04リンゴ食べ放題だから、ウチ
そうして、馬車を用意するかと話すが、待ったをかけたのは子鹿子息。
「歩く」
「どうかな?私たちなら歩き慣れた距離だけど、成長途中の身体には負担が大きいし」
なお、この発言に意図的な部分はない。普通に本音であり、事実を説明しただけなのだが、男の子としては黙ってられない発言の数々なのだ。
「歩く。案内しろ」
肩をふっくらさせて、急にのしのしとうちの伝統的な床を踏み抜くカルヴァ。そんなに力んだら、外に出たときには息が上がるだろうに。
「あー、グラニエス。もっと労わらないと」
父のルカが咎めたが、めちゃくちゃ労ってる。
「労ってる。人生、過去一番に」
「あ、あれでー!?」
父は何か叫んだが、当然、耳は右から左に聞き流されて外へ向かう。
歩くと言っていた男の子が外で待っているだろうから、休憩時間を取らないといけないのかな、とふと考えた。
その前に、水を持っていってあげたほうがいいかもしれない。玄関前でへたり込んでいるかも。そこへ向かうと、馬車を用意している足音が屋敷からバタバタと聞こえる。
この領地に置いて、馬車を使うなんて久々なので仕方ないことだろう。
カルヴァは、今頃バテバテかなとゆったり時間をかけて向かう。外へ出るとちょっと目尻を上げたカルヴァが立って待っていた。
「出てくるのが少し遅すぎる」
「馬車に乗るんだから、外に出る時間が早くても意味ないし」
「歩くとおれは言ったのに」
「まぁ、たまにはうちの錆びついた馬車が動かせるってんなら、動かしてあげよう」
どれだけ使用してないんだ、と呟くカルヴァ。だれも気にしてないので、気にならない。気にしたことなんてないもので。
取り敢えず、我が家来訪一度目記念に馬車に乗ろうよと説得する。
正直馬車に乗る意義をこれっぽっちも感じ得ない顔をしていたからか、ジト目で探るように見られながらも、用意されてしまった馬車へ乗る。
久々に見た馬。絶賛放し飼いなので、慣れてなくて首を振っている。
「この馬、人を乗らせられ慣れてないが?」
「わかっちゃう?」
「おれじゃなくてもわかるだろ」
目を三角にさせて、馬を指差す
「まあ、ほら、乗って」
一瞬で着くけども、という顔をしつつ、面倒な対応を済ませたい。まだなにか言いたそうな子息を馬車に押し込めたまま、馬が慣れない足音をさせてパカパカする。
お仕事を終わらせた馬にはりんごをたくさん食べさせねば。うちは、労働後の食事には特にうるさく言うので。馬も例外じゃない。
「りんご農園っていうか、りんご庭園をやってて」
「言ってたような気がする」
「範囲が広くなって庭園が農園になってるだけだから、いまだに呼び名に迷っててね」
「経営してるのか?」
「一応、私の気分で売り飛ばしてる」
「言い方どうにかしろよ」
「我が子を売ってるってなったら、売り飛ばすが正しい言い方になる」
「りんごはりんご、れっきとした売り物だろ?」
「まあ、今のは軽いジョーク」
「わかりにくい。無表情過ぎて」
馬車の中は二人きりなので、会話も弾む。いつも、キャンプ飯というか、野生りんご飯の時も話すけど、時間が限られている中なので、こんなに無制限な時間は初めて。
「次来る時はウチに泊まりなよ」
さすがに、とカルヴァは戸惑って断るので平気だと言う。
「女の家に泊まるのは」
「女の家にっていうより、うちを宿屋だと思えば気にならない。それに、泊まってる期間中は入れ替えトリック使うから」
入れ替えトリックとは、グラニエスと父の所在を入れ替える方法。カルヴァがうっかり夜に部屋に来たりしたら大怪我する可能性あり。ということで、グラニエスだけの安全は保証される。
「うちは無駄に広いから。部屋余ってるし、考えておいて」
グラニエスの軽い誘いにカルヴァは眉根を顰める。男の家の部屋にも泊まったことなんてないのに、と無理だと首を振った。
しかし、この気持ちが大きく、百八十度変化することを男の子はまだ知らない。
普段はここまで喋らないグラニエスも、説明することがあり過ぎていつもよりも多く話すことになっていた。
忙しいかも知れない、ある意味で。
特に口元とか。りんご園のことを話しつつ、他の話題にも言及していく。
ほとんど学園で毎日のように話しているので、話題なんてないでしょうとなるかもしれないが、そんなことはなく二人はずっと話す。
カルヴァはこんなに話して疲れないなんてと密かに、嬉しく思っていた。いつも学園では、一つの単語にも周りは反応するから、無口と思われているくらい話さない。
それなのに、すでに何十分も話している。馬車がりんご園に辿り着いても、話は止まらない。
「こんにちは!グラニエスさんの学友様」
「あら、お友達?珍しいわぁ」
「グラニエスちゃーん、これどう?」
子供から大人、お年寄りまでグラニエスに声をかけてはカルヴァにも挨拶していく。カルヴァは純粋に驚いた。
「ここにいる奴らは、領民だよな?」
フレンドリーを超えた近さだから。
「うん。皆りんご園の手伝いしてくれてる」
「気さく過ぎないか」
「うちは貴族だけど低位だし、ここはがっつり都心から離れた田舎領地だし、畏まっても虚しいだけだし」
言われてみればそうなのかもしれないが、夢のような信じられない光景にカルヴァは目を何度も瞬かせる。
「そっちの領地は大きそうだね」
「いや、そうでもない。うちは鉱山が主のところだから狭くても維持できてる」
「嘘でしょ、その歳でわかるの?高位貴族の勉強って、こわあ」
グラニエスは転生という特異な体質ゆえに、理解できていることをわかっているから、彼の理解度と高位貴族の苛烈な詰め込み教育に恐怖した。
「いや、もっとあとの教育を済ませて欲しいと頼んでいる。別に誰かに強制されているわけじゃない」
ふうん、とグラニエスはやはり興味を失いつつも別の話題を口にする。この手軽さが、話しやすいと彼は思っていた。
「りんご食べ放題だから食べてってね。これ、ウチ用」
グラニエスの家のためだけに分けられている、一番美味しそうな可能性があると判断されたりんごがゴロゴロと、入っている。
「可能性ってことは」
「もちろん、食べてみないと糖度はわからないから」
糖度計でもあればいいが、開発できそうにない。




