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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
70/385

VS 葛西第二 ダブルス2 鈴江・緒方ペア 6 "私の先輩"

 まずい。

 直感した。

 今、流れが変わったと。


(なに、今の沈み方・・・)


 普通じゃなかった。

 あの強力なショットがアウトにならず、全部あの勢いで沈んだとしたら・・・。


「・・・依、愛依!!」


 あのニセ水鳥さんが放った必殺ショットを見て途方に暮れている時だった。


「しっかりなさい」


 初めてだ。

 鈴江先輩に怒鳴られたのは。


「先輩」


 恐らく、私はとんでもなく情けない表情をしていたと思う。

 声が震えてしまっているのだ。

 そんな私に対して、先輩は。


「大丈夫よ。やることは変わらない」


 しっかりと私の目をまっすぐ見て言うんだ。


「あの1年生にボールを集める。作戦続行よ。大丈夫、私たちのお母さん(マム)が立てた作戦だもの。負けるはずがない」

「でもっ」


 その作戦はもう―――


「愛依、聞いてね」


 気づくと、私は先輩の胸の中で抱きしめられていた。


「私たちは私たちの信じるべきものを信じて戦いましょう」


 先輩はそう強く言葉に出す。


「相手がどうだろうと、関係ない」

「・・・自分たちのテニスを、ですか」

「うん」


 マムがよく言っていたことだ。

 迷った時に信じられるのは、今まで積み上げてきたものだけだって。


 私が積み上げてきたもの。それは―――


(先輩たちと一緒に過ごした、時間・・・)





 元々、特にやりたいこともなかった。

 うちの学校は部活が強制ではないから、このままどこにも入らないっていう手もある。


「でも、たった1回の中学校生活だしなあ」


 私も、何か1つの目標に対して一生懸命になる。

 そんな淡い青春模様を、ぼやっと思い浮かべていた放課後のことだった。


「・・・テニス部、とか」


 なんて。

 軽い気持ちで呟いた。


「え、マジ?」

「緒方さんテニス部だけはやめた方がいいよ」

「? どうして?」


 その事を言った途端、クラスメイトが暗いトーンで眉をひそめた。


「いや、聞いた話なんだけどさ。うちのテニス部って不祥事起こして顧問不在らしいんだよね」

「あ。それ有名だよね。2年生と3年生が大ゲンカして今でも別々に練習してるって話でしょ」

「あそこだけはやめとけって、先輩に聞いたなあ」


 聞こえてくるのは物騒、且つとんでもなくネガティブな話ばかりだった。

 1年生の間でこれだけ変な噂が流れてるんだ。

 当然のことだけどテニス部に仮入部した1年生は誰も居ないらしい。


(そんなとこ、私もやだなあ・・・)


 ぼんやりと上の空だったのが悪かったのだろう。


「きゃっ」


 廊下の角で誰かとぶつかって。

 手に持っていたクラス全員分のプリントを床にぶちまけてしまった。


「あ、あわわわ」


 その瞬間、頭の中がぐしゃぐしゃになってテンパる。

 昔からそうなんだ。咄嗟のアクシデントに対して対処できない。

 何も出来ずにわたわたとしていると。


「大丈夫?」


 随分と綺麗な女生徒が、手に何かを抱えたまますぐにしゃがんでプリントを集めてくれた。


「ご、ごめんなし」


 ああ。噛むし。もう最悪だ。


「どうしたの千鶴・・・って、大変」

「ごめん柚希、手伝ってくれる?」


 もう1人の女生徒(多分2人とも先輩)まで一緒になって、プリントを集めてくれた。

 私も加勢したけど、もう大半が回収し終わった後のことで。


(・・・あ)


 最初に気づいてプリントを集めてくれた先輩。

 その人が抱えているものが、テニスラケットのラケットケースであることに気づいたのは・・・束になったプリントをもう1人の先輩に手渡されたときのことだった。


「ありがとうございます。えと」

「ごめんね。私たち、先を急ぐから」


 矢継ぎ早にプリントを受け取っている間に、先輩たちはいそいそと、私の顔もちゃんと見ないうちに去って行ってしまった。


(テニス部の先輩・・・。あの色は2年生だよね)


 制服のリボンの色が学年ごとに違うと言う話を思い出して、赤は2年生だったという結論に辿りつく。


(悪い人達には見えなかったけどなあ)


 それに、綺麗な人だった。2人とも。

 そんな理由でというわけじゃないけど、多分それも後押ししたんだろう。


(・・・来ちゃった)


 私は気づくと、テニス部の部室前に居た。


(べ、別にいいよね仮入部だし、本当に噂通りの酷い部なら辞めればいいし・・・)


 そんな言い訳を頭の中で何度も何度も繰り返して、私は部室のドアを開けた。


 結論から言うと、先輩たち・・・2年生の先輩たちは良い人ばかりだった。

 事実、人見知りの私がすぐにあの人たちの輪に入っていくことが出来たのだ。

 でも、テニス部に対する悪い噂・・・半分は本当だった。


 先輩たちは試合にも出られず、部は公式戦にも出場できず、顧問も居なければ私が入部してすぐに3年生は全員退部してしまった。先輩たちはこの劣悪な環境の中を1年も過ごしてきた。それはあまり事情を知らない私から見ても、あまりに過酷なことだったのだ。


「先輩たちは、こんな中でずっと・・・」


 周りから突きつけられるむき出しの悪意。

 先輩たちの味方はこの学校には誰も居ない。


 それなのに、この人たちはいつでも前を向いて・・・もがき続けている。

 どうにもならない事だって分かってたはずなのに、諦めず。


 のちにマムがやってきて部が大きく立ち直ったのは、奇跡みたいなものだった。

 その更にあとに今村先輩が再入部して。


「おう。お前が1年か。ちっこいねえ」


 そんな風に髪をくしゃくしゃと撫でられたのを思い出す。


「あ、あの。髪・・・」

「ん? ああ、これ。染め直す金もねーから、自然に色が落ちるのを待つことにしたんだ」

「そうなんですか。なんか、不良っぽい感じが・・・」

「ああ?」


 ひっ。


「だよな、かっこわりーわなこんなもん。でも、見るたびに思い出すだろ。逃げ出した自分の哀れさを、さ・・・」


 あ、この人。


「悪い人じゃないんですね・・・」

「ったりめーだろ。見てな1年。あたしはこの部ですぐに1番強くなってやる」

「あ、あの」

「まだなんかあんのか」

「私、緒方って言います」


 かくして私たちは"家族"になったのだけれど。

 私は先輩たちにどこか一線を引いているところがあった。

 いつも「お姉ちゃん」と呼べって言われても、どうしてもできなかったのだ。


 先輩たちを信頼してないとか、怖がっていると言うわけじゃ絶対にない。

 でも、自分を先輩たちと同格に置くことも出来なかった。

 本当にあの人たちを尊敬しているから、好きだから、目上だと思っているから。

 私なんかが軽々しくそこに入っていくことが出来ず、何か見えない線みたいなものを引いていた。それは悪いことではないと思う。


 でも、1年過ごしてきて、分かった気がする。

 どうして先輩たちがあんなに仲が良いのか。それは幼馴染や同級生という括りで、お互いを認識していないからだ。


 あの人たちは、本当に自分たちを家族だと思っている。

 だから。

 私もいつか彼女たちに追いついて―――





 ―――家族の一員に


「ゲーム、菊池・藍原ペア! 5-3」


 大きく沈んだボールにラケットが届かない。

 ボールは確かに・・・ラインの内側に入っていた。


 ―――なりたかったんだ

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