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第24話 その秘書官の目的

「ふぅ……」


 窓の外に流れる景色をぼんやりと眺めながら、マリーは小さく息をついた。そもそも何故シストの秘書官である彼女が、今回零支部一行の旅に同行することになったのか。理由はいくつかあるのだが、その中で最大の目的は、これだ――。


『天が以前パーティーを組んでいたハーフエルフの少女、一堂ジュリの母親の首に付けられた史上最悪の魔導具【奴隷の首輪】を破壊する』


 それはこの旅の目的の一つであり、そして同時にマリーの生涯の目標の一つであった。


 ……もうすぐだからね、姉さん。


 マリーは心の中で語りかける。窓に映る自分の顔と、この世でたった一人の肉親の顔を重ね合わせて……ジュリの母親は、マリーの実の姉でもあった。


 十一年前。


 全世界で邪教徒による大規模な奴隷狩りが行われた。この忌まわしい事件により、およそ百人あまりの人型が奴等の手に落ちた。ジュリの母でありマリーの姉である人物、一堂ミレーナもその中の一人だった。


 幸い、当時結成された五大組織合同の救出部隊の活躍により、事件から数日後には攫われたほとんどの人型が助け出された。マリーの姉ミレーナも、肉体的にはほぼ無傷で救出された。もちろん家族のもとにもすぐに帰された。しかし……


 その時には、もうミレーナは“首輪付き”にされていた。


 首輪付き。それはこの世界のヒエラルキーの最下層。それは人から奴隷の身分に堕とされた民の証。そしてそれは、社会的地位はおろか個人の尊厳すら奪われた者達への蔑称。たとえ彼等のほうが被害者であっても、たとえ彼等に何の落ち度もなくても、この世界の人型たちはどこまでも彼等を差別し、また軽蔑した。


 無論ミレーナの嫁ぎ先である一堂家もその例外ではなかった。


 もともとミレーナは、純血のエルフという点以外は世間体もあまり誇れる部分がなかった。それこそ、家柄もあってないようなものだ。そんな彼女が首輪付きになれば、その後の人生がどのようなものになるか推して知るべしである。さらに一堂家は大国の名家。当然その風当たりは一般の家より数段強い。帝国が報道における情報規制などを行わず、真実がそのまま国中に知れ渡ってしまったのもよくなかった。


 ミレーナの家中での扱いはもはや迫害に近いものだった。


 ミレーナの夫である一堂家当主の次男、一堂知尚(ともひさ)の働きかけにより、なんとかミレーナは家から追放されずに済んだ。しかし心の静養という名目で、家族ひとり本家から離れた別宅の屋敷に住まわされることになった。要は体のいい厄介払いである。ミレーナは愛する夫とも、幼い娘二人とも、離れ離れにさせられたのだ。


 あれから十年以上、ミレーナは屋敷から一歩も外に出れず、転地療養とは名ばかりの幽閉生活を送っている。



 キィィイイイイイイイイイイーーッ‼︎‼︎



 その時。

 耳をつんざくような摩擦音とともに、突然車内が大きく揺れた。


「ッ――‼︎⁉︎」


 体ごと上下左右に揺さぶられるという予期せぬハプニングに、マリーは思考の中断を余儀なくされるのであった。



 ◇◇◇



 一行を乗せた動力車が、いよいよエクス帝国の国境付近までやって来たところで――それは起こった。


「て……テメェゴラァァァァァ‼︎‼︎」


 華麗なハンドルさばきで間一髪『それ』をかわすと、リナはぶち切れ全開で運転席の窓を開けて、怒りのままに声を張り上げる。


「いきなり道の真ん中に飛び出しやがって! 死にてーのか、ああっ⁉︎」


 獰猛な犬牙を剥き出して血走った目で相手を睨みつけるその様は、まさに狂犬である。


「あれ?」


 だがしかし。伝説のレディースと謳われた犬の獣人娘は、すぐさまその裏の顔を引っ込めることとなった。


「突然のご無礼、申し訳ございませぬ!」


 第一声で素直に謝ったその男の顔に、リナは見覚えがあった。


「あなたって、たしか……」


「はっ!」


 細かい砂利が敷き詰められた土道の上にじかに正座し、背筋をまっすぐに伸ばした姿勢は凛とした美しさがあった。彼はリナと目が合うと、伸ばしていた背筋をさらにピンとさせ、大きく口を開けた。


「小生は主君も持たず地位もない放浪の騎士――暁グラスと申します!」


 自己紹介はもうすでに済ませたはずなのだが、その騎士は律儀にそう名乗りを上げた。


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