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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
77/385

VS 葛西第二 シングルス2 熊原 対 今村 4 "決着"

「くっ・・・」


 どれだけ強いショットを打っても返される。


「くそっ!」


 どれだけ素早く走っても、その向こうにボールが抜けていく。


(なんなんだ!)


 相手のショットは強く、速く。


(なんなんだよこいつは!?)


 高い身長と恵まれた体格を十分に活かしたプレーは。

 あたしの攻撃をありとあらゆる方法で跳ね返す城壁となっていた。


「ゲーム、熊原。4-1」


 エンドチェンジだ。

 あたしは溢れてくる汗を拭って、コートから逃げるように出て行った。


「・・・マム」


 ベンチに座っているこの人に、最後の望みを託す。


「あたしはどうすればいい? どうすれば・・・」





 相手プレイヤーのプレーを見て、驚いた。

 いや、違う。実際感じたのは驚嘆ではない。脅威だ。


(シノの奴、こんな選手をとっておいたのかい・・・!)


 白桜の実力や選手層を見誤ったつもりはない。

 元々無謀な賭け、徒労に終わる可能性を十分見ていたつもりだった。


 だがしかし、現場の指揮官が選手に向かって勝てないから負けてこいなんて指令は出せない。

 指揮官は誰よりも負けず嫌いで、勝利に執着しなければ。

 そうでなければ選手たちは安心して戦えない。


 そして1年、自分に着いてくれた選手が、どうしようもないほどの実力差を見せつけられている。


 高身長、体格もよく、デカイ割に素早く、その見た目が虚像ではない。


(この選手のどこが新倉の控えだい・・・!)


 この老いぼれの見立てでは、新倉と比べてもトータルなら遜色ない選手に見える。

 新倉とは違った強さだが、決して強さの方向性としては間違っていない。

 自らの身体能力を全面に活かした戦い方。体格の差という、埋められない面でごり押される教え子。


(こういう選手がベンチに控えている)


 名門や強豪、そのチーム力が出るのは主力に欠員が出た時。

 その時にこそ真価が発揮される。

 部員数と選手層があれば、そこでこういう化け物を出すことが可能なのだ。


(いいチームを作ったじゃないか、シノ・・・!)


 教え子の作ったチームを褒める。

 教育者としてこれは誉なことなのであろうが。


 こんなところで、それを味わいたくはなかった。


 ただ、それだけだ。





「紗希。アンタ、もう負けた気かい?」

「でもよ、マム・・・」

「私はこの1年、アンタにそんな事を教えたつもりは無いよ」


 1年間、マムに教わったこと。

 家族と過ごして、自分で学んだこと。


「最後までアンタの我を通しな」

「・・・最後まで」


 最後まで諦めなかった奴だけが。


「最後まであたしは諦めねえ・・・!」


 この舞台(コート)に立てるんだ。


「紗希ー!」

「紗希ー!!」

「頑張れ、紗希!」

「あきらめんなよー!」


 あたしには応援してくれる家族が居る。


「紗希・・・!」


 勝利を信じてくれる大切な人が居るんだ。


「奇跡を起こしてやんよ!!」


 だから、振り向かなかった。

 振り向く必要もない。家族は背中を見送ってくれたから。


 ―――だから、怖くない。


 その1球。

 ヤマを張っていた方向の、逆をつかれた。


「くっ!!」


 急ブレーキをかけて、逆方向に走り出す。


「くそっ!」


 思い切り腕を伸ばし。

 ラケットを1センチでも先へ―――

 あたしは地面を蹴り上げ、その打球に飛びついた。


 空中で、一瞬。

 ほんの一瞬だけ。

 ボールがスローモーションに見えたんだ。


 ―――そして、気づいた


 ―――そのボールには、届かないって。


 身体が地面(コート)に打ち付けられる。

 そのわずか後に、ボールがコートに跳ねた音が聞こえた。


「ゲームアンドマッチ」


 地面(コート)に突っ伏したまま。


「熊原! 6-1!!」


 あたしは、その宣告を聞くことになったんだ。


(終わった・・・)


 ゆっくりと、コートに手のひらをつけて起き上がる。

 不思議なことに痛みはなかった。

 ゆらりと身体を起こすと。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 心ここに在らずという感じで、相手選手(プレイヤー)と握手をする。


(こんだけコテンパンにされたんだ。もう、何の後悔も無くテニスを辞められる)


 高校テニスは部活気分でやれるほど甘い世界じゃないのは知ってる。

 嫌でも『その先』を考えなきゃならないんだ。


 テニスに本気になるのは中学(ここ)までだって―――そう、決めてたじゃないか。


(あたしのテニスは、もう終わりだな)


 天を仰ぎながら、そう感じた。

 圧倒的な実力、才能の差。それを見せつけられての敗北だ。

 辞めるにはちょうどいい終わり方。


 ―――なのに


 あたしは振り返った。

 ベンチを、家族の居る方に・・・振り返ったんだ。


 ―――こんなにみっともなく負けたのに。


 そしたらさ。


 柚希が、両目からバカみたいな量の涙を流しながら。

 まっすぐにあたしの方を見つめて、拍手してくれてるんだ。


(やめろよ)


 あたしはようやく気付く。

 自分自身の手で、この家族(チーム)を終わらせてしまったことに。


(そんな目で見つめられたら)


 ―――なのにどうして


 両手で顔を覆って、上を見上げているのに、とめどなく涙が溢れてきて。


 ・・・ここがどこで、誰にどれだけ見られていようが関係ない。


 泣いた。

 ただ、ひたすら大声をあげて泣き続けた。


 ―――また明日から

 ―――テニスやりたくなっちまうじゃねーかよ・・・。





 地区予選 決勝戦 "白桜女子中等部 vs 葛西第二"

 『シングルス2』

  ○熊原智景 6-1 今村紗希●

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