第38話 決まりだな
広いが飾り気のない、そんな部屋の中央で睨み合う、二人の男がいた。
「…………貴様。今なんと言ったのだ?」
「彼女は俺がいただく。そう言ったんだ」
大帝国の皇子と規格外の人類。ごく簡潔にまとめた青年二人の肩書きである。相対する両雄は各々が黒と白の衣装に身を包み、互いに互いから一瞬たりとも視線を外そうとしない。重苦しい雰囲気が室内に満ちる。そんな中、白いタキシード姿の美青年が、レイピアを構えたまま高らかに名乗りを上げた。
「我が名はエクス帝国第二皇子セイラン!」
高貴なるものの声が部屋に響き渡る。
「そしてそこにいる一堂弥生は、このセイランのフィアンセにして我が最愛の人だ!」
「それで?」
黒いTシャツ姿の青年は、いたって涼しげにそう返した。
「……俺と弥生は、五日後に結婚も控えている。貴様はそれを踏まえた上で、そのような世迷いごとを抜かしているのか?」
「もちろん」
次の瞬間。銀色に輝くレイピアの刀身が一層に殺気を帯びる。
「乞食風情がっ‼︎ 身の程をわきまえろ‼︎」
「落ち着けよ、ここは病人の部屋だぞ?」
「黙れ‼︎」
それは獣のような咆哮だった。
「先程から何だ貴様のその態度は! この俺が手を出さないとでも思っているのか!」
「やりたければ、どうぞご自由に」
天は一貫して余裕の態度を崩さない。そしてそれこそが、相手への最上級の挑発になっていた。
「貴様……‼︎」
「どうした、やらないのか?」
セイランの美顔が膨れ上がる怒りと殺意で鬼の形相と化す。その右手に構えられたレイピアは今にも相手の喉に突き刺さりそうだ。舞台上は早くも一触即発の気配に満ち満ちていた。一方その舞台袖では――
「てて、天さんが、わ、わた、わたくしのことをっ‼︎⁉︎」
「ちょ、嘘だよね⁉︎ 天が弥生ねらいだったとか、ボク聞いてないよ⁉︎」
弥生とジュリは驚きと動揺で目を白黒させていた。特に弥生のほうは、耳まで真っ赤にしてあたふたしている。その反応はセイランの時とは雲泥の差である。
「……ほんと、どうしようもないペテン師だよな、お前って」
混沌とした状況の中。ただ一人すべてを見透かしたようにベッドの上で呟いたのは、超一流のペテン師を友人に持つ貴族の少年であった。
◇◇◇
「その私闘、お待ちいただけますか」
その時、部屋中に充満していた剣呑な空気を払拭する声があった。静かにドアを開けて部屋の中に入ってきたのは、紺色のスーツに眼鏡をかけたエルフの女性。ソシスト共和国の大統領秘書マリーである。
「セイラン殿下!」「いかがされましたか殿下⁉︎」「殿下ッ‼︎」
そしてドタバタと足音を立てて、マリーの背後から黒服の男達も次々と部屋に入ってくる。廊下で待機していたエクス帝国第二皇子の護衛チーム。皇族直轄の精鋭SPの面々である。
「どこの誰かは知らないけど、邪魔をしないでもらえるかな?」
「そういうわけには参りませんわ、殿下」
先刻と比べると大分落ち着いたものの、いまだに矛を収めようとしないセイランに、マリーは「申し遅れました」と頭を下げながら続ける。
「私はソシスト共和国の大統領秘書官を務める、マリーと申します」
「ソシスト共和国の?」
「はい」
返事をしつつ、マリーはもう一度頭を下げる。そこでようやくセイランが武器を下ろした。マリーは顔を上げると、事務的な口調で言葉を重ねた。
「そこにいる花村天殿はソシスト共和国、ひいては冒険士協会の保護下にあります。ここまで申せば、聡明な殿下ならお分かりになられると思います」
「なるほど。そういう裏があったのか」
セイランは忌々しげに舌打ちをして、「どうりで強気なわけだ」と冷ややかな視線を天に向けた。
「大国ソシストに冒険士協会か。それほど強力な後ろ盾があれば、貴様のような下賎な輩でも、この俺と対等に渡り合えると勘違いできるわけだ」
「お前には言われたくないセリフだな」
「なに!」
「花村殿」
マリーは天の方に向き直ると、猛り立つセイランに代わって冷淡な声で述べた。
「貴方は現在、シスト大統領の側近の一人として、我がソシストと冒険士協会の庇護の下にあります。これについては自覚されていますね?」
「一応は」
「でしたら、勝手な行動は謹んでください」
「そう言われてもな」
太い首をすくめながら、天は軽薄な口調でマリーと会話を続ける。もちろん演技だ。そしてそれはマリーも同じである。
「セイラン殿下は、エクス帝国の皇族です」
「だから?」
「そのような大国の有力者とソシストの保護下にある花村殿が事を構えれば、一体どうなってしまうか。少しは考えていただけるとありがたいのすが」
そう言ってマリーは厳しい面持ちで眼鏡を持ち上げてみせる。まさに名演技だ。マリーが先ほどから繰り返し口にしているセリフ、『保護』と『庇護』。これは天に対して最も相応しくない言葉だ。
この世界を管理する三柱神の地上代行者。
天の数ある肩書きの一つである。つまりこの地上のあらゆる権力、血筋は天の前では無力であり、また何者であろうと彼を管理下に置くことは出来ない。人が神の上に立つことなど決して出来ないからだ。マリーはそのことをよく理解していた。
「もう一度言わせてもらいます、花村殿」
彼女は聡明な女性だ。そして気が回る女性でもある。何よりいつも淳や弥生達のことを気にかけていた。だから彼女は暗に言っているのだ。普段なら絶対に使わない言葉を用いて、自分の本心はその逆にあると。
「このまま花村殿と殿下が争えば、それは国同士の諍いにまで発展してしまう恐れがあります。これはもう、私闘の範疇を完全に超えていますわ」
その眼鏡の奥で、知性的な新緑の瞳が静かに燃えている。自分やシストに構うことはない。貴方のやりたいようにしてください。マリーは天にそう言っているのだ。
天はマリーに心の中で感謝しながら、軽く肩をすくめて見せる。
「だそうだが?」
「フン、関係ないな」
セイランはそう吐き捨てると、天を鋭く睨み据えた。
「貴様が弥生を辱めた事実は変わらん! ならばそれが何者であろうと、この俺の手で断罪しなければ気が済まない!」
「そうですわ! 弥生お姉様を汚した罪、万死に値しますわ!」
再び怒りを燃え上がらせるセイランを、ミリーがさらに焚きつける。
「お、お待ちくださいまし! それは誤解ですわ!」
「そうだよ! アレはそういうんじゃないからっ!」
「はい。私と天さんは、け、けけ、決してそのような事はしておりません!!」
「だいたいあのとき天の目的は別にあって、と、とにかく未遂なのだよ、未遂!」
「でもあいつが弥生に酷いことをしたのは事実だ」
「兄様⁉︎」「淳っ!」
弥生とジュリが必死に弁明を試みるも、これだけは譲れないと淳が不貞腐れたように言い捨てる。
「弥生。口出しは無用だ」
そしてセイランは鋭い流し目で弥生を見ると、再びレイピアを天に向けて構える。
「この男がお前を付け狙っている以上、俺はこの男を生かしてはおけないのだ!」
「ならこうしよう」
パチンと指を鳴らす音が、やけに大きく部屋の中に響いた。ともなって、水を打ったように辺りが静まり返る。一堂の姓を持つ四人の少年少女、皇族の青年、英雄王の側近、主人を止めに入ろうとしていた黒服の護衛衆までもがその動きを止める。
かくして天は言い放った。
「エクス帝国第二皇子セイラン。貴殿に決闘を申し込む」
そして再び静止した時間が動き出す。
「――花村殿」
「安心してくれ。親父殿には俺の方から説明する」
絶妙なタイミングの合いの手だった。天は含み笑いをこらえながら、真っ先に口を開いたその人物の方を向いた。
「マリーさん。これはあくまで俺個人の事情だ。組織も親も関係ない。これ以上の口出しは止めてもらおうか」
「……もう何を言っても無駄のようですね」
マリーは額を押さえて、大きくため息をついた。特に台本を用意したわけでもない。しかしその演技の完成度たるや文句のつけようがなかった。
「あの、マリー叔母様……その人の言っている親とか親父殿って、もしかして」
「シスト大統領のことよ」
こういった細かなフォローも完璧である。
「知っての通り、シスト大統領にご子息はいないわ。けれど彼にだけはその呼び方をお許しになられてる。端的に言えば、お二人はそういうご関係なの」
「そんなに凄い人だったんだ……」
ミリーがぼそりと呟く。同時に近くにいたSP達の顔に動揺が走る。少女のさりげない一言が大人達の身動きを封じたのだ。こちらはこちらで芸が細かい。ともあれ、三人の演技派が力を合わせ、もはやお膳立ては充分である。さあ、仕上げの時間だ。
「この場にいる全員が証人だ」
声高らかに、天は言った。
「約束しよう。これより行われる決闘は一対一の真剣勝負。俺はこの勝負でいかなる結末を迎えようと、親父殿にも冒険士協会にも決して手出しはさせない」
そしてピンと人差し指を立てて。
「無論、この誓約は相手側にも厳守してもらう。国家権力はもちろん、政治的、社会的勢力の干渉も一切認めない。文字通り己の身ひとつで戦う」
天はセイランを横目に見て告げた。
「もしお前がこの決闘で俺に勝てたら、その時は俺を煮るなり焼くなり好きにしろ。当然その場で殺してくれても構わない」
「……ほう」
ただし、と天はゆるりとセイランから視線を外して、今度は馴染みの顔ぶれの方を向いてニヤッと不敵に微笑んだ。
「俺が勝ったら、エクス帝国第二皇子セイランと一堂弥生の婚約は破棄。これから先、両者は赤の他人として生きてもらう」
「ッ――!」「っ……」「………」
弥生がハッと目を見開き、ジュリが思わずといった様子で息を呑み、そして淳が呆れたようにベッドの上から天を見返した。天は一瞬いたずら小僧の表情を作って見せて、三人の少年少女達にくるりと背を向ける。
「さてこの決闘を受けるか否か――どうするかね、帝国の皇子殿?」
「くくく……いいだろう!」
セイランは狂気じみた笑みを浮かべて。
「エクス帝国第二皇子の名において、その決闘を受けてやろう」
そして携えた抜き身の刃をギラリと煌めかせ、大帝国の皇子は言った。
「貴様を我が愛しき弥生の前で、公開処刑してやる!」
「決まりだな」
いつの間にかブックマークが200件を超えていました。続編ということもありそこまでブックマークは伸びないと思っていたので正直驚いてます。凄い嬉しいです……付けてくださった皆々様、本当にありがとうございます。
重ねて、評価やたくさんの感想、本当に本当にありがとうございます。書いていて良かったなと心から思えます。ものすごく励みになっております。




