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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
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菊池このみ 後編

 2軍の練習コートに、あの人の影はあった。


「ダメです。こんなサーブじゃ・・・、もっと強く、もっと正確に・・・」


 球拾いなんて居ない。打ち返してくれる相手も居ない。

 そんな1人っきりのコートで、彼女はずっとサーブの練習をしていた。


「このみ先輩!!」


 気づくとわたしは、大声でそう叫んでいた。


「なんですか。お前、今日の練習メニューは」

「どうして!!」


 先輩の言葉を遮るように言葉を絞り出す。


「どうして・・・わたしを利用しなかったんですか!」


 下を俯いたまま。


「わたしならいくらでも練習相手になれた! 球拾いだって、サーブの返球だって、ラリーの練習だって、なんでもやりましたよ! そういう約束だったじゃないですか。なのに、どうして・・・!」


 思い切り歯を食いしばり、言う。


「こんな1年の事を気にかけてくれたんですか! 踏み台にしなかったんですか!」


 体力強化、筋力強化・・・。

 そんな事をわたしにさせても、このみ先輩にはメリットなんて何もない。

 利用しようと思えばいくらでも利用できたはずだ。

 雑用から何から・・・。


 だって。


「何でも言う事を聞かせるって、そういう事じゃなかったんですか!? パシリにすればよかったじゃないですか! なんでこの期に及んで、他人(わたし)の心配なんてしてるんです!?」


 そこで、身体から力が抜けていった。


「先輩には・・・もう、あと2ヶ月しかないんですよ!?」


 わたしにはあと2年ある。

 それなのに。それなのに・・・。


「見くびるな、です」

「!」


 先輩が、ようやく口を開く。


「自分の為にお前を利用すればよかった? お前に、私は自分のエゴで後輩を使い潰すような傲慢人間に見えてたんですか?」


 ぶんぶんぶん。顔を思い切り横に振る。


「・・・正直、私に1軍ベンチ入りに戻る力が無いなんて事は、自分が1番分かってるんですよ」


 彼女は、話し始めた。


「まりかのような圧倒的な力もない、咲来のような技があるわけでもない、他の3年生より劣ってるのも分かってる。だから」


 先輩はぎゅっと、服の胸元を握る。


「最後の最後に、なんとかチームの役に立ちたかった。お前は知らない事だと思いますが、あの日。1軍から降格になったあの日、私はあの後、監督と1対1の面談をしたんですよ」

「・・・」

「長い話し合いでした。あんなに監督と話したのは初めてで・・・、ちょっと怖かったですけど。納得いく結論が出たんです」


 先輩はこちらを見やる。


「私はお前を"シングルス3を任せられるだけの選手"に育てる為、選任コーチをすることになった。その代わり、お前が1軍に昇格するまで・・・私は選手を続けられることになったんです」

「そんな・・・!」


 わたしはずっとため込んでいた違和感を、口に出した。


「そんなのおかしいですよ! これじゃあ・・・」


 それを、言う。

 本人の目の前で。


「抱き合わせみたいじゃないですか・・・!」

「誰が誰の、と言わないのは優しさと受け取っておきますよ」

「っ・・・!」


 言わんとしていたことが筒抜けで、思わず黙り込んでしまった。


「1年、お前はそんな小難しいことは考えなくて良いんですよ。私は幸運だったんです。どんな理由だったとしても・・・私はまだ、選手としてコートに立てるんだって。そう思うと、私は・・・」

「先輩・・・」


 このみ先輩は・・・。

 これまでに諦めてきた同級生を、何人も見てきたんだ。


 偵察係、マネージャー。言葉は変わっても、選手をやめざるを得なかったことに変わりはない。

 選ばれなかった人達。頑張っても報われなかった人達―――


「でも。でもね・・・」


 気づくと。


「諦められないんですよ。どうしようもないほどに―――」


 先輩は大粒の涙を流していた。


「3年間、テニスだけに全てを懸けてきた。クラスメイトが遊んでるときも、ずっと練習して・・・。今更諦めらんないです。今更・・・!」


 それは包み隠さない、このみ先輩の本音。


「諦められるなら、とっくに諦めてますよ! こんな辛いこと!!」


 そうか。この人は、どうしようもなく。

 ―――テニス馬鹿なんだ。


「先輩」


 わたしは泣き崩れてしまっている先輩に近づくと。

 正面から抱きしめる。


 ちっちゃくて、1年生のわたしよりちっちゃくて。それでも。


「このみ先輩」


 ―――わたしなんかより、ずっと大人だ


「わたしに、ダブルスを教えてください」

「・・・!? な、何を・・・!」

「白桜の弱点はダブルス2とシングルス3。それなら、2人でダブルス2のレギュラーをとりましょう」

「何を言ってるんですか。ダブルスって」


 そこで一瞬、間を置いて。


「お前の目標はエースになる事じゃなかったんですか!?」


 ―――わたしはこのチームのエースになる!!


 エース。

 それは、決してダブルスの、しかも1より劣る2のポジションを担う選手のことじゃないだろう。


「わたしは未熟です。だから、半分を先輩にカバーしてもらいたいんです」

「エースになるのに、遠回りにしかならないんですよ・・・?」

「遠回りかどうかなんて、やってみないと分かりませんよ。それに」


 わたしは先輩を抱きしめる腕に、力を込める。


「わたしは今、先輩と一緒にダブルスをやりたいんです。それがわたしの目標になったんです。だから・・・」


 勇気を出して告げる。

 これはきっと、誓いの言葉だから。


「わたしとダブルスを組んでください!」


 意志が弱くならないように、言葉に出すんだ。


「大馬鹿野郎が。もう知らんですよ」

「大丈夫です。わたしも自分がバカだって、分かってきましたから」


 戯言かもしれない。バカだと思われてるかもしれない。

 でも、それでもそれをやり通すんだ。やり続けるんだ。


 どんなに辛くても。

 どんなに厳しくても―――


「こっから先は、本気の本気ですからね」


 それは先輩にとって、最後の確認だったのだろう。

 でも、わたしは。


「はい」


 断る気なんて、これっぽっちも無かったんだ。

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