閑話 出発前日
一行が帝国を出発する前日の朝。天はセイランと決闘した屋敷の中庭に、元チームメイトである貴族の少年――淳を呼び出した。
「約束通り、俺はお前らの前から消える」
「……」
「もう会うこともないと思うが、達者でな」
「……本当に自分勝手だよな、お前ってさ」
「淳?」
「俺達もラムのところに行くっ!」
そう言って淳はぎろりと、強い意思を感じさせる瞳で天を見た。
「置いてくなんて許さないからな!」
「……」
「か、勘違いするなよ」
貴族の少年はぷいっと横を向いた。
「チームのリーダーとして仲間を気にかけるのは当然のことだし。弥生もラムに会いたがってたしな。そ、それにお前だって、ラムのいる病院への道案内は必要だろ?」
「……」
やや間をおいて、
「……そうだな。確かに道案内は必要だ」
天はゆっくり頷いた。
「だけど、これだけは忘れるなよ!」
ビシッと指を突きつけて、淳は言った。
「次に弥生を泣かしたら絶対の絶対に許さないからな、天!」
「ああ、肝に命じておく」
それは静かな朝の一コマだった。
◇◇◇
その日の昼。天の宿泊用にあてがわれた屋敷の客室に、弥生が訪ねてきた。
「この度は誠にありがとうございました」
「礼は必要ない」
天は首を横に振った。
「俺は自分がやりたいことをやっただけだ」
「はい、天さんならきっとそうおっしゃると思っていましたわ」
うふふと笑う弥生に、天は少しためらいがちに訊ねる。
「弥生さんは、怒っていないのか?」
「もちろん怒っていますわ」
弥生は笑顔のまま即答した。
「自分の婚儀の話ですのに私は終始蚊帳の外でしたし。天さんがお歳を偽られていたことも正直ショックでしたわ。私のことは一向に弥生と呼び捨てにしてくださいませんし。不満なら他にもまだまだございますわ」
「……すまなかった」
とりあえず謝るしかなかった。
「もし俺に出来ることがあれば、何なりと言ってくれ」
「本当でございますか!」
「ああ、遠慮はいらない」
「で、でしたら……」
もじもじと華奢な体をくねらせ、雪のように白い顔を赤く染めながら、弥生は言った。
「リナ様を紹介してください、ですわ!」
と。
「リナを?」
「はい!!」
弥生は身を乗り出して何度も何度も頷く。
「それは別に構わんが、二人は既に知り合いじゃなかったか?」
「まだお互い名前程度しか知りませんわ!」
強く強く主張する弥生。天は短い黒髪をかいた。よく分からないが、そんなことならお安い御用だ。
「ならこれからみんなで飯にでも行くか? ちょうど昼時だしな。もちろんリナも呼ぶ」
「ッ、是非ご一緒させていただきますわ!」
弥生と淳とジュリの三人が、零支部の見習いにならないかとリナに誘われたのは、この後すぐのことだった。
◇◇◇
そして夜である。
「議論の余地などございませんわ!」
「ボクも弥生に大賛成!」
「ふ、二人ともちょっと落ち着けって」
一堂邸東館の離れにある淳の部屋で、とある緊急会議が開かれた。
「兄様! このような機会はもう二度とございませんわ!」
「言う通りなのだよ! 絶対に入れてもらうべきだから!」
「ええ、でもな……」
渋る淳を、弥生とジュリがかつてない熱意で一晩かけて説得した。
こうして三人の新メンバーが、あらたに零支部に加わったのである。




