03領地が似ているのか領主が似ているのか
その間、作業の手は止めない。
「このりんご、今日いちばんだ」
「なら、グラニエス様達の家に届ける用の箱に入れるといい」
子供だけではなく、大人もいる。子持ちの親も、時間の空いている普通の主婦も、老人もそこにはいた。園が広すぎてそこに何人いるかなど、もう誰も数えることはないのだ。
領民たちがそんな話をしていることなど、知らない親子。二人は領主の館へ向かう。代々の家なので見た目は大きい。昔は親類達が、集まって暮らしていた名残だ。
「あ、グラニエス様、ルカ様」
父と娘を呼ぶのはメイド長。お着せを着ている。ヴィクトリアンメイドな格好だ。
「こ、こちらです。お客様用の大きなお部屋にお通し、しております。お早くっ」
メイドもおおわらわだ。
「あ、グラニエス様のドレスは」
「着せる時間などないから、なしで!」
そのまま、音をさせずにカルヴァがいるとの部屋へ到着。深呼吸する父親に、大人って大変だなと他人事に見る。
「こほん。えー」
ノックして、中にいる執事に扉を開けてもらう。普段は自分で開けてるけど。今回ばかりはね。中から開くと、二人はそろそろと入る。
「す、すみません。お待たせしてしまい」
「いや、構いなく」
中にいたカルヴァはお茶に手をつけずグラニエスだけを見て、スゥ、と目を横にやる。
「あの、ご用件は」
「手紙にも書いたが、領地を見に来たらいいと言われた」
簡素に告げる男の子に父がグラニエスに本気か?と娘へと目を向ける。基本的にこの領地には自然豊かなところしかなく、シティ的な遊び場はない。
「そう、でしたか」
「ああ。先ぶれの手紙にも書いているのだが」
男の子は戸惑った顔をしている。
「すみ、ません。娘が机に置いたままだと、言うので知らなかったのです」
「はい?」
父が正直に言うと今度はカルヴァからの(こいつなにやってんだ)な視線が突き刺さった。真実だけど無根なのだ。ただ、単に忘れていただけなんだ。
「そういうことなら、私が案内するから、気にせず父さんは戻って」
「そういうわけにもいかない」
「カルヴァは友達として来たし」
そうでしょ?という目を向けると彼は頷く。
「よ、呼び捨てなのか?」
流石に不味いんじゃ、という顔をする父を部屋から無慈悲に追いやることにした。いつまでも動けないではないか。
「なにかあれば、言うんだぞ」
父は最後まで過保護なのか、怖いのか震えていた。そんなに震えるんなら、来なきゃいいのに。グラニエスは、とても他人事だと思った。
「いいのか。父親をあんな風に」
彼は信じられない、という顔をしていた。仕方ない。うちはこういう方針なのだ。母も父を尻に敷いているので、我が家はこんなものなのだと、言っておく。
「うちじゃ考えられないな」
見たものを受け入れがたいのか、難しいことを考える顔つきで呟く。
「うちは大雑把で、おおらかだし。社交も最低限。親類共に研究者、自由人気質だから、皆で当主毎年押し付けあってるし」
「……何を言ってるのか、さっぱりわからん」
男の子は、やはり混乱しているらしく、息を吐く。グラニエスと椅子に座り出されている紅茶とお菓子を見る。
「これ、私が作ったケーキ」
「……作った?貴族令嬢が?」
「人間だから作るよ普通に」
「普通?」
「食べてみて。食べないと私が食後に食べるだけになる」
彼は、りんごのことを思い出したのか、恐る恐る口に入れ、その瞬間、立ち上がるかのようにぴくりとなる。まるで、初めて会ったときのようだ。
学園でりんごを食べようとその場でキャンプ飯をしようとした無謀さは、のちのち反省した。次からちゃんと火の魔石を補充しておこうという意味で。
ところでさっきの「普通?」の部分を問い詰めておいた方がいいのかもされない。
グラニエスほど普通の人などいない。それなのに、普通じゃありませんという発音は、聞き捨てならないなと思うんだ。
「美味い……りんごを入れ込んだのか」
「そう。試作品だけど、かなり形になってきてる」
「店で出せるな。いや、そうじゃない。聞きたかったのはそうじゃない。先ぶれの手紙を渡してなかったってどういうことだ」
「甘味で、記憶吹っ飛んでなかったか」
ボソッと言うと「吹き飛ばしたくても無理だ」とツッコミを受ける。
「仕方ない。普段机も使わないし、先ぶれなんて、初めて貰ったし」
手を上に上げ、お手上げのポーズをする。
「開き直るな!」
この人、だんだんキャラ崩壊起きてる気がする。棚に上げて、自分のせいだと知らずにボーっとする。
本気で怒っているというより、戸惑ってるらしい。当たり前か。こんなに杜撰な対応を、されたことないかも。皆、あたふたしてるし。雑なグラニエスにも、苦心してるし。
りんごを食べさせてからすでに何度も野生の焚き火の食事を食べさせて、家にも招待したので、これは友達なのではないのか?と思う。
聞いたところによると侯爵なのだとか。正直、ふーん、で?という感想しかない。貴族社会の縦社会は頭にあるけど、この土地で育っており、現代の感覚も持ち合わせる己からしたら、社長補佐かな、といった程度の感覚。
それに、相手はあくまで子息。
金持ちの子息であり、侯爵本人ではない。つまり、社長補佐でもないし。
偉くないわけで、グラニエスとの家のつながりもない。系列でも分家でもないから、関係ない。
父親が上司、部下でもないからやはり、なんの関連もなし。導き出した答えは、ただの同級生なだけだなというもの。
貴族なのでそこで終わりではないことも、わかってはいる。しかし、りんごを食べ続けたところを見たら、この子も思春期の男の子なんだなと思ってしまうわけで。将来、道が分かれて会えなくなっても、今は同じ歳の子供。
友達として家に招待する理由なんて、それでいい。
「お昼にまた違うの出すから、次はこっち行こう。今はりんごの収穫してたから」
「りんごっていつも持って来てるアレだよな。収穫をしてるのか?」
ちょっとだけ驚いた顔をする男の子、カルヴァは年相応。軽く口元を上げて、こっちだと誘導する。
「グラニエス、馬車を使いなさい」
「徒歩で行くからいらないよ」
父が扉の前にいたのか、聞き耳を立てていた。
「いや、しかし、ご子息を歩かせることになる」
「それもそうかも。子鹿みたいな細い脚、してるし」
「な!」
本音が口からポンと出る。
「僕はそこまで言ってない」
父が慌てて首を振る。




