第十三話
彼の部下の葬儀から数日後。
「本日より、お世話になる『クリストファー』といいます。所長、どうかよろしくお願い致します」
「よろしく。色々と覚えることが多くて大変だけど頑張って」
「はい! 頑張ります!」
葬儀に来た会長からの紹介で、彼の下へとやってきたのは16歳になったばかりの少年だった。
几帳面に整えられた金髪。色素の薄い大人しそうで中性的な面持ちだが、物言いはハッキリしていて、少年と話した人間の印象に残りそうだ。
「えっと……君のことは、クリストファーって呼べばいい?」
「クリスで構いません」
「じゃあクリス、君は今まで会長が運営するアカデミーで『プログラム』の研究をしていたって聞いたけど、商業用の『プログラム』開発に興味があったの?」
ここ【総合研究所】で開発される『プログラム』は、主に生活補助や介助などの『必需品』とされていた。それら『プログラム』の回線は一般家庭でひと世帯につき回線を一つ、世界政府から上級者や中級者に支給される。
その他、二体以上を同時に出現させるための回線を作るとなると、必要な理由を申請して役所で増やしてもらうか、出現できる回線と専用の『プログラム』を個人的に業者から買うのが一般的である。
「はい。商業用と言っても政府を一度は通しますし、内容もここで開発されているものと差程変わりません。ですが、個人の生活水準で使用する『プログラム』は変わってくるでしょうし、支給されているものとは“何となく相性が悪い”と感じてしまう方もいるみたいですね」
「相性……か……」
彼の頭に過ぎったのは亡くなった青年だった。
政府が作った『プログラム』にアレルギーのような症状を起こしていた。
「アカデミーでは相性が悪いということに、何か科学的な根拠は出たのかな?」
「いいえ、これといって…………重要な項目には入れていなかったみたいですし、特に研究はされませんでした」
「そうか、それは残念だ。こちらとしては、他に研究している機関があれば、そこと情報を交換したかったんだが……」
アレルギーに関してはほとんど情報がない。だからサンプルを集めたいのだが、この症状を訴える人間に滅多に会わないのだ。
“ここに勤める職員が『プログラム』を使わないというのはおかしいと思われるかと……”
――――そういえば、彼も最初は隠していたな。現代で『プログラム』を使わないのは“おかしい”となるか……。
「……君は自宅で『プログラム』は使っているのか?」
「えぇ、もちろん。普段の家事に『家政婦』を使っていますが……週に三回くらいしか起動してませんね」
「ん? 毎日じゃないのかい? でも……」
独り暮らしなら使うんじゃ……と彼が言いかけた時、
「僕の母親が家事が好きな人なので、あまり頼りたくないって…………」
「え? お母さん?」
そう言ったクリスに思わず聞き返してしまう。
「はい。僕は産まれた後、『育児機関』には5才まで居ましたが、現在は僕を産んだ母親と同居しています」
「クリス……君は……」
「えぇ……僕は『原始人種』です。所長と同じですね」
「っ…………!?」
クリスの言葉に彼は身を強ばらせた。
彼が『原始人種』であることはレベル2の個人情報だ。『総合研究所』の所長である彼の情報を、一般人であるクリスが覗き見ることはほぼ不可能である。
――――何故、この少年が知っているのか?
彼は無意識に警戒の色を顔に出してしまった。それをクリスが感じ取ったのか、『しまった』と気まずそうな表情になった。
「あ、あの、所長……その、何で僕がそれを知っているかというと…………僕の出自を知った会長の計らいでして…………」
「会長が……?」
「はい……知っているのは内緒だと言われていたのに……申し訳ありません」
「あ、あぁ、いや…………会長からなら大丈夫だ。ちょっと驚いただけだよ」
確かに会長は彼の出自を知っている。それに世界でも影響力を持つ会長ならば、赤の他人のレベル2の情報開示を求めることも可能だっただろう。もしかしたら同じ『原始人種』ということで、彼の下にクリスを送ってきたのかもしれない。
「そうか、じゃあ同士だね。よろしく」
「はいっ!」
彼が笑顔で手を差し出すと、クリスは少年らしく元気な返事をして手を握り返した。
…………………………
………………
『ふぅん、もう新しい助手さんが来たの……』
「事故とかじゃなければ、仕事には個人の事情なんて関係ないからね」
クリスが来た日の夕食時。
今日の出来事を話す彼の向かいの席で、『リリ』は明らかにムスッとした態度である。フォークで力強く一口大の肉を刺す様子がちょっと怖い。
『前の助手さんが亡くなった翌日からも、何事も無かったように講義があったもんね。あの日から、私の代わりに【472】に手伝ってもらったけど、最終日まで滞りなく進んだって聞いた』
「……………………」
他人の生き死にに関係なく世界は進んでいく。
悲しくはあるが、大きな組織を抱えている以上は仕方ないことだと思わなければならない。
「ねぇ『リリ』、あれから【915】はどうしてる?」
青年の葬儀から【915】はこちらに来ていない。
『ちょっと落ち込んでたけど、少し休んでから別の施設に行くって。図書館に篭っているより、人間が居る方が気持ちも紛れるってね…………』
「すっかり“心”が出来上がったんだね」
『彼女、基本的に人間が好きなのよ。以前から個人の特徴を覚えるのも他より早かったでしょ』
「そうだったね……だから、彼に紹介した?」
『うん。でも、思った以上に仲良くなっちゃったけどね。あはは……』
「はは……確かに……」
彼と『リリ』は見合って笑う。笑い声は出るが、部屋の中にはしんみりした空気が流れた。
その時、沈黙が支配しそうになるのを変えようと『リリ』が口を開く。
『……あ、そうだ。そういえば【472】が――――』
『こんばんは、おじゃまするよー』
「うわっ!?」
『【472】!?』
『リリ』の言葉に被さるように、彼の背後にひょっこりと【472】が顔を出した。
『もう、びっくりした! こんな時間に何?』
『所長に折り入ってお願いがあるんだよ』
「お願い?」
『所長、この間の講義の参加者って、行く所はもう決まったのかい?』
「あぁ、この間の若い研究者たちの……」
『うん。実は一人、欲しい子がいるんだ』
「え?」
【472】がそう言うと、彼の目の前にモニターが現れる。
『えーと、この子。最年少で来てた』
モニターにはピンクブロンドの髪の少女の画像と、彼女の経歴や今回の成績などが記載されていた。
今回、彼女は最年少ながらも優秀な成績を収めていたようだ。
「あぁ、彼女か。それなら、すでに【中央都市】の研究機関のいくつかが欲しいって声があったな。まだ正式に決めてはいなかったけど…………」
『それ、全部断ってくれる? 彼女は【グリーンベル】に配属にしてほしいんだ』
「【グリーンベル】に?」
『あら、そこって…………』
【グリーンベル】という施設は、主に惑星の緑化への研究に力を入れていた。
そこは今現在、【472】が政府の『プログラム』の回線を乗っ取り、密かに潜入している場所でもあった。
『とりあえず自分が見た感じだけど、今の【グリーンベル】はやる気が落ちてるねぇ。まぁ、所長相当の現在のチーフが上の顔色だけで動いているから、研究自体がゆるーい感じになっているせいだけど……』
笑いながら首を振る【472】。彼はそんな少年の言葉に眉をひそめる。
「ちょっと前まで、そこはかなり期待されていたんだがなぁ。ここだけの話、噂じゃ研究規模を縮小される手前って話だ……そこよりも、優秀な子なんだから【中央都市】に居た方が…………」
『いやいや、ダメダメ!』
「『???」』
【472】の珍しいダメ出しに、彼と『リリ』はきょとんとした。
『中央なんてキリキリ働いて、一分の隙もなく研究しているだろ?』
「…………まぁ、第一線だからね」
『まだ子供だし、実はかなり繊細な子なんだよ。所長の前の助手が亡くなったのを、彼女は間近で見てしまってる』
「あ…………」
青年が亡くなった日、会議室で泣いていた少女を思い出す。人の死に触れてショックを受けていた。しかし、彼女が休んだのは翌日だけだったらしい。
『これ以上、此処にいればせっかくの人材を潰すことになるよ?』
「でも、その後は普通に講義を受けていたけど……」
少女は最後までやり遂げ、他の者よりも優秀な成績で講義を終えている。
『甘いね所長。あの子、あれから夜は眠れてないと思う。講義に出ている期間はずっと、目の下に子供らしからぬ化粧をしてた。目の腫れと隈を隠すのに必死なのが丸わかりだったよ』
「え……」
『ちょ、ちょっと! あなた、そんな細かいところまで彼女の様子を見てたの!?』
『リリ』が驚きの声をあげた。彼も口を開けたまま、しばらく【472】を見ている。二人の反応に、当の本人は面白くないような表情をした。
『そりゃあ見てたさ。館長に“人間を見てこい”って言われたからね。彼女だけじゃなく、参加者の子たち全員の様子を観察してた』
「全員を……?」
『そう、全員さ。他との比較で彼女のメンタルが一番弱っているのがわかったんだ』
今まで人間に興味がないと言われていた【472】がハッキリと言い放った。
「さすが『賢者』…………大したものだな」
『そうでもないよ』
『…………ねぇ、もしかして、あなた彼女のこと見守るつもり? 将来の“補佐”候補?』
『ん〜……そこまではわからない。でも、あの子は中央よりも、地方でのんびり研究させてあげたかったんだ』
『あら、まぁ……』
「………………」
感心したように手を口元に当てる『リリ』だが、その口の端が愉しそうに引きつったのを彼は見逃さなかった。
『じゃあ、そういう訳だから彼女のことはお願いするよ。じゃあ、またね!』
パンッ! 一方的に言い残して、一瞬で【472】は消えた。
「なんか【472】、雰囲気変わったか……?」
『変わったわね。でも、変わったのはもうちょっと前よ』
「え?」
『前の助手さんが【915】にプロポーズしたって話を聞いた頃からかな。ことある度に【915】の変化を一番観察してた』
「やっぱり観察が基本なのか……」
『施設への潜入も、その時だったから』
それまで“他人は他人、自分は自分”というスタンスの少年だったので、仲間内ではかなり話題になっていたらしい。
『【472】ってば、ああいう娘がタイプなのかぁ…………そのうち、その研究者の彼女に尽くし始めたら面白くなるんだけど……』
「『リリ』、なんでも恋愛方面に持ってくんじゃないよ」
『はーい。ふふ……』
好物の話を摂取できそうなことに、少女は愉快な気持ちが抑えきれないようだ。
――――“心情の変化”。心を持った『プログラム』ならではなのか。
「……何かを背負いたくなったのかもなぁ」
『え?』
「自分の事だけを考えているのは気楽だ。でも、他人の事を考えることは責任が伴う」
『…………そうね』
スゥッと『リリ』から笑顔が消えた。
「私も、周りの変化に自分を合わせなければいけないな」
『…………』
『リリ』は無言で彼を見詰めた。さっきとは違い、今度は不安が滲み出ている。
「……来年、私が直接に“中核”へ行ってくる。あそこの『プログラム』たちの様子を目の前で見てきたい」
――――なんでもいい、これから動かなきゃダメだ。私も“変化”を求めなければいけないんだ。
この先、少しでも未来を変える手掛かりが欲しかった。




