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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
349/385

失意の底

 試合が決まった瞬間、コート上の新倉選手がその場で膝から崩れ落ち、泣き崩れた。

 その光景はこの準々決勝の終わりとして象徴的なもので、おそらく私の記者人生でも一生忘れられることのない景色になっただろう。


 ―――白桜の敗退


 ずっと、彼女たちを追ってきた。

 地区予選からの付き合い・・・。

 彼女たちが全国でその名を轟かしていく光景は鮮烈で、痛快なものだった。


 勝ち上がるにつれどんどんチームに力がついていき、やがては全国王者・赤桐すら脅かす存在になった。

 彼女たちの夏は、きっととても意味のあるものだったのだろう。


 だが、


(負けは負け)


 彼女たちが常日頃から掲げていた、『全国優勝』―――その最後の目標にだけは、手が届かなかった。

 そのことに、違いはない。


「試合には負けてしまいましたが、監督として敗因をどう捉えていますか」


 篠岡監督への敗戦監督インタビュー。

 これも、ここで最後。

 この夏最後の、彼女への取材となる。


「選手は全員、よくやってくれました。彼女たちは彼女たちの戦いを、100%の力を持ってして戦い抜いた。最後の最後で勝ちきれず、押し切られてしまったこと。そして、オーダーを含むこの試合の采配・・・。責任は全て私にあります」


 篠岡監督は、この試合の後にも関わらず淡々と言葉を続ける。

 しかし。


「あの子たちと一緒に目指してきた、『全国優勝』と言う結果を与えてあげられなかったこと・・・。それだけが、残念で仕方ありません」


 この言葉を絞り出すように言った、その瞬間だけ。


「勝たせて、あげたかった」


 彼女の表情に陰りが見えた。

 選手達・・・特に、3年生の事を想っていたのだろうか。


(篠岡さんは、テニスに私情を持ち込まない人だ)


 その彼女が・・・監督としてではなく、選手達と一緒に歩んできた1人の大人として。

 3年生たちと一緒に全国制覇の夢を叶えられなかった、その無念を嘆く。

 こんな日でもなければ、篠岡さんからは見ることが出来ないような表情を私たちは目にしているのだろう。


「あんなにしょんぼりした篠岡監督、初めて見ましたよ」

「仕方ないわ。負けるって、そういうことだもの」


 インタビューの帰り、スタジアムの外に出て駐車場へと向かうその道すがら、部下と2人なると、話題は必然的に今日の試合の反省へと移り変わっていく。


「これで3年生は引退・・・、お別れ。そう簡単に割り切れるものじゃないと思うわ」


 いつかはやってくる別れの時。

 それは唐突にやってくる。

 今日、勝っていれば、明日もまた普通に練習して次の試合へ備えることになっていたはずだ。


 それが、負けたことによって―――全ては夢想へと変わってしまった。


「今日の試合、何が勝敗を分けたんでしょうね?」

「うん」


 頭を巡らせて、考えてみる。


「難しいわね」


 部下の方にちらりと目を遣りながら、もっと深くに考えを巡らせ。


「ミスが多い試合では無かったし、両者の実力・技量は間違いなく拮抗していた。最後の瞬間までどっちに試合が転んでもおかしくなかったと思うわ。試合途中で言ったとおり、白桜側は会場の雰囲気を完全に味方に付けていたし、そのままの勢いで白桜が押し切っていてもなんら不思議ではなかった・・・」


 だが、事実としてそうはならなかった。


「白桜の敗因、それは―――」


 私の導き出した答えは。


「『実績と経験』、そして『選手層』」


 その2つのことだった。


「白桜が落とした3ゲーム、誰が負けたか分かる?」

「ダブルス2の菊池・藍原ペア、シングルス3水鳥ちゃん、シングルス1新倉ちゃん・・・これって」

「そう。主に1,2年生で試合を落としているの」


 逆に言えば、勝った試合はダブルス1の山雲・河内ペアとシングルス2の久我さん。上級生はキッチリと勝っているのだ。


「ここが赤桐との決定的な差。白桜の1,2年生は実績と経験が圧倒的に不足している」

「白桜って、2年前の夏以来、全国大会出てないですもんね」

「名門と言っても所詮は東京都内や関東での話・・・、全国常連のチームは毎大会全国へ来て選手達が経験を積んでいる」


 全国の強敵達と、もっと積極的に試合を行って、もう1つ上のレベルに到達しなければ、赤桐のような全国大会上位進出チームとの差は埋まらない。

 そして、そういうチームに勝っていかなければ、このベスト8より上へ行くことは難しいだろう。


「1,2年生の経験不足が、選手層に厚みが無いこととも関係しているでしょうね」

「赤桐は他校なら完全にエースで間違いない愛美ちゃんに加え、真のエースとも言える命ちゃんが控えているんですもんね・・・」

「そうね。そして、この試合ではその事が直接的に勝敗を分ける要因にもなった」


 新倉さんは勿論、悪い選手ではない。

 しかし、全国最高のサウスポーと称される榎並さんには、及ばなかった。


「榎並命。富坂愛美。全国最高レベルの選手を2人用意できた赤桐。一方、久我さんに匹敵するシングルスプレイヤーは結局出てこなかった白桜―――拮抗した試合、その最後の最後で両者を分けたのは、その部分での力の差だったのかもしれないわ」





 わたし達が宿舎のホテルに帰ったのはもう夜22時過ぎのことだった。

 それから晩ご飯を食べることになったものの・・・。


 食堂は3年生の先輩達やまだ敗戦を忘れられない2年生のすすり泣く声で溢れ、食事どころではなかった。


 瑞稀先輩の肩を借りて、ずっと泣き続けている咲来先輩。

 1人で虚空を見つめながら、手を握りしめてひたすら涙を流す熊原先輩。

 テーブルに突っ伏して、顔も上げられないこのみ先輩。


 他の3年生に比べれば、前は向いているものの・・・時折何かを思い出したように俯くまりか部長。


 そしてその3年生達から距離を取り、食堂の1番端のテーブルで泣き続ける燐先輩。


(いたたまれない・・・)


 わたし達1年生に出来ることは、先輩達の邪魔をしないように黙ることだけだった。

 みんな泣いているから、誰も食事に手を伸ばさない。

 万理もわたしの隣の席で、出されたお茶を少しずつ口に含みながら、それでもほとんど食事には手をつけず、ずっと・・・。


 そんな、中で。


「・・・」


 1年生の中で―――部員の中で、唯一。

 文香だけは、出された食事を粛々と食べていた。

 先輩達の泣き声に、文香の食器とナイフ、フォークが当たるカチャカチャとした音が混じる。


「・・・」


 彼女の行為は淡々としていた。

 他の誰を見るでもなく、目の前の料理だけを見てもぐもぐと口を動かす。

 そして1番に食べ終わると、空になったお皿とコップを片付け、もう一度テーブルに付き、その場ですっと目を閉じて、じっとする。


 まるで、先輩達の声に耳を澄ますように―――


 わたしは文香のその、一貫したような姿勢を見て・・・呆然としてしまったのだ。


 部屋に帰ると、文香はさっさと寝る支度を整え、ベッドに入ると掛け布団を被り、早々に就寝してしまった。

 わたしは、


「文香、」


 聞かずには、いられなかった。


「悔しく・・・悲しく、ないの?」


 試合が終わってからの文香は、まるで感情が無くなってしまったかのように。

 冷徹・・・と言ってしまえるくらい、何も感じていないかのような、そんな風に見えたから。


「先輩達、今日で部から居なくなっちゃうんだよ?」


 布団を被って、むこうを向いて寝ている文香に・・・尋ねる。


「あんなにいっぱいよくしてもらった先輩達が・・・、わたし達、ただ『してもらった』だけで・・・、何にも恩返し出来ないまま・・・!」


 わたしは正直、まだ割り切れてないし、先輩達とお別れするなんて、今でもウソなんじゃないかと思っている。

 そう思うと、また一筋・・・目から涙が溢れてきて、頬を伝いそれが落ちていく。


「・・・有紀」


 すると文香が、一言。

 寝たまま、むこうを向いたまま。

 わたしの名前を呼ぶ。


「白桜に帰ったら、貴女に話したいことがあるわ」

「え・・・」

「だからそれまで、少し私のことは放っておいて」


 たったそれだけを言うと。

 文香はその後、何も喋らなくなった。


(文香・・・)


 ねえ、文香。

 わたし、分かんないよ。


 これからどうしていいのかも・・・貴女が何を考えているのかも。

 わたし達、これからどうなるの?

 3年生が引退して・・・テニス部、これからどうなっちゃうの?


 分からない。

 今のわたしには、何も分からなかった。

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