06そのセリフ、将来が実に楽しみだ
いつもいつも、怒ったり文句を言っても女生徒に響かないことを少しずつ理解してきたのか、長くは言い合いは続かない。これぞ相互理解だな。
馬車は当然ながらあっという間に屋敷に辿り着き、二人はそのまま部屋へ行く。どこに行くのかとカルヴァはわからなかったが、適当な部屋に案内されるのかと思ったから、のこのこついて行ったら、キッチンに通されて目を丸くしていた。
「え、なんでキッチンに」
「今から作るから」
「は、おれ、もか?」
「おれもおれも」
「たまに思うが、おれのことを馬鹿にしてるのか?お前がアホなのか?」
「んー」
アホと言われたのに怒ることなく腕を組み考え出すグラニエスにちょっと焦る。少しからかかう気持ちで、軽口を言ってみただけだから。本気で取られると困る。
「私たちが友達だからかな?」
「……友達……!?」
遅ればせながら、ジワジワと言われたことを理解していく男子は驚きと喜びを同時に感じているのか、肩を跳ねさせた。
「友達って……お前は女だろ」
「今時、それは古い考え」
「今も昔もその考えだろ」
少し何か言いたげに唇を尖らせる男児に笑うグラニエス。その笑顔を見て安堵したのか、安心したのか飲み込んだのか、彼はホッと息をつく。
「今から作るのは……アップルパイ」
「アップルパイ?」
りんごは最近出回っているので、アップル、りんご、などと勝手にこの国だけで通用しそうになる名前をつけたのはグラニエス。当たり前だが、アップルの別名も浸透してない。ゆえにアップルパイも初耳となる。
グラニエスの家では、すでに浸透して理解し合えていた。のちにカルヴァでも耳慣れして通じるようになるからといって、深く説明する必要はないと完結させた。酷い怠慢だとあとで、カルヴァに詰られる可能性が特大にありそう。
そんな未来など未来の己に任せるとして、グラニエスとカルヴァはエプロンをつけて、もぎたてホヤホヤのりんご。すりつぶしていく。
カルヴァが自ら、もいだりんごは持ち帰り用なのでそっちは使わない。そもそも本人が使われると思って紙袋を潰しそうなくらいギュッとしたので、キッチンにいた使用人たちの心もギュッと鷲掴んでいた。
「ワシが育てた」
ムンっと胸を張っていると、パイ生地を平たく綿棒で伸ばしていたカルヴァが「お前もやれよ」という視線を浴びせる。
後方飼育者面ごっこをやっている中で、グラニエスらはせっせとたくさんのアップルパイの生地を仕上げてりんごと砂糖を入れ、シナモンも入れる。
このシナモン、ご先祖様の資料にあったので見つけられた。この国では珍しいものを取り扱う商人を探したのだ。商人にも子供がいて、その子とも文通している。
シナモンや他の香料を売っているので、ウチの専属並みの取り引き回数を誇っていた。
やり取りする中で、こんなのがあるけどどう?というセールスがあるので、将来はよい後継ぎだと思いながら試しに一つ見せてよ。という返信を書くのがいつものこと。
そんなことを思い出しながらアップルパイもどきをオーブンに投入。焼き上がるところを見たそうにしていたので、同じように張り付く。使用人達もその様子を微笑ましく見ていた。
「あら」
「おお」
うちの父と母もこっそり見ていて、楽しそうにこちらを見ていたが、カルヴァが気にするかなと敢えて見られていることは言わない。
オーブンから取り出して、皿に盛り付ける前に二つ貰う。それを咎めるように見る彼は正しくいいところの血筋だ。真面目というか、優等生。
こちらは優等生ではないし、そんな気はさらさらないと彼にアップルパイを持たせる。アチアチ、と声に出しながら二つに割る。
「美味しそうでしょ?」
それを見ながら彼も野生のりんご焼きを日々していたせいで、前よりも自然に真似をしていた。教育の賜物だ。目の前のアップルパイは、もはや上品なデザートではない。それは熱い獲物だ。
「ああ」
一切れをフォークもナイフも使わず、そのまま素手で鷲掴みにする。熱い。熱いけれど、この熱さが、焼きたての証拠だ。一気に大きく、ガブリとかぶりつく。
「あっつ〜!ハフハフ!」
まず、硬めに焼き上げられたパイの角が、唇と歯茎にちょっとだけ刺さるような感触。直後、幾層にも重なったパリッ、ザクッとしたパイ生地が豪快な音を立てて砕け散る。
砕けた破片が口の周りに散らばるのも構わない。
「っん!」
口の中は一瞬で、バターの焦げた香ばしさと、シナモンの濃厚な香りで満たされる。
そして、熱をたっぷり蓄えた中のりんごが舌に触れる。トロリと甘く煮詰められたフィリングと、歯を押し返すシャキッとした果肉の感触が同時に襲いかかる。
熱いフィリングが、口の中を火傷しそうなほどに温め、全身の感覚を覚醒させる。
りんごの濃密な甘酸っぱい果汁が、パイ生地と混ざり合い、指の隙間からべっとりと溢れ出る。
「美味しい……!」
手がベタベタになるのも気にせず、むしろその生々しさこそが最高のスパイスだ。夢中で齧りつくたびに、香ばしいパイとトロリとしたりんごが、口の中で最高のカオスを生み出す。
これは、ナイフとフォークでは決して味わえない、本能を揺さぶる至福の味だ。
食べ終わった後のベタついた指を、思わずぺろりと舐めてしまうほどの、野性的で濃厚な満足感に満たされる。
「ほら、指も美味しいから」
「さすがにそれは」
「そのセリフ、数年後が是非楽しみだよ。覚えてたまへ」
どうせ、数年後には極々自然に舐めてるんだよ。わかってるわかってる。
「変なことを考えているな」
カルヴァがシラッとした顔で言ったが、グラニエスは素知らぬ顔でおかわりをオーブンから取り出した。
*
グラニエスの領地での生活とは違うと、まざまざと見せつけられるのは、カルヴァが通う学園。相変わらず避けられており少し歩くと人並みが裂ける。
授業の一環でまた炎の属性を引き出すためのことをしなければならなくなり、苦痛で仕方なかった。
グラニエスとカルヴァのクラスは離れており、授業もクラス別なので見たことはなかったなと。今更になって思うのは、ストレスのせいだろうといつか、グラニエス本人が述べていた。
そうは考えても炎を少しなら出せるかもしれないと力を込めずにいるが、生徒たちの視線が邪魔で仕方ない。




