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第十四話

『気温、空気濃度…………正常。ゲート解放マデ10、9、8…………』


 彼は小さな箱の中でそのアナウンスを聞きながら立っていた。


 ――――ここに直接来るのは久し振りだな。いつもはホログラムで訪問していたし……。


『…………0。ゲート解放シマス。オ降リノ際ハ足元ニ、オ気ヲツケクダサイ』

「………………」


 彼は無言で頭を覆う防護マスクを被る。すでに全身は同じ素材のスーツに包まれていた。


 ピピピ。

 ゴゴォン…………


 甲高いアラームの後、重厚な音共に目の前の壁が左右に分かれていく。

 視界が広がった瞬間、ムワッとした圧迫感のある空気が全身にぶつかった。


 ――――マスクをしていても、ここは少しだけ“惑星の匂い”がするな。


 薄暗く長い廊下を数十メートル歩くと、突き当たりに再び壁のような扉が現れる。彼がその前に立つと、上から赤い光が全身を調べるように撫でていく。


『入リ口ヲ開キマス。近付キ過ギニゴ注意クダサイ』


 アナウンスと同時にガーッと扉が開くと、そこはだだっ広いドーム型の空間だった。

 まるでよく晴れた日の星空のように、暗い天井や壁にはキラキラと小さな光が無数に輝いている。


「いつ来ても広いな…………地上はもっと広く感じるんだろうか」


 広い空間にぽつんといる寂しさに、彼は思わず独り声に出して呟いてしまう。その声はぐわんぐわんと微かな余韻を残す。


 この空間がどのくらいの大きさかと言うと、天井の高さは約150メートルほど。

 広さは彼がドームの真ん中を通って、端から端の壁まで歩くのに三十分は要するだろう。



 そんな広々とした空間の数メートル先に、ぽつんと“島”のように機械が固まって設置されていた。円状で直径5メートルくらいだ。そこだけは、何処かの『管制室』を切り取ったように思える。


 これ以外、この空間には何も無い。正確にはそれだけを置くスペースだと言っていい。


 いつもは【中央都市(セントラルコア)】から、この『管制室』へ自身のホログラムを飛ばしてこの空間へ来ている。


 しかし今回、彼は全身でここの空間を確認してみたくなったのだ。





中核基地(マントルベース)


 ここは『惑星再生計画』の“要”になる場所であり、惑星の『真の中心』に近い場所である。

 さらに、ここは『プログラム』を作成、起動させる空間として彼の研究班に割り当てられた区画であった。




 基地が存在する場所は【中央都市(セントラルコア)】の真下。地下数百キロメートルの特殊施設である。現代で一番早い移動手段を用いても数時間掛かる場所で、直に訪れるのは容易ではない。


 そして、なかなか訪問できない理由は他にもあった。


 惑星の『真の中心』ではないにしろ、ここは現人類が来ることができる地下の最深部。この付近の地中の温度は1000度を超える。


 もちろん、様々な対策は施されてはいるが、生身の人間がこのドームへ入るまでにはいくつかの人工施設を通り、専用の防護スーツを身に付けて行かなければ生きて降り立てる場所ではない。


 惑星の『真の中心』は約6000℃の高温である。それは何百年も前から知られていて、どんなに技術を発展させても容易にはたどり着けない場所だ。


 しかしその場所にこそ、死にかけの惑星を救う道があるとして、人類は科学技術の発展の度に惑星へ……その中枢へと潜ってきた。


 終わりの見えない『宇宙開発』を棄ててまで、今の人類は自分たちの惑星を救う方を選んだ。


 空へ飛び立つ代わりに地下へ。


 何世代も掛けて、人類はやっと惑星の心臓に近いこの位置まで辿り着いたのである。




 …………………………

 ………………




 彼は柵に囲まれたその機械群へと近付き、そこにある大きなイスに腰掛ける。席の前には円盤型のガラスのようなものが置いてあり、彼はそれに片手を付けて息を吸う。


「『管理官』、情報の共有がしたい。全ての『プログラム』を起動してくれるか?」


 基地に居るのは『管理官』と呼ばれる無形…………つまり、この施設そのものに組み込まれたシステム型の『プログラム』である。


『――――ハイ。承知シマシタ』


『管理官』の音声と共に、ヴゥン……と辺りの空気が振動した。

 真っ暗だった天井や壁が一瞬で白く変わり、ドームの中は真っ白な空間へと変貌を遂げる。


 ドーム状の空間は全てがぼんやりと光を放つ。その明るさに眩しさは無く、そこに在るものを浮き上がらせた。



 はっきりした視界の中、彼がいる機械の周りには十数体の人型が現れていた。


「…………思ったより増えてないな」


 彼はそう言ってイスから立ち上がる。



 老若男女。様々な人種の人型が彼を中心に立ち尽くしていた。服装は色違いの作業服姿だ。


「みんな、元気にしてた?」

『『『ようこそ、いらっしゃいました』』』


 彼がマスクの奥で苦笑いしながら挨拶をすると、人型たちは一斉に一礼をする。彼とは対照的に人型たちは全員無表情だ。



「……今現在の『プログラム』の人数を教えてくれるか?」

『ハイ。整備員20名、プログラム補佐10名、清掃員10名、その他5名、デス』


 ここに居る人型の『プログラム』は、この施設で人間の代わりに働く者たちだ。


「とりあえず、今いる『その他』を『整備員』に回して。その後は『その他』を継続的に作成してくれ。そうだな…………まず20体。作成時間は?」

『了解シマシタ。30日以内ニ完了シマス』

「…………ふぅ」





中核基地(マントルベース)】では『惑星再生計画』を実行している。


 惑星を自己再生させるための装置を『真の中心』へ作って送り込むのは生身の人間では困難である。人間に代わってそれを実行できるのは、技術や応用力を身に付けた『プログラム』の役目だ。


 ここはそのコントロールルーム。



『管理官』は常に無人であるこの施設を管理し、自らを整備するための人型の『プログラム』を作成することができた。その作成時間は一個体につき一日以上掛かる。


 人間の研究員が『人型のプログラム』を作る場合は数時間なので、本当は『管理官』に任せずに、人間が『プログラム』を作った方が早い。


 しかし、現状はそれが困難な状況であった。


 ――――『プログラム』を地上で作って持込れば楽なんだが……それが()()()()のが辛いな。


 意外なことに、『プログラム』を地上から基地へ持ち込むことはできなかった。理由は地下の基地へ出来上がった『プログラム』を持ち込むと、必ずと言っていいほど“バグ”が発生するのだ。


 その“バグ”はかなり深刻で、持ち込んだ『プログラム』の能力が全て消えてしまった例がある。


 試しに『清掃員』を作成して連れてきた時は、彼らは掃除の仕方を忘れて何もできなかった。それどころか、複数で喧嘩のような争いを始めてしまい、お互いを消去し合ったのだ。

 それは他の『プログラム』でも見受けられ、当時の研究員たちは頭を抱えた。


 だが、地上から持ち込めないだけで、同じ地下で『プログラム』を作成したら、それは問題なく動いたのだ。


 結果、【中核基地(マントルベース)】とその周辺で働く『プログラム』は、備え付けのシステムプログラムである『管理官』が作成することとなった。例え動作が遅くても、休むことなく作ることができ、“バグ”も発生しないというなら当然だろう。


 問題があるなら、この【中核基地(マントルベース)】のドーム内に入れる人間が極小数に限られるということだ。

『惑星再生計画』に関わる人間であること、そしてその中でも選ばれた者だけが、この施設へ入ることが許される。


『総合研究所』の所長である彼もその一人だ。

 この『管理官』をはじめとする、施設内に必要な『プログラム』をつくったのは、彼と彼の父親であったからだ。




 …………………………



 ピ、ピ、ピ、ピ…………



 彼は画面に表示された『プログラム』の設計図を確認していく。内容の確認だけなら【中央都市(セントラルコア)】からでもできるが、どうしても動いているその場に来て確かめたかった。


 ――――異常なし。改ざんされた形跡も、システムの勝手な行動もない。心配のし過ぎだっただろうか?


 助手だった青年の死後、彼は様々な事に神経質になることがあった。今回『管制室』へ直に訪問したのも、『惑星再生計画』を推進している政府に対して、少しの疑いがあってのことだったからだ。


 ――――私は政府の人間だが、やっぱり【永久図書館(ライブラリィ)】のことも無視できない。




「92%の滅亡…………」


 ――――滅びの原因はなんだろうか?


 正直、決定打に成りうるものが多過ぎる。


 人間そのものの滅びは緩やかに進んでいる。それを止める手立てがないままに滅ぶのか?



 近いか遠いかは断言できないが、『リリ』たちはこの結末を受け入れている。


 彼はそれを阻止したい。今の彼にできることは、人類滅亡に繋がりかねない『惑星再生計画』の“穴”を塞いでいくことだった。




「はぁ……防護スーツを着てても暑いな……」


 ドーム内では防護スーツを着なくも、数時間は人体に影響はないと言われる。それでも見えない圧力は少しずつ身体に掛かっていくため、安易に脱ぐことは危険であった。


「……メインのコントロールシステムにも問題ないな。このままいけば、来年には【再生プログラム】を“核”で起動できそうだ」


【再生プログラム】とは惑星の中心部付近に埋め込み、惑星の内側からエネルギーの流動を促すもの。それによって、惑星自体の熱の調整や地殻変動を設定し、本来自己回復に必要な『液体保持』や『エネルギー活動』を手助けするための“ペースメーカー”のようなものだった。




 …………………………

 ………………




 ――――ドームに到着して二時間後。


 ピルル、ピルル、ピルル……


 彼が作業を進めている途中で不意にベルが鳴った。空中に『通話』の文字が浮かぶ。


「……はい」

『所長。僅かですが、ドーム内の酸素濃度の低下と温度の上昇が確認されました。今日はこれくらいで“基地”へ戻った方がよろしいかと……』


 通信の主は助手のクリスだった。『管制室』に来た彼とは離れて、生活ができる空間である“基地”にて行動している。何かあった場合にいつでも対応できるようにだ。


「わかった。じゃあ、入り口に帰還用のポッドを回してくれ。あと三十分で乗り込めるようにする」

『了解しました』



 通信を切ると、彼はコントロールパネルを閉じて帰り支度を始めた。また翌日か翌々日には来るつもりでいるが、それもこのドーム内の気温が安定していなければ叶わない。


「さて、と…………うっ…………」


 椅子から立ち上がった時、少しだけ目眩がした。思ったよりもこんを詰めてしまっていたのだろう。

 少し呼吸を整えたあと、帰還用のポッドへ向かった。




 ポッドに乗り込み、発射してからしばらくして、やっと一息ついた気がした。


 ――――もう、私も若くないか……。


 今年の末に彼は42才になる。現代人の平均寿命は45才ほどだ。彼の歳には引退隠居も考える人間もいるくらい、充分に人生の終盤に差し掛かっているのだ。


 ――――研究所の後任たちも育ってきた。『惑星再生計画』が始動したら、私の役目も一先ず終了になるはず……。



 彼は本日行ったコントロールルームでの『プログラム』たちのデータを頭の中で反芻する。

 彼が手掛けた部分には何も問題はどこにもない。彼以外の作成過程もこっそり確認したが、ちゃんと指示通りであり、これまで幾度となくテスト運転をし、これも不足なく進行している。


「このまま、無事に惑星の『浄化』ができればいいけど…………」


 惑星の『浄化』は『再生プログラム』が起動すれば、人類のいない地域から始まり、人類は『浄化』の終わった地区へと移動しながら、新たな『自然の再生』に取り組んでいくというもの。


 惑星全土の『浄化』には何百年も掛かるというが、それが終わった時に、人類は惑星の全てを活動領域にすることができるのだ。


 ――――『リリ』たちにはその頃まで“巡る”のを待っててもらわなきゃな……。


 彼は【永久図書館(ライブラリィ)】側にいる『プログラム』たちが言う、“巡る”というものを実は正確に理解できてなかった。

 何となく、『リリ』たちが人間として“生まれ変わる”ということだけを信じているだけ。


「……彼らと“巡る”のは楽しそうだな」


 急に押しかけて、彼の家のリビングを占拠していた『プログラム』たちを思い出して笑ってしまった。






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