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第71話 バーで二人

「やけ酒なんてらしくないのです」


「……」


 リナが近づくと、シャロンヌは返事代わりにやさぐれた目を親友に向けて。


「……フン」


 と、形のいい鼻を不機嫌そうに鳴らす。やり取りはそれきり。彼女はすぐにまた仏頂面で一人飲みを再開した。


「いくら酔えないからって、ちょっとピッチ速くない?」


「余計なお世話だと知りなさい」


 その態度はいかにも刺々しいものだ。


「それで、私になんの用ですか?」


「まあ、ちょっとね」


 リナは曖昧に笑って返事をする。店内には癒しのBGMが流れていたが、この分だと効果はあまり期待できそうにない。格好や言葉遣いこそ百八十度違うが、今のシャロンヌは出会った当初の彼女を思い出させる。リナはそのように感じた。


「あのさァ、シャロ姉」


「ここは私が持ちます」


 だから付き合えと言っているのだろう。リナは出かかった言葉を一旦飲み込むと、素直にシャロンヌの隣の席へ腰をおろした。


「イエローラビットをロックで」


「かしこまりました」


 壮年のバーテンダーは磨いていたグラスを置くと、背後の棚から一際目立つ酒瓶を取り出した。黄色いウサギのラベルが貼られたそれは、この銘柄の中でも最上位ブランドの高級酒である。


「故郷にはあんまりいい思い出ないけど、これだけは特別なのです」


 ラビットロードで年間1000本しか造られない幻の地酒。リナも数えるほどしか飲んだことはないが、その味は今でも鮮明に覚えている。当然お値段もそれ相応だが。サイフ役は高給取りのSランク冒険士。リナは遠慮の必要を覚えなかった。


「……私にはあなたの考えが分かりません」


 ぽつりと零すと、シャロンヌは乾杯の音頭もなく一気にグラスを空けた。


「うん。やっぱりうまいのです」


 リナはさして気にもせず、こちらも琥珀色の液体を口の中で愉しみながら言った。


「それって淳や弥生達のこと?」


「他になにがあるというのです」


 じろりと非難の眼差しを向けつつ、シャロンヌは言葉を重ねる。


「はっきり言いますが、あの者達は未熟者以下のお荷物です」


「うん。あたしもそう思うのです」


「……では何故、彼等を零支部にスカウトなどしたのですか?」


「天兄が喜ぶから」


 そのどこまでもストレートな物言いに、聞いたシャロンヌの方が思わず鼻白む。


「あ、あなたは――ッ」


「最近の天兄、すっごく生き生きしてるの」


 酒をグイッとあおりながら、リナはシャロンヌの言葉を遮った。


「その理由が分からないほど、シャロ姉は鈍い女じゃないのです」


「……」


「つまりシャロ姉はあたしの考えが分からないんじゃなくて、ただ認めたくないだけ」


「……相変わらず遠慮という言葉を知りませんね」


「うん。だって仲間相手だし」


 と、バカ高い酒をおかわりしながら。


「天兄はさ、いつだってあたしらの事ばかり優先して動いてる。でもそれって、対等な関係じゃないと思うのです」


「っ……」


 シャロンヌは空のグラスに目を落とし、唇を噛む。リナは構わずにその先を言ってのける。


「あたし達も、たまには天兄を優先して動かないとさ」


 だからリナは動いた。天の気持ちを知っていたから。天の苦悩を理解していたから。天が特異課のメンバーに気を遣い、淳達を零支部に誘わないことを分かっていたから。


「天兄が、本当は淳や弥生達と一緒にいたいと思ってることなんて、その態度を見れば一目瞭然なのです」


「………………」


 シャロンヌは、しばらく無言でグラスの中を見つめていたが――


「――あの者達は感謝が足りないのです‼︎」


 ギリッと拳をテーブルに押しつけ、腹の奥からそう叫ぶ。それが彼女の本音だった。


「誰のおかげで今の幸せがあるのかを、まるで理解していない!」


「子供なんて大体そんなもんだから」


 リナは落ち着き払ったままバーテンダーからボトルを受け取ると、シャロンヌのグラスに酒を注いだ。


「それにさ、天兄は別に感謝されたくて弥生や淳を助けたわけじゃないと思う」


「そんなことは分かっています!」


 シャロンヌは稀少な酒をろくに味わいもせず、勢いよく喉に流し込む。頭で理解できても心で納得できない。つまりはそういう事なのだろう。


「妹のほうはまだマシですっ」


 メイドは目を据わらせて言った。


「しかしあの兄の態度はなんなのですか? 感謝どころかグチグチと文句ばかり言って!」


「まぁまぁ、あの甘えん坊やにはさっきお灸を据えておいたから、そこらへんは勘弁してあげてほしいのです」


 実を言うと、リナが淳に説教したのは、半分はシャロンヌの溜まった不満をある程度解消させるのが目的だったりする。


「どうせまた聞いてたんでしょ?」


「……」


 リナの問いかけには答えず、シャロンヌは無言でボトルを手に取り、乱暴にグラスに酒を注いだ。実に分かりやすい反応だ。リナはやれやれと小さく肩をすくめた。


「耳が良すぎるのも考えものなのです」


「うるさい」


 と、シャロンヌは横目でリナを睨んだ。


「私はあれらを認める気はありません。それだけは言っておきます」


「大丈夫。あたしもまだあの子達を認めたわけじゃないから」


 リナの声から軽さが消える。


「あの三人が一年経っても甘ったれたガキんちょのままなら、零支部にもう居場所はないのです」


 淳と弥生とジュリが零支部に所属するにあたって、リナは三人にある条件を出した。


 それは――


『見習い期間の一年以内に、天を除いた零支部特異課のメンバー全員に仲間として認められること』


 ――というものだ。


 リナは以上の条件を口実に、淳達を零支部に推薦した後、シャロンヌを説得し、天を納得させたのだ。


「到底クリアできるとは思えませんがね」


「まぁかなりキツイだろうけど、その辺りは上手くやるのです」


「いいのですか? 私がただ気に食わないという理由で、彼等のことを追い出すとも限りませんよ」


「シャロ姉がそういう事できないのはよく知ってる」


「……あなたのそういう所には一生勝てる気がしません」


 そこでようやく二人はグラスを重ねた。

 

続編ながらブックマーク500件を達成することができました。皆様、本当に本当にありがとうございます!

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