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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
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夜会話 2

 明日からゴールデンウィーク突入!

 ・・・だけど普通に練習はあるし、特に連休感は無い。


 しかし先輩たちの話を聞くと、明日は夏へ向けた練習試合の第1弾が組まれているらしい。


 夕食を終え、部屋に戻ると。


「あ、文香・・・」


 文香が頬杖を付きながら、部屋の真ん中にある共用の丸テーブルで本を読んでいた。

 何の本か見ようとカバーを覗こうとした瞬間。


「何かしら」


 彼女はすかさず本を仕舞って、足元に置いてあったバッグにそれを隠してしまう。


「い、いや。えと」


 その時、咲来先輩の言葉がフラッシュバックされた。


 ―――1年生ってナーバスになりがちだし、同室の藍原さんが気にかけてあげて欲しいの


 それはきっと、わたしにしかできない事。

 だから・・・


「な、悩みとか無い!? わたし、なんでも相談に乗るよ? ほら、こう見えて聞き上手だし!」


 口から出た声が思いっきり裏返っててさすがに驚いた。


「はあ」


 それを聞くと文香はとりあえずため息をつき。


「誰に何を吹き込まれたのか知らないけれど、結構よ」


 たった一言で全てバレました。


「じゃ、じゃあなんか、愚痴とか。言うだけ言ってみない? 言うだけで楽になると思うんだ」

「必要ないって言ってるでしょ」


 文香はすっと立ち上がり、部屋の玄関へと歩いて行ってしまった。


(逃げられる!)


 直感的にそう思ったわたしは、気づくと動き出し。


「文香!」


 彼女の手を引っ張ると。

 わたしは壁際へ強引に彼女を追い込み、右手を壁に付いて逃げられないようにした。


「わたしの話・・・聞いて」


 しばらく文香は驚いてこちらを見つめていたけれど。

 やがて視線が斜め下へズレていき、顔を赤くさせながら。


「有紀・・・貴女、ずるいわ」


 そう呟くと、おとなしくなった。





「お邪魔します・・・」


 二段ベッドの上・・・文香がいつも寝ているところに、初めて昇る。

 意外と広い。2人で寝るには狭いかと思っていたけれど、これくらいなら十分十分。


「あ、アンタは壁の方向いて寝なさい。こっち見たら死刑だから」

「うん。分かった」


 あの後、文香が切りだしたのは意外な提案だった。

 今日、1日だけ一緒に寝て欲しい・・・だなんて。

 自信の塊みたいな彼女からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかったのだ。


 ベッドに入り、掛布団を被ると。

 ふわり。何かいい匂いに身体が包まれる。


「文香の匂いがする」


 言った瞬間。


「は、はあ!?」


 咄嗟の叫び声と同時に、ベッドの柵に何かが思い切りぶつかった音が聞こえた。


「だ、大丈夫文香!?」

「ててて・・・大丈夫よ。それより! 変なこと言わないでよ」

「いや、だって本当に良い匂いがするなあって思って」

「嗅ぐな、寧ろ呼吸するな・・・!」

「死刑になる前に死んじゃうよっ」


 でも、文香が嫌がるのならこのことはもう言わない事にしよう。

 自分の匂いがするなんて、確かに良い気分はしないだろうし。純度100%の褒め言葉なのに。


「電気、消すから」


 文香のぶっきらぼうな言葉と共に、ピッという電子音がして部屋が暗転する。


「・・・」


 無音。何の音も聞こえない。真っ暗。

 わたしは言われた通り、壁の方を向いて目を瞑る。


(これって・・・意味あるの?)


 わたしの寝る位置が下から上になっただけのような・・・。


「有紀、起きてる?」

「寝てまーす」

「・・・ぶち殺すわよ」


 場を和ませようとしたジョークも不発。


「有紀は、寂しくない?」

「寂しいって?」

「そのままの意味よ。寂しいって思うこと、無い?」

「うーん・・・」


 考えを巡らせてみるが、思い当たる節が無い。


「そうね。有紀は無いわよね。バカだし」

「あはは・・・」


 そっか、バカだからか。


「私は・・・寂しい。特にこういう夜に1人で寝てると、耐えきれないくらい寂しいの」

「それって・・・」


 信じられない。あの文香が。


「ええ、そうよ。ホームシックってやつ」


 1番そういうのと縁が無さそうなのに。


「まさかあの家に帰れない事・・・たったそれだけが、こんなに苦しいなんてね」


 無理もない。わたし達はまだ中学1年生。

 親元を離れて生活することを、全員が全員受け入れられるわけじゃない。

 文香のようになってしまう子が居ても、何ら不思議じゃないんだ。


「・・・文香」


 わたしは壁から彼女の方へ向き直る。

 そこにあったのはとんでもなく小さな背中。

 文香ってこんなに小さかったっけ。そんな疑問さえ浮かんでくる、その背中を。


「・・・!」


 わたしは、ぎゅっと抱きしめた。

 腰に手をまわして、しっかりと。


「なに・・・するの」


 弱り切った声が聞こえる。


「寂しいなら、寂しいって言ってよ」


 文香からの返事は無い。


「この寮が2人部屋制なのって、きっと2人で助け合って生活していけって事なんじゃないかなあって、思うんだ」


 でも、語り掛け続けた。


「だから、文香が苦しんでるときは、わたしが助けになってあげたい」


 それが彼女の心に届くまで。


「文香が寂しいなら、寂しくなくなるまで・・・わたし、頑張るから」


 だから。


「もうちょっとわがまま言っても良いんだよ。文香」


 見知らぬ環境で頑張り続ける文香。

 1日中、先輩たちに囲まれている文香。

 そういう不安や寂しさで、ホームシックになってしまった文香。


 きっと彼女に必要なのは、わがままを言える相手。好き勝手に話せる相手。甘えられる相手だと思う。

 そんな相手になれるのは・・・きっと、同部屋で衣食住を共にしているわたしだと思う。


「有紀」

「なに?」

「もう少しだけ・・・離さないで」


 文香の声は弱弱しい。

 まだ、寂しいのかな。


「大丈夫だよ。今日はずっと、こうしてるから」

「でも」

「わたしがそうしたいからそうしてるんだよ、平気平気」


 ささやくように、文香の心へ語り掛けた。


「・・・温かい」


 ここで初めて、文香の語気が緩む。

 ―――わたしの真意が伝わったかなんて、分からないけれど。


「ありがとう、有紀」


 このツンデレ娘から、こんな言葉を貰えたんだ。

 今は、十分だと思う。

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