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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
65/385

VS 葛西第二 ダブルス2 鈴江・緒方ペア 4 "私から見た貴女"

「そっか。他の試合は苦戦してるんだね」


 ダブルス2、4-3。4ゲームを先取したもののそこから一気に3ゲームを連続して落としている。

 シングルス3、3-1。スコア上、勝ってはいるものの相手の粘りがすさまじくデュースが連発しているそうだ。


「ありがとう、真緒。ごめんね伝令みたいなことさせちゃって」

「別にいいよ。新倉が倒れて私しか動けるベンチメンバーが残ってないわけだし」

「真緒のそういうところ、私はす・・・」


 そこまで言いかけた時。


「・・・」


 右腕に感じる温もりにぎゅっと力が入った気がした。

 そして同時に、あからさまに不機嫌そうなオーラも感じる。


「すごく、頼りにしてるよ」

「はいはい。邪魔者はさっさと去りますよ。監督に次はダブルス2んとこ行けって言われてるし」


 出来るだけ自然な感じで言ったつもりが、筒抜けだったらしい。

 真緒は両手を広げると、そそくさとコート内から出て行った。


「瑞稀」


 私は彼女に向き直る。


「・・・分かってます。こういうとこ、良くないですよね」


 言う前に、瑞稀は苦々しく零した。


「でも」


 そして絡みついていた私の左腕を握る手を解くと。


「咲来先輩っ!」


 がしっと両肩を掴んで、まっすぐ私の目を見つめ。


「試合中くらい、あたし以外の子のこと考えちゃイヤですっ!」

「瑞稀・・・」

「咲来先輩はあたしのことだけ見てればいいんです・・・っ!」


 瑞稀の表情からは真剣さしか感じ取れない。

 悪い癖・・・。まわりが見えないがむしゃらさが、悪い方向に作用しちゃっている。


「・・・そうだね」


 ここでこの子を否定したらダメだ。


「これからは気を付けるから、許してね」

「―――っ! はい」


 言ってから、瑞稀の身体をぎゅっと正面から抱きしめた。

 大きなふくらみの感触が真正面から感じられる。あ、やっぱり何度味わってもこの感覚すごい。すごく、大きい。


「そろそろだね。いこっか」

「あー、暑いし汗かくし最悪・・・。あと2ゲームで終わらせて、さっさと涼しいとこで休みましょう」

「頑張ろうね」


 瑞稀の性格はすごく難しい。

 他の子が彼女の性格を誤解しちゃってるのも、大半は本人に責任がある。


 だから。

 瑞稀のパートナーは私だけだし。

 私のパートナーも、瑞稀以外は考えられない。それくらい、


 この子のことが好きだから。





「ダメですね、こりゃ」


 ベンチに座ると、水を飲むより先に藍原の曇った顔を覗き込んでしまう。


「今からじゃ修正不可能です」


 元々プレーしながら調子を修正する技術なんて藍原には無い。

 こうもタガが外れて完全にコントロールが利かなくなった状態をもとに戻すのは無理だろう。


「―――だから」


 私は声のトーンを2つくらい落として、口元を手で隠しながら言う。


「使いますよ。"切り札"を」

「!」


 瞬間、ぴくんと身体を反応させて、それに自分で驚いてわたわたする。


「アホ。今からそんなんでどうするんですか」

「す、すみませんっ」

「まあいいですよ」


 こっから先は、1度も経験したことがない領域になる。


「未完成の最終兵器・・・。ぶっつけ本番で完成させたら、さぞかっこいいでしょうね」


 そう言って、藍原に向かって口角を上げた表情を見せる。

 こいつにはこういう焚き付け方が1番効果的だ。

 短い期間だけど・・・藍原の1番近くに居て気づいたことの1つ。


「ま、マジですか・・・!?」

「ええ、そりゃあもう」

「部員全員わたしに惚れちゃってハーレムルート突入ですか!?」

「いや、それは無いわ」


 どんな発想の飛躍だよ。

 こいつは階段を2つ飛ばしで駆け上がるどころか、階段そのものを踏まずに越してしまうような節がある。

 そこが最大の武器でもあり、弱点でもあり・・・。こんな奴、なかなかお目にかかれるものじゃない。

 少なくとも、私は人生で初めてこんな人間に出会った。


「さあ行きましょう先輩! 試合はまだまだこれから! ここから挽回して中盤のミスを取り返しましょう!」

「お前のせいでこんな展開になったんだろうが!」


 まったく、ムチャクチャ。

 こいつの一挙手一投足が誰かの何かを引き付ける。良いものでも悪いものでも関わらず、だ。


(プレーやテニスのセンスじゃない。藍原は・・・)


 本人に自覚があるないにかかわらず―――

 その性格や言動そのものが、常人とは大きくかけ離れている。


 "バカ"が一周して"天才"に転じる可能性を持っている"バカ"なのだ。





「向こうもこのまま黙ってやられてくれるとは思えない。このサービスゲームを取って、同点にしましょう」

「はい」


 とは言いつつ、愛依のラケットを持つ右手が少しだけ震えている。

 ここを取ったら同点―――ある意味、試合の命運を左右するゲームになるだろう。


 萎縮してしまう愛依の気持ちも分かる。

 愛依は、きっと。


(私たちの為にって、思ってくれてる)


 人を思い遣る心。

 愛依のその力は果てしなく大きい。そう言った点では柚希に通ずるものがある。


「愛依」


 だから。


「リラックスリラックス。肩に力が入ってたら良いサーブ打てないわよ? はい、深呼吸」

「えっ?」

「だから深呼吸~」


 言いながら、私は自分で大きく息を吸い込む。


「す~」


 ワンテンポ遅れて、愛依が息を吸い込んで。


「は~」


 一緒に吐き出す。


「よし、よろしい。表情から固さがなくなったよ」

「本当ですか!?」

「ほんとう、ほんとう。さ、行ってらっしゃい」


 そう言って愛依の背中をぽん、と押した。


 本当のことを言うと、固さは取れてなんかなかった。少し良くなった程度。

 でも、ああ言ったことで少なくともその後の表情から固さは無くなった。

 言われてみればそんなような気がする―――。その程度でも良い。少しでも愛依の気が楽になったならそれでいいのだ。


(愛依。愛依の優しさにみんな救われてるんだよ。だから、そんなに1人で気張らないで。もう少し、楽にやればいいんだよ)


 彼女を見ていると・・・かつての、テニス部が家族になる前の柚希を見ているように感じることがある。

 あまり思い出したくない事だけど、かと言って忘れられるほど生ぬるいものでもない。


 そう、あれは。

 紗希がテニス部を辞めていった、その少し後のことだっけ。

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