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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
171/385

最強世代の下で

 『黒永史上最強の世代(チーム)


 今年の黒永(ウチ)は、そう呼ばれている。

 それもこれも、全ては綾野先輩を筆頭にした今の3年生のお陰だ。


 ―――大会登録メンバー10人中、8人が3年生

 これは名門黒永の長い歴史の中でもかなり稀有なことらしい。

 だけど、それも頷ける。私たち2年生が弱い世代だとは思わない。だけど、あの人達は正直言ってレベルが違う。


 だから―――


「私は、天才なのですッ!」


 全速力でコートを駆け抜け、ラケットを思い切り伸ばしてギリギリ間に合った。

 かこん、という軽い感覚。打球が大きく舞い上がり、相手コートへと返っていく。

 そしてすぐに逆方向へと走り出す。

 あのバカの事だ。バカ正直に、スマッシュを打ってくるはず。


(案の定!)


 読みが当たった。

 力に任せて打ってきたスマッシュを、もう一度拾う。

 弱い打球だったけれど、今度は相手コートの後ろへと返すことが出来た。


 そしてもう一度、後ろからの長いスマッシュが飛んでくる。


「もらった!」


 ショットが単純すぎる。

 私のコートに隅に刺さるコントロールに、相手は反応できず、そのまま見送る。


 うん!


「やっぱ私って、天才!」


 ぐっと、自分の方に親指を向けて、言い放つ。


「なのです!」


 これは口癖みたいなものだ。

 自発的に言うようにしている。だって、天才になりたいんだもん。


「凄いね、さすが2年生のトップ!」

「あはは。そう褒めないでくださいなのです」

佳恋(かれん)ちゃんなら、試合に出られれば3年生にも負けないと思うのになー」

「それは監督が決めることなのですよ」


 同級生たちが持ってきてくれた飲み物を受け取り、タオルを頭に乗せてもらう。

 今の2年生は、コートの中でラケットとボールを使い練習できる子が少ない。だから大会期間中はこういうサポート役を担っている子が必然的に多くなり、私みたいな選ばれた人間が優遇されるようになっている。これも、黒永の選手層が為せるもの。


 試合に出さえすれば、結果を残す自信はある。

 だけど、それもなかなか叶わない。やっぱり私たちの上には―――


「ったあ!!」


 素早く、鋭い球足のショットが抜けていく。


「志麻ちゃん、今のは拾ってよ!」

「うん。ごめん五十鈴っ」

「もう1球、次はもうちょっと揺さぶりかけて!」


 練習なのに、物凄い迫力のやり取り。

 ただの練習でここまでの緊張感、ピリつきを出せるだけの本気度と、実力。


 ―――あの人たちが居るから


 なかなか、割って入る事が出来ないでいる。


「綾野先輩と吉岡先輩だ・・・」

「凄いね、昨日準決勝を戦ってきたのに」


 他の2年生も思わず息を呑んで、先ほどまできゃーきゃー言っていた声がトーンダウンするほど。

 それほど、あの人たちの実力と言うのは抜きんでているのだ。

 加えて、全国を戦いの舞台にしてきた経験もある。


「ふいー。そろそろキューケイにしよっか、私ぃ、疲れちった」

「は、はい!」


 その隣のコートで、そんなやり取りが聞こえてきたのを聞きつけると。


「っ!」


 私は脱兎の如く、彼女の下へと走り出し駆け寄って行く。


「三ノ宮先輩!」


 敬愛する、三ノ宮先輩のところへ。


「私のフォーム、見ていただきたいのです!」

「おー。佳恋、今日も元気だねえ。もう夜なのに」

「お疲れでしたか!?」

「んー、ま、いいよ。可愛い後輩のお願いなら未希未希、聞いてあげちゃう」

「ありがとうございますの!」


 ぺこっと勢いよく頭を下げた。

 三ノ宮先輩はこんなにきちっとしなくても怒らない人だけれど、これは私の気持ちの問題。

 三ノ宮先輩は私の1番大好きで、1番尊敬する先輩だから、生半可な態度じゃ自分を許せない。


「ふぅ」


 息を小さく吸い込んで。

 鋭く、コンパクトなフォームを心がけて・・・振る!


「如何でしょう!?」

「ん~。なんかダイナミックさが足りないねえ。ちょっと貸して」

「は、はい」


 ラケットを丁寧に手渡すと、三ノ宮さんは少し首を捻って。


「佳恋のフォームはこうシュンッて感じじゃん? ここをね、こうブンッてするとバーッて来た球にもバシィッと対応できると思うんだよ」

「な、なるほど! では、(スイートスポット)でボールを捉えるにはどうしたら・・・」

「えー? ラケット振りゃあボールが吸い付くみたいに来てくれるでしょ? そのままボールを巻き込むみたいに打てばいーんだよ」

「な、なるほど・・・」


 う、うん。

 なんというかその!


「ドアホ、後輩がドン引きしとるじゃろが」


 私が口をぱくぱくさせていると、那木先輩がこつん、と三ノ宮先輩の頭を小突く。


「こいつにアドバイス求めても無駄じゃ。このアホは直感だけでテニスしとるから感覚的な教え方しか出来ん」

「そ、そんなことありませんなのですっ」

「そうだね。未希未希に教えてもらうくらいなら五十鈴に教えてもらった方が良いかも」

「2人ともヒドくなーい!? あたしが変人みたいな!!」

「どっからどう見ても変人だと思うけど」


 微風先輩の言葉に、那木先輩がうんうんと頷く。


「綾野先輩は、ちょっと近づきにくいのです・・・」


 ぼそっと、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で零す。

 そう。あの人は他人にあまり興味がないように思える。

 自分の練習に集中したいというか、究極的なまでに求道者だから、あの人の時間を邪魔しちゃ悪いように思えて、後輩からはとても話しかけられないのだ。


「アホ。あいつを見習ってみろ」


 那木先輩は、1つのコートに視線を送る。

 そこに居たのは―――


「バカヤロー! 今のが拾えなくてそんなもんが実戦で通用するか!!」

「はい!」


 ―――穂高部長と、月下(つきした)の姿だった


 月下の方はボロボロで、今にも頭から倒れそうなくらい足元すら覚束(おぼつか)ない。

 それでもひとたびプレーが始まれば、死に物狂いで打球に食らいつく―――穂高部長の鋭いショットに、全部全力で飛びつくのだ。


「それがお前の本気か! それで黒永(ウチ)の代表としてコートに立つつもりか!」

「もう1球お願いします!!」

「悔しかったら私から1点とってみろ!」

「はい!!」


 そしてまた、部長の繰り出したサーブを逸らしてしまう。


「・・・」


 思わず絶句してしまう光景だった。

 毎度毎度、よくやるよあいつ。

 凡庸(ぼんよう)でへたくそなあいつが、部長の罵詈雑言を浴びながらボールを追いかけている姿を見ると、何とも言えない気分になってくる。


(なんで、そこまで出来るのです)


 決して才能に溢れたタイプじゃない。

 新1年生として入学してきた時、私たち特待生組は愚か、普通入学組を含めても下の方だった月下(アンタ)が、どうしてそこまで必死になれる?


「五十鈴ならあんな風に怒鳴られはせん」

「あの子の練習の邪魔したら、怒られるっていうか何も言わずにへそ曲げられるとは思うけどね」

「そ、それが1番怖いのです・・・」


 綾野先輩の存在感は、部内でも突出している。後輩が気軽に話しかけられるような人ではないのだ。

 やっぱり、私たちからしたら雲の上のような人・・・本人もコミュニケーションに積極的なタイプではないし、凄すぎるのが部員全員分かっているから、勝手にラインを引いてしまっているのかもしれないけれど。


 練習後、寮へと帰る途中、丁度練習場から帰ってくる綾野先輩たちと、すれ違った。

 誰よりも早く練習をはじめて、誰よりも遅く帰る―――


「お、お先です!」


 ―――それが3年生と、


「うん。お疲れー。でさ、志麻ちゃん。さっきのプレーなんだけど」

「あそこは退くべきじゃない?」

「いや攻め続けるべきだね!」

「五十鈴ならできると思うけど・・・月下さん、どう思う?」


 そこですれ違う。

 3年生の輪の中に1人だけ居る、


「私なら、一歩下がって遠目に打ち込みます」

「ココロちゃんはそんなだからハニーに怒られるんだよぉ?」

「五十鈴。後輩に意地悪言わないの」


 ―――月下(つきした)(しん)


 2年生である、彼女と。

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