。ワタシは東の国から来ました。よろしくお願いします。侯爵子息センパイ」


「呼び方がなんだか、おかしくないか?」


「私が教えたから」


「ファーストネームでよくないか」


 グラニエスに冷えた目を向けるが、彼女はそれを焼くのに忙しそうでクルクル回している。職人みたいな顔をしてやってるんじゃない。


「いいじゃん。かなり応用効くし、言われたらまんざらでもない気持ちでお互い、心地よく過ごせるでしょ。ね?」


「はい!ありがとうございます」


「それと、これ」


 カルヴァはついにそれを指差して、指摘する。真っ赤なそれを。


「これって、ただのエビ以外のなにものでもないけど?なにか、変?」


「いえ、特に、どこにでも売ってる、エビですよ」


 二人はエビについて聞いていると思って進めている。そんなわけがない。カルヴァとてエビくらい物心ついたときから、当然知っているのでそんなわけがないだろと思う。

 しかし、二人はエビを焼いて、刺して、焼く。その間、炎は高温を維持して二人の顔は汗が流れている。けれど、棒を炎に向けていくことはやめない。


「ふうー。やっと海鮮類を焼けた」


「職人ぶるな!」


 呑気な女の子に怒鳴るのは、いつものことになっているとはいえ、今はどう見ても魔法的な事故の最中。因みに、高温で炎を吹き出している中で作業をしている二人を、遠巻きに見る教師陣。生徒たちは避難させられているのだろう。


「なにをしている!?離れなさい!」


 と、叫ぶ教師をありえないくらいの様子で無視する二人。


「人にはやらなきゃいけないときがある」


 キリッとした顔でエビを炙る女。エビに串を刺す留学生。お前、国に返されるぞと突っ込んだカルヴァは悪くない。

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