第55話 最強の管理者
「全員下がってろ」
ぐるりと肩を回し。一方的にメンバー交代を告げる。
「あとは俺がやる」
管理者チェルノボーグが真の姿を現したその直後、男は戦場へとやって来た。
「シャロ。お前は真冬殿についててくれ」
「はっ! かしこまりました、マスター!」
近づいてくる主人に最敬礼で応じるシャロンヌの声には嬉々とした響きがあった。
「さあ、行こうか」
未知の強敵を前に。それでも俺には関係ないとばかりに。Tシャツの青年はただ前だけを見据えて、魔の園と化した決戦の舞台を悠然と闊歩する。
「アレを一人で相手にするつもりかね?」
呆れまじりに問いかけたのはグレンデ。
「生憎と俺の辞書には、一対多はあっても多対一は存在しない」
「なっ⁉︎」
一秒すら間を置かず即答した天に、ミリンダが激しく食ってかかる。
「今はそのようなことを言っている場合では――ッ」
「あんたらは俺の実力を見に来たんだろ」
途端に、ミリンダは意表を突かれた顔で硬直した。彼女の反応を見れば、それが鋭い指摘であったことは明白だ。天はその歩みを止めることなく、言葉を重ねた。
「だったら今が絶好の機会だと思うが?」
「そ、それは……」
「まったく、悪魔のように口の達者な男だ」
グレンデは苦笑しつつ、武器を下ろした。
「達者なのが口だけではないところを見せるとしようか」
天はそう言って、構えを解いたグレンデの真横を悠々と通り過ぎていった。
「よろしいのですか、グレンデ将軍⁉︎」
「仕方なかろう。あの男が言っていることは極めて正論だ」
「し、しかし!」
「少佐のことは残念ではあるが、それとこれとは話が別だ」
グレンデは言った。
「帝国軍人たるもの、いついかなる時でも目的を忘れてはいけない」
「……了解しました」
エルフの女将校は痛みに耐えるように声を発した。グレンデはハルバードを肩に担ぎながら、その目的の男に目を向ける。
「さて、お手並み拝見といこうか」
これで無様を晒そうものなら、そのときは腹を抱えて笑ってやろう。そんな思いを込めて、グレンデは遠ざかる背中を見送った。
◇◇◇
「おやおや、わたくしのお相手はあなたお一人だけですか?」
「……」
血色に染まった爬虫類の目玉がぎょろりと動く。声以外は人型だった頃の面影はほとんどない。赤黒く変質した巨躯。鋭く発達した長い爪と牙。周囲には禍々しい魔力がまるで黒煙のように立ち込めている。近くで見るとなお薄気味悪いその風体。長い年月を生きた妖怪や悪魔の類い、天が魔人チェルノボーグと相対して受けた印象はそんなところだ。
「その度胸は褒めて差し上げますが、あまり利口とは言えませんね。勇気と無謀を履き違えてはいけませんよ」
「ひとつ訊きたい」
天は唐突に質問をぶつけた。
「お前は統括管理者か?」
と。
「ちっ、バンザムの青二才めが。そんなことまで洩らしたのか」
途端にチェルノボーグは、姿形と同様の悪魔の貌を見せる。
「これだから西の管理者は質が悪いのだ。もし生きていたら地獄を見せてやったものを」
「で、お前は統括管理者なのか?」
天は淡々と同じ質問を繰り返した。
「……つくづく癇に触る男だ。人の長年の苦労を台無しにした挙げ句、人が一番気にしていることをずけずけと」
「つまりお前は統括管理者ではないんだな」
そう結論付けると。
「この間の計画さえ上手くいっていれば‼︎ あんな小娘ではなく、このチェルノボーグが十三番目の統括管理者に選ばれていたのだ‼︎」
おぞましい妖魔が呪詛の叫びを上げた。
「なるほど」
一方の天は考え深げに顎に手をやった。
「なら組織内でのお前の序列は十三人いる統括管理者の次、暫定十四番になるわけか」
「……間違ってはいない。だが、その呼び方はいささかならず気に食わん!」
チェルノボーグの全身から漏れ出した暗黒の魔力が、いっそう激しく蠢く。
「最強の管理者――次からこのチェルノボーグのことを思い出す度に、頭の中でそう叫ぶがいい!」
「そうか」
短く頷いて。天はごきりと首を鳴らした。
「それはなかなか良いことを聞いた」
「くくく。まあ、これから死にゆく者に言っても仕方ないかもしれんがね!」
最強の管理者たる自信ゆえか、チェルノボーグの悪魔然とした相貌には早くも勝利者の笑みが刻まれていた。
天は、一歩前に出た。
そして目の前で牙を剥き出して嘲笑う悪鬼に、淡々とした無機質な声で、こう言った。
「お前の方こそ、もう死んでいいぞ」
次の瞬間――
「馬鹿めッ! Lv100だか何だか知らんが、貴様からはまるで魔力を感じな」
――ズバッ‼︎ と空を裂く轟音が炸裂する。
放たれたのは大地をえぐる神速の前蹴り。
ただ為す術も無く、幕を引く必殺の一撃。
腹わたを食い破られ、ちぎれ飛ぶように。
チェルノボーグの胴体は高らかと宙に打ち上げられた。
「《闘技・大蛇》」
どさり、と。
上半身を失った魔の使徒が崩れ落ちる。
「ガキの頃に考えた足技の一つだ。お前らの勝負を見ていたら久々に使いたくなった」
下半身だけとなったチェルノボーグに、その言葉を聞くすべはなかった。




