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第30話 フラワー村

 フラワー村。そこはかつて天に救われた鉱夫達の村。削いだような岩肌に囲まれたその集落は、決して栄えているわけではない。だがそこには確かな平和があった。


「ほんじゃあ、今日も一日頑張ってくらぁ」

「ちゃんと弁当持ったかい? 気をつけてね」

「お父ちゃん、いってらっしゃーい!」


 黄色いヘルメットをかぶった村の男達は、ピッケルを片手に今日も汗を流して働く。そんな男衆を様々な面でサポートするのが、肝っ玉揃いの村の女達の仕事だ。やんちゃ盛りの子供らは、毎日元気に野山を駆け回る。この村の住人は誰もが生き生きしていた。


 かつてこの村は、Aランクモンスター〔マウントバイパー亜種〕の脅威に晒された。


 国をも滅ぼすと言われる【災害級(ディザスター)】のモンスター。そんな怪物をたった一人で倒し、集落に安寧をもたらした立役者、花村天は文字通りこの村の英雄である。そんな天の名字である『花村』を取って、元は名もなき小さな鉱山町が、住人の総意により『フラワー村』と名付けられた。そしてその日から、この鉱山町の住人達は自らを『村人』と呼び、町長は自分のことを『儂がこの村の村長です』と旅人に紹介するようになった。




「アーシェ。村長さんにご挨拶を」

「は、はい! アクリアお姉さま!」


 姉とお揃いの白いローブに身を包み、紫髪の王族の少女が、白髪の老翁にぺこりとお辞儀をする。


「はじめまして。わたしは、アクリアお姉さまの妹のアシェ……アーシェと申します」


「ほっほっほ。これはこれはご丁寧に。儂はこのフラワー村の村長をしております、ポンズといいますじゃ」


 フラワー村の村長ポンズはお約束の挨拶を交わすと、好々爺の顔で玄関の扉を開けてアーシェを家に招き入れる。


「ささ。狭いところですが今日からは第二の我が家と思って、ごゆるりとおくつろぎくだされ。あとで妻も紹介いたしますじゃ」


「あ、ありがとうございます。これからお世話になります!」


 アーシェ改めアシェンダは、その場でもう一度勢いよくお辞儀をした。


 当面の間はアシェンダをフラワー村で預かってもらう。これは天を含めた零支部特異課メンバーの総意による決定だった。アシェンダをあのまま零支部のビルに置くという声はあがらなかった。むしろ「ここは止めたほうがいい」という意見が大半だった。というのも、天達のホームである零支部ビルは最新ではあるが、決して安全ではないのだ。


 理由はいくつかある。


 まずビルの所在地。あの旧鉱山は以前、天が山の主〔マウントバイパー亜種〕を退治したフィールド。つまり超大型モンスターの棲家だった場所なのだ。一応は拠点にする前に天があらかた掃除――モンスターの殲滅――を行ったが。それでもまた突発的に魔物が現れる危険性は無視できない。身を隠す場所としては適切かもしれないが、幼い子供を匿う場所としては極めて不適切だ。


 次に人員の不足。早い話、アシェンダの面倒を見れる者が現在零支部にはいないのだ。天、リナ、シャロンヌの三人は只今出張中。アクリアとカイトも大量の仕事――といっても正規のものではないが――を抱えて、ほとんど家を留守にしている。唯一手が空いているのが、朝っぱらから酒を飲み男遊びに夢中なダメ人間ならぬダメ狐のみという現状。もっとも、シロナでは期待できないどころかアシェンダに悪影響を及ぼす危険すらあるが。


 そもそもシロナは今回の件について、既に部外者の立ち位置を選んでいる。


 天が傷ついたアシェンダを連れてきたときも、シロナは文句こそ言わなかったものの、積極的に関わろうとはしなかった。というかあからさまに避けていた。だから天も、シロナを意図的にこの件から除外した。カイトやアクリアも、事情を説明しても力を貸せとは言わなかった。無理強いは悪感情しか生み出さない。そのことを彼等は知っているから。とにもかくにも、アシェンダとシロナを同じ屋根の下に住まわせてもロクなことにはならない。この点においても、天達は見解が一致していた。


 そんなこんなで白羽の矢が立ったのが、今や神の結界に守られ、半ば聖域と化しているこのフラワー村である。


「村長さん。この度はご無理を聞いていただき、誠にありがとうございます」


「なんのなんの。花村様や零支部の方々にはいつもお世話になっておりますからな。皆様のお役に立てるなら、我々としても嬉しい限りですじゃ」


 結果は清々しいまでの二つ返事。事情のさわりだけ聞いて、「ならばうちで預かりましょう」と真っ先に名乗りを上げたのが村の村長ポンズだった。そして他の村人達も余計な詮索は一切せず、アシェンダのことを快く引き受けてくれた。その懐の深さに、王族の姉妹は頭が下がる思いだった。


「アーシェ」

「はいっ!」


 真剣な顔でしゃがみ込み、妹の身なりを入念にチェックし始めたアクリアに、アシェンダはどぎまぎしながらもビシッと背筋を伸ばして気をつけした。


「村長さんや村の方々の言うことをきちんと聞くのですよ? それと、くれぐれも村の外には出てはなりませんよ?」


「かしこまりました、お姉さま!」


 世話好きの姉とお姉ちゃん子の妹というその絵柄は、傍から見ても実に幸福そうであった。



 ◇◇◇



「これじゃあ、どっちが救われたのか分からないな」


 風に乗って聞こえてくる微笑ましい従姉妹達のやり取りに、カイトは思わず口元を綻ばせる。村の入口で待つこと十五分。待ち時間の暇つぶしに聞き耳を立てるぐらいなら、あの潔癖性な妹分も勘弁してくれるだろう。


「本当に救われたよ……」


 二度目となるそのセリフは無意識に呟いたもの。だからこそこれは、自分の偽らざる本音であるとカイトは断言できた。実際に救われたのは自分達の方だと。


 アシェンダには感謝してもしきれない。


 アシェンダはアクリアのことを「女神さまのような」と比喩していたが、カイトとアクリアにとって、アシェンダはまさしく「天使のような」存在だった。


『アクリアお姉さまが呪いの姫君だなんて絶対に何かの間違いです!』


 あの一言がアクリアを、そして自分を救ってくれた。もうランド王家に自分達の味方は一人もいない。そう思った矢先に現れた救いの天使。もはや救う価値なしと一度は見限った故郷も、あの子にお願いされては助けるしかないと思わされた。


「それにしても、まさか兄さんと同じことを言うなんてね」


 自然と含み笑いが口から漏れた。天と初めて出会った日、彼はアクリアの青い髪を『青空の色』と例えた。それとまったく同じことを、あの時アシェンダは言ってのけた。その言葉は、アクリアにとって何よりの福音だったに違いない。


「まさか全部計算通りとか言わないよね?」


 独り問いかけて。ふと空を見上げる。雲一つない青空が広がっていた。帝国の空は今どんな顔を見せているのだろう。そんなとりとめもないことを考え、カイトは目を細めた。

 あの日、天がアシェンダを零支部に連れてきたあの瞬間から、すべてが変わった。もう祖国を滅ぼすしか道はない。ただ辛く、けれど進むしかない。そんな暗く長い道のりに差し込まれた一条の光。それはカイトとアクリアにとってあまりにも都合が良すぎて、逆に誰かの作為を感じずにはいられない。あの規格外な相棒ならあるいは。そんな風に勘ぐったのは、きっと自分だけではないはずだ。


「頼りないかもしれないけど、こっちは任せてくれ。兄さん」


 もう迷いはない。カイトは青い空を見上げながら、天高く拳を突き上げた。



 ◇◇◇



 時を同じくして、山の麓では。


「カッカッカ。集落を出てこのような遠出をしたのは一体いつぶりか。心が躍るわい!」


「フラワー村。確かこの山の中腹付近に位置する山村とのことですが」


「あぁ、この土地も我らの集落と同じで、空気がとても美味しいですね」


 それはなんとも奇妙な三人組であった。


「ううむ。この絶景。この解放感。できることなら我が孫娘も一緒に連れてきたかったのう」


「ロイガン殿。先ほどから不謹慎です。我々は遊びに来たわけではないのですよ」


「ふふふ。でもその気持ちも分かります。こうしてまた外の世界を目にできるなんて、私もまるで夢のような心地だもの」


 こんな田舎には不釣り合いな美女二人に熊のような髭を生やした老兵士。どことなく高貴な雰囲気を纏った、そんな三人組だった。


「さあ、参りましょう」


 そう言って先陣を切るように険しい山道を登り始めたのは、華やかな騎士風の衣装に身を包んだ紫髪の美女子。彼女は瑠璃色のマントを翻し、長い髪を風に舞わせ、青空の中にそびえ立つ広大な山々に向けて、ビシッと人差し指を突き立てた。


「ロイガン、サリカ。今こそ、花村様や零支部の皆様方から受けた数々の大恩に報いるときです。私に続きなさい!」


「「ハッ! エレーゼ様!」」


 この日。フラワー村にバラエティに富んだ四人の新メンバーが加わったのであった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 最後に「四人の新メンバー」とありますが、三人じゃ? それとももう一人居るのですか?
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