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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
98/385

都大会 準々決勝 『白桜女子中等部 対 鷺山中学』

 ダブルス2 菊池・藍原ペア - 川本・仲村ペア

 ダブルス1 山雲・河内ペア - 岩村・鹿取ペア

 シングルス3 水鳥文香  - 宮本葵

 シングルス2 新倉燐   - 渡邊佑依

 シングルス1 久我まりか - 道長麻美



 大方の予想通り。


「宮本をシングルス3にぶつけてきたか」


 篠岡監督は受け取ったスタメン表を見てふむ、と納得したように頷いた。


「でも、本当に宮本選手を水鳥さんにぶつけてくるなんて・・・」


 正直、私は半信半疑だった。

 宮本さんは鷺山の絶対的エース。シングルス1以外で起用する事なんて、通常ならまず有り得ない。


「水鳥の言う通りだったようだ。宮本葵という選手は水鳥と戦うことを大きなモチベーションにして戦ってきた。だから白桜戦では何が何でも水鳥にぶつけてくる、と・・・」

「たとえチームの勝利にマイナスとなる行為だとしても、ですか」


 理解できない。

 1人の選手の個人的な事情が、チームの戦術に影響するなんて。

 白桜なら絶対に許されないし、監督が許さないだろう。


「だからこその"久我シフト"だよ、コーチ」


 鷺山の執った戦術は単純すぎるほど単純。

 2回戦までシングルス2、3で使っていた1年生2人をダブルス1に起用する・・・つまり。


「最初の3ゲームに全てを懸けてきたわけですね」


 シングルス2、1の選手は恐らく新倉さんと久我さんの相手にもならないだろう。

 最初の3ゲームのうち、1つでも落としたらその時点で負け同然となる、一か八かの作戦だ。


「逆に1つでも取ればこの試合、白桜(ウチ)にとって大きく有利となる」


 私は監督のその心強い言葉に後押しされ、視線を目の前にある金網フェンスの向こうの、コート内へと移す。

 試合開始を告げる整列・・・。

 何度経験しても、この瞬間だけはまだ緊張してしまう。


 コーチの私が、多少なりとも緊張するのだ。

 きっと中に居る選手にかかるプレッシャーはこんなものの比ではないだろう。


(頑張ってねみんな・・・! この都大会で初めての"シフトを敷かれての戦い"・・・)


 気になるのは1年生。

 いくら単純とはいえ、敵の作戦に惑わされれば試合に影響が出かねない。

 普段とは違うプレッシャーの中で戦うことになる、それが悪い方へ作用しなければいいのだけれど。


 特に。

 自ら宮本さんとの決戦を受けて立った、水鳥さんに関しては。





「相手・・・あの子、1年生なんだってさ」


 さっき握手した、白桜の選手2人の方を目で遣りながら、仲村さんに話しかける。


「あの白桜で1年生でレギュラーなんて・・・考えられないよね」


 思わず自嘲してしまう。

 私なんかとは、本当に雲泥の差だな・・・と。


「1年生にしても随分と背がちっこいね」

「あ、違くて。そっち3年生・・・」

「まじか」


 割とぎょっとした顔をしてビックリする仲村さん。

 そりゃあの背格好見たら、あっちが1年生に見えるよね。無理もない。


 でも。


(やっぱ上手くいかないな)


 意志疎通が・・・。


 だって、私たちがダブルスを始めたのはつい1ヵ月ほど前のこと。

 それまではお互い違う相手とダブルスを組んでいた。でも、その子たちはもう―――


「かわもっちゃん」


 さすがに私が浮かない顔をしているのはバレたらしい。

 仲村さんは声のトーンを極力落として。


「今更なにビビってんの。私たちも、宮本さんの"共犯者"だよ」


 私の耳元で、囁いた。


「私たちがしくじったら、あの子の夏が終わる。そしたら、後で何言われるかわかんない」

「・・・うん」

「共犯者になることを承知で部に残ったんでしょ、私らさ」

「うん・・・」

「じゃあ最後までやりきろう。完遂するんだ」


 わかってる。

 私たちの手が汚れてるって事は。

 じゃあ感情を殺して最後までやりきれって、仲村さんはそう言ってるんだ。


 でも、こんな土壇場にまで来て。


(潰されそう・・・)


 罪悪感と、そしてプレッシャーに。


 鷹野浦に勝ったことで鷺山は今や大会注目のダークホースにまでなった。

 応援してくれる人が増えたんだ。学校でだって、たまにがんばってと声をかけられることがある。


 ―――それが、"何よりも"苦しくて辛い


(だとしても)


 やりきるしかない。

 私たちに退路はない。もう進むしかないんだ。

 この試合、勝つ以外の選択肢なんてない。ううん、この先ずっと。


 それが、この舞台に立っている、私たちの"権利"と"罪"だから。





 敵は都内最強のダブルスペア。

 いろいろと情報を仕入れたけれど、知れば知るほど嫌になる。あの2人の経歴なんて。


「私ら、ダブルスなんてこの1週間で基礎中の基礎を練習しただけなのにね」


 元々がシングルスプレイヤーで、ダブルスをやるなんて考えもしなかった。

 私は小5の時に鹿児島県内の大会、シングルスの部で優勝したこともある。

 だからスポーツ推薦なんてものが受けられて、この東京まで来られたんだ。


「葵さまの計画に意見する気?」


 そしてこちらを眼光鋭く睨む水色の髪のおかっぱ。


「別にそういうわけじゃないけどさ、私たちって要するに使いっ走りってことでしょ?」

「葵さまの為なら、捨て鉢になることも名誉以外の何物でもない・・・」


 そう言って、ふふふと不気味な笑いを浮かべる。

 あーあー、やだやだ。こんな陰鬱な奴と一緒に居るのは。


 こんなんでも、岩手県大会(勿論シングルス)で優勝経験のある選手だって言うんだから驚きだ。


「葵さまの露払いをする。それが私たちの役目」

「露払いね・・・。そんなレベルの相手じゃないと思うんだけど」


 山雲咲来、河内瑞稀。

 普通に考えたら、私たちが手に負えるような相手じゃない。

 でも、勝たなきゃならない。それが他でもない、葵ちゃんの望みなら。


「私たちが死ぬ気で戦えば良い。ああ、アンタは腕に自信が無いのか」

「はあ!?」

「精々私の足を引っ張らないように頑張って」


 これから一緒にダブルスをやろうって言うのに、なにこの言いぐさ!?


「あーそう! アンタがそう言うなら好きにやらせてもらうわよ! 私の邪魔だけはしないでよね!」

「・・・ぎゃーぎゃーうるさいなあ」

「アンタが暗すぎるのよこの陰険女!」


 ちょっとでもこいつと協力しようとした私がバカだった。

 元々、葵ちゃんが居なきゃこんな奴と絶対一緒になんか居なかったし。

 1年生の中でもこいつが1番気が合わなくて、いっちばんムカつくのよ。


 テニスの腕は葵ちゃん、私に次ぐ3番目だから一目置いてるだけ!

 本当に、試合中、足引っ張るようなプレーしたらブチ切れてやるんだから!





「ふみちゃん、久しぶりだね」


 試合前の握手をした時。

 葵はうっとりとした目でこちらを見つめてきた。


 競技スポーツにおいて、あるいは競技の場において、女性アスリートはいわゆる"女性らしさ"を殺して勝負に臨むことが多い。

 しかし、今の葵はその真逆。

 恐らく普段、どこで何をしているよりも、今、この瞬間。私を見つめている時が、最も女らしく、最もかわいらしく、そして明らかに場に似つかわしくない色情の籠った表情をしていた。


 瞳の中心にハートマークが浮かんでいるのが、明確に見えるほどに。


「葵は・・・変わったね」

「うん。ふみちゃんに似合う女になりたくて。待ってるだけじゃない、ふみちゃんを迎えにいけるような、そんな人間になりたくて」


 そう言って手をあそばせながらもじもじする姿は、これからテニスの試合を始めようとする選手には見えない。さながら、ここは体育館裏で、これから愛の告白でもされるんじゃないかと思うほど。


「だからね」


 葵は少し逸らしていた視線を再びまっすぐこちらに向け。


「あたしの想い・・・受け取ってね、ふみちゃん」


 一点も曇りのない目で、そう言い放った。


「葵」

「うん」

「貴女は、私が止める。これ以上先には進ませない」

「楽しみにしてるね、ふみちゃん」


 言って、葵は楽しそうにコートの後ろへと駆けていった。


(じゃんけん、負けちゃったな)


 つまり、サーブ権は葵から・・・と言う事になる。

 彼女の性格なら、出し惜しみなんてしない。


 試合開始と同時に、あのジャンピングサーブが襲い掛かってくるはずだ。

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