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第73話 伝説のOB

本日は朝と夜の二回更新となります

「あのさ」


 グラスから手渡された紙の資料をペラペラとめくりながら、淳は憮然と言った。


「この『腕立て伏せ』とか『腹筋』ってなんなんだよ?」


「ああ、それはですな――」


 いくらか打ち解けたせいもあってか、淳の態度は良く言えば気安く、悪く言えばかなり乱暴なものになっていた。対するグラスはさして気にもせず、鳶色の着流しの懐から、またあらたに別の紙束を取り出した。


「いや、普通にドバイザーに入れろよ……」


「――やり方ならここに載っておりますぞ」


 やはりグラスは気にしなかった。


「……見ればいいんだろ、見れば」


 なにもかも諦めた顔で、淳はグラスから分厚い紙の束を受け取る。


「待つのだ、淳よ」


 淳がその紙束の一ページ目を開こうとしたタイミングで。


「これなる書物には特殊な見方があるのだ」


「特殊な見方?」


 首を傾げる淳からそれを取り上げると、グラスは寝台室のベッドの枕元にあった簡易テーブルを移動させ、その上に紙束を置いた。


「よく見ておくのですぞ」


「……結局自分でやるなら、なんで一回手渡したんだよ」


 ブツブツと口の中で文句を言う可憐な男の娘を例のごとく無視して、ハゲは言った。


「これな書物は、このようにして閲覧するのですぞ」


「こ、これって」


 グラスが分厚い紙束の端を高速でめくり始めると、各ページに描かれていた棒人間が軽快に動き出した。さらにページが進むにつれて、棒人間たちの動きも変化し、各自それぞれのトレーニング法を再現して見せる。そしてそれらの棒人間にはご丁寧にカタカナで名前まで付けられており、ウデタテフセ君、フッキン君、スクワット君などなどページ一枚一枚に表記されていた。


「これぞ主君より賜った秘伝の書、パラパラ漫画式説明書ですぞ!」


「……」


 ハゲの騎士がパラパラしながら渾身のドヤ顔を披露すると、美999の男の娘は、どういうわけか悔しげに下を向いた。


「……あいつ、俺らにはこんなの作ってくれなかったくせに」


「何を言っておるのだ、おぬしは」


 グラスはパラパラする手を止めて、心底呆れた顔をする。


「今のおぬしが主君からこのようなものを渡されても、素直に受け取るとは到底思えぬ」


「うッ」


「むしろ、別に頼んでないと反発するのが目に見えておりますぞ」


「ううッ」


「なればこそ、主君はおぬしらには斯様な処置を避けたのではないのか?」


「……」


 ぐうの音も出ない様子だ。要するに淳の不満は、どうせ断るけど誘われなかったらそれはそれでムカつく、という例のアレだ。


「ふう、おぬしはまこと乙女のような思想を持っておるな」


「お、俺のどこが乙女だって言うんだよ!」


 とりあえず何もかもである。


「ではそろそろ始めますぞ」


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 淳は慌てて両手を前に出した。


「俺はまだ、あんたの指導を受けるなんて一言も言ってないぞ!」


「分かっておる」


 この期に及んでなおも淳が文句を言うのは予想できていた。そこで。


「淳よ。小生とひと勝負せぬか」


「はあ? 勝負?」


「うむ」


 グラスは頷きながら、テーブルに置いてあった黒いペンをひょいっと手にとった。


「小生はこれで相手をする。おぬしは真剣でかかってくるのだ」


「なっ⁉︎」


 淳が怒りの形に目を吊り上げる。


「安心せよ。これは魔道具ではない。正真正銘ただのペンですぞ」


 しかしグラスは気にせず、さらに言葉を重ねた。


「むろん小生は魔技も武技も一切使わぬ。用いるは、あくまでこの一本のペンのみだ」


「ッ!」


 いよいよ額に青筋を浮かべる淳。グラスは最後の仕上げとばかりに、ことさらわざとらしく挑発的に笑ってみせた。


「さて(わっぱ)よ、おぬしにこの勝負を受ける度胸はあるか?」


「バ――バカにすんなよッ‼︎」


 釣れた。怒りに顔を真っ赤にする超美少女顔の超美少年を見て、ハゲ頭の聖騎士はニヤリとほくそ笑む。そこへタイミングよく車内アナウンスが流れる。


《まもなくウサの森前、ウサの森前。森を大切にしようキャンペーン開催中。ラビット号はウサの森前で一時間ほど停車いたします》


 若干意味不明の内容だったが、それはグラスにとって渡りに船の状況でもあった。


「一時間あれば充分ですな」


 ペンをくるりと一回転させて、グラスは言った。


「表へ出よ、童」


「ほ、吠え面かくなよ!」


 このあと、淳が学園伝説のOBにボコボコにされたのは言うまでもない。

 

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