第77話 出会ったあの日から
とっても昔の夢を見ました。
『え? お父さんと出会ったきっかけ?』
『おやおや、ラムもそういう事が気になるお年頃になったのかい』
幼いあたしは、両親に手を引かれて、賑やかな祭囃子に包まれた人混みの中を歩いていました。
『そうねぇ。その話はラムがもう少し大人になってからかしら』
『ふむ、僕はべつに話してもかまわないと思うよ』
多分これは、家族みんなで村の神社の夏祭りに行ったときのことです。
『もう、あなたはそうやっていつもラムを甘やかすんだから』
『ははは、いいじゃないか。減るものでもないわけだしね』
父の顔はおぼろげにしか分からなかったけど、その表情が笑っているのだけは分かりました。
『お父さんとお母さんはね、この村で出会ったんだよ。ラム』
『ええ。村の前で行き倒れていた私を、この人が拾ってくれたの』
そう言って優しく微笑む父と母。その後ろでは縁日の光がキラキラと輝いてました。
『お母さんと出会ったあの日のことは、今でも忘れられないな』
『よそから来た私を、お父さんと村の人たちは快く迎え入れてくれたのよ』
それはとっても心地よくて、とっても幸せな夢。
『ラム。人との出会いは大切にするんだよ』
『そして人との繋がりを大切にしなさい。そうすればラムが困っているとき、必ず結んだ絆があなたの力になってくれるわ』
夢の中のあたしは、笑顔で大きく頷きました。
◇◇◇
「……んぅ?」
気がつくと、誰かがあたしの頭を優しく撫でていました。
「おはよう、ラム」
「お、お母さん!」
思い出した。寝ちゃったんだ、あたし。お母さんに抱きついたまま。このままお母さんが二度と目を覚まさなかったらどうしようって。そしたらいつの間にか自分が寝ちゃってて。起きたらお母さんが起きてて。それで、それで。
「落ち着きなさい、ラム」
弱々しい声で、でもとっても力強く、お母さんは言いました。
「まったく、あなたはいつまで経っても慌てん坊なんだから」
「はぅぅ」
いつものお母さんの小言。でもそれがたまらなく嬉しくて。あたしは叱られながら、ほっぺが緩むのを止められませんでした。
「ラム……少しお話ししましょうか」
「は――はいです!」
それからあたしは、病室のベッドからもう起き上がることもできない母と、いっぱいいっぱいお喋りしました。
「あたし、本当は冒険士の見習い講習のときテストの点数が足りなくて、危なく試験に落っこちそうになったですぅ」
「うん……」
「でもでも、見習い講習をしてくれた試験官さんがとってもいい人で。条件付きで、特別にもう一回試験を受けさせてくれたんです」
「そう……」
「そのかわり宿題をいっぱい出されちゃいましたけど。でもそれを全部やって次の日にテストで80点とって。あたし、やっと見習いの冒険士になれたんです!」
「それは良かったわね……」
ああ、この時間がずっと続けばいいのに。
「さ、最近は看護師さんのお仕事にも慣れてきて。き、昨日なんかアンナさんに一度も怒られずに済んで! それから、それからっ」
「…………ラム」
そっと。
枯れ枝のように痩せ細ったその手が、あたしの頬に触れました。
「ラムは……えらい、ね……」
「お母さん……っ」
もっと褒めてほしかった。
もっと叱ってほしかった。
もっとお喋りしたかった。
もっと見ててほしかった。
もっと親孝行したかった。
もっとそばにいてほしかった。
もっと、もっと……
「……ごめん、ね……ラム…………」
悲しそうに微笑んで、お母さんは眠るように目を閉じました。
――泣いちゃダメです。
最後は、笑顔でお別れしなきゃ……
「……嫌、です……」
力を失った母の手を握りしめながら。
あたしは顔をくしゃくしゃにして、ベッドの上のお母さんにすがりつきました。
「いかないで、くださいですぅ……おかあ、さん……あたしを置いて、いかないでぇ」
お願いです
あたし、なんでもしますから
もっともっと頑張りますから
だからお母さんを
お母さんを―――
「――大丈夫だ」
気がつくと、頭の上に手が乗せられていました。その手はとっても大きくて、とっても頼もしくて、とっても暖かくて。お日様の匂いがしました。
この匂いは、この感じは……‼︎
あたしが顔を上げると、その人はあたしを安心させるように、言いました。
「キミの母親を死なせはしない」
「あ、あぁぁ、ぁぁあ……ッ!」
その人は、あたしが困っているとき、いつも助けに駆けつけてくれるんです。あの山奥で出会った、あの日から……
「あとは俺に任せておけ」
「天さんっっ!!」




