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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
48/385

一緒に!

 2日目、午後―――


「藍原、そこはアンタじゃないっ! このみ先輩はもっと早くクロスへ移動してください!」


 瑞稀先輩によるダブルスレッスンは過酷を極めた。

 何よりキツいのが。


(覚えることが多すぎる・・・!)


 今日、言われたことを全部頭に入れるなんて到底無理だ。

 普段バカと呼ばれているのは伊達じゃない。身体は動かせるけど頭は動かせないわたしにこれは無理ゲーに近い。


「あ゛ーー!!」


 大声で叫ぶ。


「頭がパンクしちゃいますよぉぉぉ!!」


 憂さ晴らしのために。


「みんなー、集まってー。コーチがサンドイッチ持ってきてくれたよー」

「何ですと!?」


 3年生の先輩の声に、疲れも忘れて脱兎の如くスピードで走り出し、コート外の人だかりに加わる。

 鉄製トレイ3つに乗せられたサンドイッチ。

 卵、肉、野菜と言ったものからジャム等の甘い系までバラエティに富んだものが所せましと乗せられていた。


「これ、コーチが作ったんですか!?」

「3年生にも手伝ってもらってね。ほら食べて食べて。今日も夕食は遅いんだから」

「ありがとうございます!!」


 両手で甘い系のものを2つ掴んで、右、左、右と交互に食べていく。


「美味しい~! あー、いくらでも食べられますよコレ!」


 糖分が疲れた頭にしみわたる。


「藍原」

「あ、これはあげませんからね!?」

「お前の食べかけなんていらんですよ」


 このみ先輩は呆れながら言う。


「ほどほどにしとけです」

「えー。こんなにおいしいのにぃ?」

「・・・吐くぞ」


 その瞬間。ごくりと思わずサンドイッチを一気に飲みこんでしまう。

 あ、そっか・・・。この先も練習はあるわけで。寧ろこれからの時間帯が1番辛いわけで。


「ド、ドウシマショウ・・・?」


 身体から血の気がさーっと引いていくのが分かった。





 3日目。

 さすがに身体が耐えられなくなってきた。目に見えて動きが鈍っていく。


「―――」


 声を出す気力もなくなるなんて、生まれて初めて。


「ちょっとタイムタイム!」


 プレー中に、このみ先輩が練習を中断させる。


「藍原、大丈夫ですか?」

「す、すみません・・・」

「ちょっとあっちの木陰で休んでろです。しんどいだろうけど水は飲むんですよ?」


 わたしは小さく頷いて、なんとか木陰までふらふら歩いていくと、もたれかかるように木の幹へ背中を預けた。


「貴女も来たの」


 目を瞑っていたけれど、声から文香だということが分かる。


「地獄だね、これ・・・」


 わたしはそのまま横になろうとしたけれど。


「んぐ!?」


 口に冷たい何かがねじ込まれる。

 それがペットボトルだという事に気づくまでに、少し時間がかかった。


「ダメよそのまま横になっちゃ。飲みたくなくても水を摂っておきなさい」


 入ってきた水をそのまま飲みこむ。

 そしてそのままペットボトルを持って、なんとか横にならずに身体を持ち直した。


「・・・先輩たち、すごいね」

「所詮、私たちは入部して2ヶ月。あの人たちと同じことをしようとしても出来ないに決まってるわ」

「もっと苦しいことを乗り越えてきたからかな」

「そうかもしれないわね」


 その時、涼しい風が吹き抜けた。

 わたし達2人の会話が途切れた一瞬。6月の暑い日なのに信じられないくらい涼しい風が。


「私ね、時々苦しくなると有紀の顔が頭に浮かぶことがあるの」

「えっ。文香も?」


 文香は何も反応をせずに話し続ける。


「おかしいわよね。貴女とは知り合って2ヶ月、もっと長い付き合いの友達も居た。貴女より強い子なんてごまんと知っている」

「あはは・・・」


 辛辣文香が帰ってきましたよ。


「でもね。それでも浮かんでくるのは有紀・・・貴女なの」


 文香がこちらを見つめている。

 吸い込まれそうな大きな瞳。その中心が、紛れもなくわたしを捉えていたのだ。


「この気持ちは何? どうしてこんなにも貴女の事ばかり考えるの? 私の心の底に入ってくるの?」


 言われればそうだ。

 1番苦しい時、浮かんでくる文香。別に彼女じゃなても良いはずだ。彼女である必要はない。


「ごめん。わたしにもそれは分かんない」


 わからないことを答えることは出来ない。


「だからわたしは、分からないままにしておきたくない」


 正直に言おう。


「何か、プランがあるの?」

「文香と一緒に居れば・・・いつかは答えが出るんじゃないかって。わたしはそう思ってる」


 今、わたしが感じていることを。


「・・・どういうこと?」


 訳が分からないと言った風に文香は首を傾げる。

 それはそうだろう。だって。


「どういうことかは分からん!!」

「はあ?」


 わたしだって確たる根拠があって話したんじゃないんだから。


「そういう気がするってだけだよ。理由とか意味とか無いし!」

「ぷ」


 言い切ったわたしに対して、文香は堪らず笑い声を漏らした。


「ははは。バカみたい」

「バカとはなんだー」


 気の抜けたような返事をする。


「そういえば貴女ってバカだったわね。なんだか思い出したわ」


 文香は笑いと一緒に出てきた涙をぬぐいながら。


「しょうがないじゃん。分かんないんだもん」

「・・・でも、私と一緒に居てくれるのよね?」

「うん。それは本当にそう。絶対一緒に居たい」


 全身に力が戻ってくるのを感じる。


「文香がレギュラーになるなら・・・わたしも絶対になる」


 沸々と湧き上がってくる。

 テニスをやりたいという、どうしようもない衝動が。


「ぜっっったいに、負けないんだから」


 すっと立ち上がった。

 不思議と、さっきまでの疲労感がなくなっていた。


「・・・そう」


 文香のその言葉は今まで聞いたことも無いような感覚ですっと心の中に入ってくる。


「それなら、全力で突き飛ばしても良いってことよね?」

「やれるもんなら。わたしは意地でもしがみついてくけど」


 後ろを振り向かないまま木陰を出ると、勢いよく駆け出した。


 ―――言ったからには、絶対にやり遂げなきゃならない


 そうじゃなきゃ、こんなにかっこ悪いことはない。


 その後。

 合宿3日目はこのとき再充填した気力がゼロになることなく、終えることが出来た。


 明日は最終日―――

 先輩たち曰く、"最高最悪の日"だ。

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