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第52話 大いなる罪人

「種明かしの時間だ」


 静まりきった薔薇の園に、毅然とした声が響いた。それは大いなる罪人を白日の下に晒し出す始まりであった。


「シャロンヌ」


「はっ!」


 ここエクス帝国においても絶大な名声を誇る己の従者に、天は命じる。


「ここにいる皆に教えてさしあげろ。お前の口から。はたして管理者とは、一体何者なのかを」


「かしこまりました」


 シャロンヌは恭しく頭を下げると、主人の言葉に従い、洗練された優雅な物腰で人の輪の中心へと歩み出る。朝の光に満ちた色とりどりの花々が、彼女の目のさめるような美貌をよりいっそう際立たせていた。


「ほう」


「なッ」


 女帝シャロンヌの登場に目を細めたのはグレンデ。そして目を白黒させたのはミリンダである。


「さきほどから、どこかで見たことがあると思っていたが、よもやかの高名な常夜の女帝殿であっとは。なるほど、これは噂に違わぬ美しさだ」


「いや、あの、このあいだ会った時とはまるで別人……」


「失礼だぞ、ミリンダ大尉」


「はっ、いえ、でもその、」


「彼女はいわば我が帝国の大恩人だ。ならばこちらも相応の敬意を払わねばなるまい」


「それは確かにそうなのですが……」


「――我が主の命により、私ことシャロンヌが、一時この場を預からせて頂きます」


 自分に対する相手方の反応に一切取り合うことなく、麗しきメイドは、主人の代役としてその真実を伝える。


「管理者とは、邪教徒の高位信者、その中でも特別な地位を持つ者の俗称です」


「「‼︎」」


 空気が張り詰める。グレンデとミリンダは愕然とそちらを振り向いた。たった今までの緊張感に欠けるやり取りをすべて置き去りにして。寝耳に水、どころの話ではない。二人の将校は顔色を消して、その者を見る。また驚愕の事実を知らされた他の者達も、グレンデ、ミリンダの両名と大差ない反応を見せていた。


 美しき庭園に、ただならぬ緊張感が走る。


 そんな中、シャロンヌはその人物を追い詰めるように説明を続けた。


「世界各地に存在する邪教徒の拠点を管理する者。世界各地から攫ってきた人型を管理する者。ゆえに、管理者。邪教徒の中でも、とくに注意すべき実力者達です」


「………………………………」


 皆の視線を一身に受けながら、しかしクロイスは蝋人形のように硬直したままだ。金色の前髪に隠れていて、その表情も確認できない。


「次はバンザムについてだが、これは俺の方から話そう」


 頃合いとばかりに天が口を挟む。シャロンヌが一礼とともに身を引いた。Sランク冒険士、そして高名な邪教徒ハンターとしても知られる彼女の言葉は、この場の誰よりも説得力があった。だがら天もシャロンヌに説明役を任せた。


「俺はつい最近、ある任務中にひとりの管理者を狩った」


 だがそれも、もう必要ない。


「ここまで言えば分かると思うが、そいつの名がバンザムだ」


 狒々のような顔をした醜悪な老爺。天はその使徒のことをそう記憶している。天の敵ではなかったものの、さすが邪神軍の幹部だけあって、その実力はAランクモンスターに匹敵した。管理者バンザムはランド王国第一王女アリスを誘拐した黒幕の一人だった。そして同時に、かの邪教徒はある事件にも関与していた。


「このバンザムは例の事件、エクス帝国に現れた二体の〔ヘルケルベロス〕の一件にも関与していたことを、自ら認めた」


「なっ‼︎」


「……話が見えてきたな」


 驚愕に目を剥くミリンダと、低く重々しい声を吐き出すグレンデ。両者が顔色を激変させるのも無理からぬことだ。


 一月ほど前、東大陸一の大国家であるエクス帝国に、未曾有の危機が訪れた。


災害級(ディザスター)】と呼ばれる世界最高脅威度Aランクのモンスター〔ヘルケルベロス〕の襲来。しかもそれが同時に二体出現した。かの魔物達はエクス帝国に甚大な被害を与えた。人を喰らう種族ということも相まって、死者の総数は500人を超えた。壊滅した町や村も一つや二つではない。そして何よりこの事件によって傷ついたのが、他ならぬ国の面子であった。


 エクス帝国は世界最強国家を謳っていた。


 しかし〔ヘルケルベロス〕が討伐されたのは、発見から半月近くが経った頃。それも帝国軍が倒したわけではない。表向きは軍が二体いたうちの一体を倒したことになっているが。それは国の面目上、そう言わざるを得なかったからだ。


 国勇グレンデが南大陸訪問――帝国軍と聖騎士団の合同演習が南のナスガルド王国で開催された――のため、国を留守にしていたのも災いした。


 相性の悪さに加えて、主力を欠いた帝国軍は、件の魔物に手も足も出なかった。これが真実。結局は他勢力である冒険士協会の力を借りなければならなかった。そして帝国を救ったのは紛れもなく冒険士達なのだ。その事実は誇り高き帝国軍人であるグレンデとミリンダにとって、屈辱と汚名に満ちた辛酸の記憶であった。


「そこにいる男は邪教徒であり、なおかつその幹部クラス。さらには帝国の騒動に関わっていた邪教徒のことを知っていた」


 天は淡々とした口調で続ける。そして締めのセリフと合わせて、殺気にも似た迫力を感じさせるグレンデとミリンダへ、視線を走らせた。


「これらが何を意味するのか、お二方が賢明な軍人であれば、もう察しはついただろう」


「……なるほど、確かに面白い話だ」


 ぽつりと呟いたグレンデは、凄みの利いた声でこう続けた。


「ただ残念なことに、面白すぎてまるで笑えんよ」


「どういうことですかクロイス少佐‼︎ 答えなさいッ‼︎」


「……」


 グレンデとミリンダは、それこそ視線だけで相手を殺せるのではというほど、その者を睨みつける。もはや疑う余地はない。祖国に地獄の番犬を放し飼いにした裏切りの使徒がいた。


「仕上げだ」


 最後に、天は駄目押しを行う。


 《生命の目・発動》


 朝の陽光にも劣らぬ偉大なる神秘の輝き。

 天の焦茶色の瞳が煌めく橙黄へと変わる。


「《ゴッドスキル・生命の目》。生命の女神フィナ様より授かった英雄専用スキルだ。このスキルは人と魔を見分けることができる」


 普段はほとんど閉じている青年の目が見開かれた。次の瞬間、日輪を思わせる黄金の光が美しき花園を照らし、罪人に降り注ぐ。


「最初にも言ったよな? 俺の『目』は誤魔化せんと」


「……ククク、クハハハハハハハハハッ!」


 卑しさを孕んだ狂笑が、庭園に木霊する。


「いやはや参りましたねー」


 額に手を当て嗤うクロイスは、その軽薄さを取り繕う素振りすら見せなかった。


「まさかこんな(おぞ)ましいスキルがこの世に存在するなんて。完全に計算外でしたよ」


「……クロイス。貴様にひとつ質問がある」


 それはぞっとするような声だった。


「先の忌まわしき事件に貴様は関わっているのかね? ……心して答えたまえよ、邪教徒」


「いやだなー、グレンデ将軍」


 クロイスは元上官に満面の笑みを向ける。


「関わりがあるもなにも、あのヘルケルベロスを呼び出したのは、他でもないこの私ですよ」


 瞬間。


 ブウォォンッ!!


 と、大気を切り裂く凄まじい轟音がとどろいた。


「これは困った。実に困った」


 怒れる破壊者のその手には、灰銀に輝く巨大なハルバードが握られていた。


「これは由々しき事態だ。この前代未聞の大失態を、我が姉君になんと報告したものか」


「ああ、言葉足らずですみません。私がエクスに呼んだのは一匹だけです。もし二匹分お怒りでしたら、どうか悪しからず」


 グレンデの一撃を難なく躱しつつ、クロイスはそんな憎まれ口まで披露する。これまでとは別人、とまではいかぬものの、まさしく本性を現したというべき変貌ぶりだった。


「何故ですか、クロイス少佐!!」


 悲痛な叫び声はミリンダのもの。


「貴方は私など及びもつかないほど、高い志を持った立派な軍人であったはずだ‼︎」


「恐らくそいつは、あんたらの言うクロイスとかいう人物じゃない」


 答えたのは天である。


「俺は以前、完璧なまでに他人になりすます邪教徒に会ったことがある。そいつは本人の皮をそのまま身につけて、人の生活に溶け込んでいた」


「本人の皮を、身につけるって……‼︎」


「合点がいった」


 血の気の失った顔で唇を震わせるミリンダをかばうように、また獲物を追い詰めるように――グレンデはハルバードを肩に担ぎ、ゆっくりと前に出る。


「我が軍に所属するには、相応の審査を通過しなければならない。仮にクロイスが最初から邪教徒であったならば、いかに巧妙な手段を使ったとしても、その全てをすり抜けるのはまず不可能だろう」


「で、では、本物のクロイス少佐は……⁉︎」


「残念だが、本人はもうこの世にはいない」


 天は無機質な声でそう述べた。


「あそこに偽物が存在するということは、つまりはそういう意味なのだろうな」


「そん……な……」


 天の冷淡な言葉をグレンデが冷静に受け止める傍ら、ミリンダは崩れ落ちるようにその場に両膝をついた。ただの同僚の訃報ではこうはならない。それは何か特別な、ひとかたならぬ思いを感じさせた。


「立ちたまえ、ミリンダ大尉」


 帝国の大将軍が、女将校に檄を飛ばす。


「怒りに身を焦がすことはあれど、失意に沈むことは許されない。それが我ら帝国軍人である」


「……はい」


 ミリンダはよろめきながらも、目に力を戻し立ち上がった。


「あのー、そろそろよろしいでしょうか?」


 クロイスの顔をした『それ』が、言った。


「茶番もほどほどにしてくださいよ。ただでさえこっちは、いきなり正体をバラされて憂鬱なのに」


「わかっとらんな。女に待たされるのは男の果報のようなものだよ」


 そう返したのはグレンデ。大隊長と元副官のコンビは、互いに激しく睨み合う。


「軍人に男も女もないと思いますがね」


「これはこれは、偽物の分際で随分と大層なことを言うじゃないか」


「偽物だって教養を身につければ立派な本物ですよ。そうだ。なんならこのまま帰らせてもらえませんかね? 将軍も早朝からの出動でお疲れでしょうし」

 

「心配には及ばんよ」


 肩に担いでいたハルバードをゆらりと怨敵に向けて、グレンデは言った。


「男相手は趣味ではないが、今回は特別だ」


 そして口元に獰猛な笑みを浮かべる。ぎらついた眼差しは獲物を求める獣のそれだ。その分厚い胸板に光る獅子のエンブレムが、唸り声を上げているようにも見えた。


「さあ、とことん遣り合おうじゃないか。邪教徒君」


「……馬鹿だなー」


 直後だった。


「せっかく生き延びるチャンスをあげたのになぁ……」


 まるで地の底から湧き出るかのように。

 暗く深い霧が、晴れた庭園の風景を、またたく間に灰色に塗り潰した。



 ◇◇◇



「なに、なんなのよコレ⁉︎」


「あ、あぁあ……っ」


「ジュリお嬢様、弥生お嬢様! 私から離れないでください!」


「みんな、その場から動いちゃダメよ!」


 混乱するジュリと弥生に、ステラとマリーが喉を振り絞るようにして声を飛ばす。


「陰の魔力。これほどはっきりと視覚できるものは、私も初めて見ました」


「うん。ヤバイ臭いがプンプンするの」


 混沌とした状況の中、シャロンヌとリナは静かに臨戦態勢を整える。


「後ろの屋敷に手出しはさせんが、この庭の方は多少被害が出るかもしれん」


「構いませんわ。どうぞ心置きなく暴れてください」


 こきりと首を鳴らし決戦に赴く天を、真冬は笑顔で送り出した。


 そして……


「……こちらの姿で人前に出るのは、いつぶりでしょうかね」


 霧の中から聞こえてきたのは男の声。


「これより前は確か……ああそうそう、このクロイスという将校の中身を取り出したときだから、二年ほど前になりますか」


 しかし先刻までと違い、その声には若さがなかった。


 それからほどなくして、周囲に充満していた霧状の魔力が晴れていく。


「お初にお目にかかります、皆さま方」


 そう言って、黒いシルクハットを軽やかに持ち上げた。実に人を食った態度だが、どこか気品がある。


 ただし、その者から発散される気配はただただ凶々しい。


 死神のような冷たい漆黒の装い。歳を重ねた深みのある相貌。薄気味悪いほど真白な髪が、風に微かに揺れている。


「わたくし、管理者のチェルノボーグと申します」


 そこには、ひとりの老紳士が立っていた。


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