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第72話 ハゲと男の娘

 その男が現れたのは、リナが部屋を出ていってまもなくのことだった。


「話は聞かせてもらいましたぞ」


「……あんたは……」


 リナに完膚なきまでに凹まされた淳の前に現れたのは、自らをハゲと名乗るハゲ頭の青年。正体不明の謎の騎士であった。


「先刻のおぬしとリナ殿との会話、小生も聞かせてもらった」


「……」


 淳は何も言わず、ただ黙って顔を伏せる。


「童よ」


 そんな意気消沈する少年に向かって、わざわざ盗み聞きしていたことを二回告げた堂々たるハゲは、貫禄のある声でこう述べた。


「おぬしに問う――このハゲの指導を受ける度胸はあるか」


「……指導?」


 淳がおもむろに顔を上げると、謎の騎士ハゲは目力を最大限まで高め、カッと目を見開き、少年に告げた。


「話はすべて聞かせてもらった!!」


「いやそれはもう分かったから……」


 流石に三回目は突っ込みを入れた。


「これから小生はおぬしのその甘ったれた性根を叩き直してやろうと思う」


 ハゲはこれっぽっちも聞いちゃいない。


「おぬしのような跳ねっ返りには、リナ殿より小生のほうが適任ですぞ」


「はあぁぁ?」


 突然の事態にまったく付いていけず、淳はただただ混乱するばかりだ。


「小生の指導は鬼すら逃げ出すと恐れられるほど厳しいものだ」


 一方のハゲは相も変わらず一方通行だ。


「覚悟はよいな、童よ?」


「い、いきなり出てきて何言ってんだよ、あんた⁉︎ 全然意味分かんねえよ⁉︎」


「たわけ!」


 早くも淳は怒られた。


「おぬしは暁グラスを超えるのではなかったのか‼︎」


「はぁああッ⁉︎」


 とことん意味不明だという顔をさらに困惑させて、淳は言う。


「そんなの無理に決まってるだろ? 相手は十一のときに十英傑に選ばれたレジェンド中のレジェンドなんだぞ! そんなすごい人に、俺なんかが……」


「たわけっ‼︎」


 そしてまた怒られた。


「暁グラスごとき超えられぬ未熟者が零支部の豪傑たちに認められようなどと……片腹痛いわ!!」


「合格ライン高すぎるだろソレ!?」


 淳は全力で突っ込んだ。


「ていうかこの前から思ってたけど、何であんたはそんなにあの人のことを目の敵にすんだよ? 暁グラスに恨みでもあんのかよ!」


「ご本人ですわ……ボソ」


 同席していた大和な撫子。弥生が小声で何か言っていたが、あいにく他二名の話し声が大きすぎてほとんど聞き取れない。


「娘よ」


 そこでハゲは弥生を見やる。


「おぬしの兄をしばし借りたいのだが、構わぬか?」


「……構いませんわ‼︎」


「ええぇぇ――ッ‼︎⁉︎」


 妹の弥生の力強い首肯に、淳は目玉が飛び出そうなほど驚いた。わりと即答だった。


「お姉様と二人きりのロイヤルスイート……兄様! ハゲ様はつい最近までとても高名な指導者であったと聞き及んでおります。必ずや兄様のお力になってくださいますわ!」


「ちょ、お前いまポロッと本音が出てなかったか⁉︎」


「それでは連れていきますぞ」


 そしてハゲは淳を軽々と肩に担いだ。


「ハゲ様。どうか淳兄様のことをよろしくお願いしますわ」


「承知」


「ちょっと待てって⁉︎ 俺は行くなんて一言も言ってないだろ‼︎」


 ジタバタと暴れる絶世の男の娘。それを肩に担いで涼しげな顔で持ち運ぶハゲ男。傍から見れば完全に美少女の誘拐現場である。


「お二人とも、こちらは私にお任せくださいまし」


 二人は一応男同士。ならば問題ない。弥生は淑やかにお辞儀を一つ。


「いや問題あるだろ⁉︎ 絶対おかしいだろ⁉︎」


「兄様、頑張ってくださいですわ!」


 貴族の少女は笑顔で兄を送り出した。


「はっはっはっ、微笑ましい兄妹愛ですな」


「ちょ、だから、俺の話を聞けってばー!」


 こうして淳は伝説のOBに連れ去られたのであった。



 ◇◇◇



「……リナさんに何も言わずに出てきちゃって大丈夫かな」


「ほう」


 移動してきた――淳からすれば拉致されてきた――謎のハゲ騎士こと暁グラスが泊まる寝台車の個室で、二人はひとまず一対一で向かい合った。


「跳ねっ返り以外に取り柄のない童かとも思ったが、そのような殊勝な心がけも持っておったか。感心感心」


「う、うるさいな」


 ひたすら自分のことを子供扱いするグラスを睨むように見据え、淳は言った。


「ていうか、跳ねっ返りは取り柄でもなんでもないだろ!」


「そのようなことはない」


 と、グラスは断言する。


「騎士の中でも、先陣を切って敵に向かっていくものは大概これに該当する者達だ。そう考えれば、跳ねっ返りも立派な取り柄と言えますぞ。……と、少し話が逸れてしまいましたな」


「そ、そうだよ。早くリナさんに勝手に出てきたこと説明しなきゃっ!」


 どちらかといえばまたリナに怒られるのを心配しているのだろうが、それでも淳の懸念は人として真っ当なものだ。グラスは勿体ぶらずに答えてやった。


「心配せずとも、おそらくリナ殿にはとうに伝わっていますぞ」


「え? そうなの?」


「うむ」


 グラスは頷いた。


「あの者は小生以上に早耳ですからな。今頃は酒の肴にリナ殿に話しているであろう」


「あの者? 酒の肴?」


 淳はきょとんと首を傾げる。


「はぁ、おぬしはリナ殿に多大な感謝をせねばならぬぞ」


 グラスは全身で溜息をつきながら言った。


「ともすれば、彼女はあのユウナよりも常に周りに気を配って行動しておるのだ」


「ユウナ、さん?」


「む。しかしそうなると、小生も人のことを言えぬやもしれぬな」


「??」


 頭に疑問符を浮かべまくる淳を放置し、自らの経験談をひとしきり語った後、グラスは懐から分厚い紙束を取り出してそれを淳に差し出した。


「童よ。まずはこれに目を通すのですぞ」


「ど……どうでもいいけど、その童はやめろよ!」


 おっかなびっくりながらも、淳は猛然とグラスに噛みついた。


「おお、俺には一堂淳っていう、ちゃんとした名前があるんだよッ!」


「では淳よ。これなる資料に目を通すのだ」


「へ? お、おう」


 淳はいかにも面を食らったという反応を見せながらも、今度は素直にグラスからその紙束を受け取った。グラスが余りにもあっさり引き下がったので拍子抜けしたのだろう。


「焦る必要はない。じっくりと目を通すのですぞ」


「わ、わかったよ」


 そして不承不承ながらそのレポートにも似た紙束を読み始める。そんな少年にグラスは腕を組みながら鷹揚に頷いてみせる。相手に言うことを聞かせるにはまず自分が譲る必要がある。特にこういった若い世代には頭ごなしに否定から入るのはよくない。それをグラスは熟知していた。残念な聖騎士の称号をほしいままにする彼ではあるが、伊達に百人からなる王国の騎士団をまとめ上げていたわけではないのだ。


 そして三十分後。


「これって……!」


「うむ」


 その紙束の最後のページを読み終えたところで、淳は驚愕の呻き声を上げた。それを持つ少年の手は震えていた。グラスはいつになく真剣な表情で頷くと、淳の手の中にある紙束の一ページ目を、そっとめくった。


「小生が主君から授けられた禁書……これはその一端ですぞ」


 例の紙束の見出しには――


【人型強化計画〜ハゲの章〜】


 ――と大きく書かれていた。


「まじめにやれよッッ!!」


「小生は大まじめですぞ!」



 ◇◇◇



 その頃バーでは。


「そういえば、以前からひとつ気になっていたことがあります」


「ん、なに?」


「いえ、何故あの男は妙齢の娘を天敵呼ばわりしているくせに、あなただけは平気なのですか?」


「ああ、それはね」


「それは?」


「あたし、性別を変えられるんだ」


「ブフッ!」


「あははは」


 女性陣の酒盛りは当然の如く続いていた。


「まぁ厳密にいうと、女特有のフェロモンを男のソレに変えてるんだ。あとは口調とか態度とか気構えとかも、それに合わせて変化させてる。ちなみに今がその状態」


「……あなたには驚かさせれてばかりです」


「ハゲ兄が近くにいる時は、なるべくこの状態をキープしてる」


「少々気を配りすぎのように思えますが」


「生理現象じゃ仕方ないし、一番辛いのは本人だろうしね」


「……あの男のことはさておき、その特技をどのようにして身につけたか気になるところですね」


「レディース時代にちょっとね。これ以上は聞かないでほしいかな」


「あぁ、同性愛者を手懐ける手段ですか。それなら私も経験があります」


「……そのブーメラン攻撃をまだ続けるっていうなら、昔シャロ姉が××趣味に走ってたこと天兄にバラすのです」


「な、なぜそれをっ⁉︎」


「ラビットロードのスラム街の情報網を舐めないでほしいのです」


「……分かりました。この話はお互い墓まで持って行きましょう」


「了解」


 彼女達の飲み会は、店にあったイエローラビットのボトルをすべて空にするまで続くのであった。

 

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