表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/177

第18話 とある騎士の新たな人生

「暁グラス。ただいま戻りましたぞ!」


 そう言ってグラスは一礼すると、全身をかけめぐる激痛を痩せ我慢の作り笑いで誤魔化し、ふらついた足取りで玉座に続く道を歩き出した。


「う、く……ッ」


 一歩、また一歩と。歩を進めるたびにグラスの顔が苦痛に歪む。それは一目見れば相手が立っているのもやっとの状態だと分かるほどの、文字通りの痛々しい姿であった。


 だが、それでも、グラスを見る者たちの目には深い安堵の色があった。


「良かった。無事だったんだな、団長」

「馬鹿。あれのどこが無事なんだよ⁉︎」

「確かに。見るからにつらそうだ……」

「けどさ、なんかこうホッとするよな」

「ああ。やっぱあの人がいないと騎士団は締まらないぜ」


 普段はグラスのことを煙たがる一部の騎士達も、この時ばかりはみな笑顔だ。王国最強の騎士団長の帰還。それは誰もが待ちわびた瞬間だった。


 ただ、何事にも例外はあるものだ。


「ちっ」


 皆が一様に顔をほころばせる中。

 ただ一人、苦虫を噛み潰したような表情を作った騎士がいた。


「カナモト」


 その巨漢騎士の前まで行くと、グラスはそこで足を止めた。


「小生が不在の間の留守、ご苦労でしたな」


「これはこれは暁団長。ご無事でなにより」


 互いに「心にもない」という挨拶を交わしながら、静かに睨み合う両者。


「あれほどの武人と一戦を交え、死に損なってしまうとは、我ながら悪運だけは強いらしい」


「見たところ、立っているのもやっとのご様子だが?」


「左様。情けない話、今もやっとの思いで動いている」


「であるならば、この場はこのカナモトに任せて、団長は休んでおられてはいかがか」


「そうもいかぬ。現に今、小生が少し持ち場を離れただけでこの有様ですからな」


「ふむ。この有様、とは?」


 いまだその剣先をバッツに向けながら、カナモトは白々しく首を傾げて見せる。グラスの眼光が鋭いものへと変化した。


「若い騎士はそれだけで国の宝。おぬしは騎士団の副団長を務めながら、そのようなことも分からぬのか……」


 その言葉には本気の怒気が含まれていた。


「なに、これは単なる救育ですよ、教育」


 カナモトはまるで悪びれぬ態度で肩をすくめる。


「……いささか度が過ぎるように思えるが」


「下が悪さをすれば、相応の罰を与えてやるのが上の務めだ」


「それでおぬしは剣まで持ち出したと?」


「この餓鬼は目上の者を侮辱した。たとえ斬られてもそれは自業自得というものだ」


「ならば、小生が貴様を斬り捨てたとしても文句はあるまいな」


「は?」


 刹那。煌めく銀閃が虚空を駆ける。


 ――《剣技・裏時雨(うらしぐれ)》――


 全てを置き去りにし放たれた無情の斬撃。

 そして……


「……貴様は確かに侮辱した。この暁グラスの騎士としての矜持を」


 無機質な口調で紡がれた言葉。

 続いたのは、ほとばしる鮮血。


 …………ゴトッ。


 と、何かが地に落ちた音がした。

 傍らにいた少年がそれらの意味に気づいたのは……床に転がったカナモトの首が、己の視界に飛び込んできた直後のことであった。


「ヒイッ……!」


 バッツが悲鳴を上げかけた瞬間。


「聞け!!」


 グラスの大音声が、これから起こるであろう大混乱を未然に阻止する。


「ここにいる元ランド王国騎士団副団長カナモトは、此度の騒動の首謀者と思われる!」


 そして訪れたのは声をひそめたざわめき。

 勘のいい者達は、この時点でグラスの言わんとすることを理解したのだろう。


「繰り返す! これなる者は、今回の暴動を企てた疑いがある。よって、我は騎士団を預かる者として……これを斬首した!」


 浅い呼吸を繰り返し、自らの剣で満身創痍の体を支えながら、グラスは王国を守る騎士団の長として最後の仕事に取り掛かる。


「フレブン、コウジ、スライブ。おぬしらに訊きたいことがありますぞ」


 その呼びかけに、ビクリという肩の動きで応えた三人の若者騎士がいた。


 ――もしかしたら自分たちも斬られるのではないか?


 グラスに名を呼ばれた下級貴族出身の三人の騎士たちの顔からは、そんな心情がありありと見て取れた。


「……」

「……」

「……」


 この世の終わりのような顔で俯く三人。この若者達がそういった反応を見せるのはそれなりの理由があった。


「本日おぬしら三人が城下町の門番への連絡を怠ったのは、上官であるカナモトに脅されて、仕方なくそれに従った。そうだな?」


「「「!」」」


 瞬間、三人の若者騎士は一斉に伏せていた顔を上げた。


「そ、その通りであります、暁団長!」


「は、はい! 自分たちはカナモト副団長に脅され、仕方なくその指示に従いました!」


「もも、申し訳ありませんでした! まさか副団長がこのような事を企てていたとは、露知らずっ」


 緊張のあまり声をうわずらせながらも、必死になってグラスの言葉を肯定する彼等。そう。何を隠そうこの三人組は、今日、城に客人が来ることを門番に伝え忘れた張本人達である。


「聞いての通り。此度の一件は、冒険士を毛嫌いするカナモトが独断で計らい、客人らに嫌がらせを行った結果……かような事態にまで発展してしまったものと考えられる!」


 三人から思い通りの回答を受け取り、グラスは今にも途切れそうな意識を懸命に繋ぎ止めながら、ありったけの声を振り絞る。


「故に、この一連の騒動の原因は全てこれなる元ランド王国騎士団副団長、カナモトにある。そしてかの者の謀略を見破れなかった責は、全てこの暁グラスにある! ……ぐっ」


 そこまで言って、グラスは倒れ込むようにその場に膝をついた。


「だ、団長っ!」


「手を出すな!」


 こちらに駆け寄ろうとしたバッツを一喝すると、


「リスナ様。恐れながら申し上げます」


 グラスはそのまま両手をついて平伏した。


「此度の暴動を引き起こした首謀者である王国騎士団副団長、カナモトの首。そして同騎士団団長、暁グラスの国外追放。これらをもって謝罪すれば、きっとシスト王もこちらの言い分に耳を貸してくださります」


「ッ――!」


 リスナは一瞬、ハッと何かに気づいたように目を見開いた。だがそれは文字通りほんの一瞬の出来事であった。


「リスナ様。何卒ご一考くださりませ」


「……分かりました。そのように致します」


 リスナは感情を押し殺すようにグラスの提案を受け入れた。


『全ての罪をカナモトに被せ、全ての責任をグラスに取らせる』


 それが自国にとって最も当たり障りのないケジメのつけ方だという事実に、聡明な王妃は瞬時に理解を示したのだ。


「そんな⁉︎ なんで団長が……んぐっ」


「あなたは黙っていなさい」


 察しろとばかりにバッツの口を強引に塞いだのは、それまであえて傍観者に徹していたユウナであった。


「最後に一つ、アレックス殿下にもお願いがございますぞ」


「…………なんだ?」


 グラスは平伏したまま、かなり砕けた言葉遣いで――いつも通りとも言うが――アレックスに声をかける。その気安さが功を奏したのか、今までずっと顔を伏せていたアレックスが、ほんのわずかだが顔を上げて、久方ぶりに声を発した。


 傷だらけの騎士は小さく笑い、失意の王子に進言する。


「小生が国を去ったのち、騎士団の団長をここにいる御剣ユウナに任せたいのです」


「ッ⁉︎」


 その時グラスの背後から激しい動揺の気配が伝わってきた。が、グラスはさして気にしなかった。彼女に世話をかけるのは、良くも悪くも今に始まったことではない。


「小生なきあと、騎士団を取りまとめられる者は、彼女をおいて他におりませぬ!」


 ちょ、貴方はまだ生きてるでしょうが‼︎⁉︎


 そのような言霊を背後から浴びせられた気がしたが、グラスはやはり気にしなかった。


「……わかった」


「で、殿下っ⁉︎」


 今度は堪えきれなかったのか、ユウナが声を上げる。もともとユウナはアレックスにその能力を買われて騎士団を抜けたのだ。それをそんなあっさりと、という気持ちは多少なりとも彼女の中にあったに違いない。


 だが結果として、ユウナがそれ以上の不満を口にすることはなかった。


「………グラス……すまない」


 その瞬間、城の大広間が静寂に包まれた。


「本当に……すまない……っ」


 アレックスは一度上げかけた頭を、グラスへの詫びの言葉と共にまた下げた。それは誰がどう見ても文句のつけようがない、心からの謝罪だった。


 ――グラスが自らの手を汚したのは国を守るためだ。


 ――グラスが全ての責任を一人で背負ったのは民を守るためだ。


 ――そしてそれらの原因を作ったのは他ならぬ自分だ。


 アレックスは確かに傲慢ではあるが、自らが犯した過失に気づかぬほど愚かではなかった。


「この場を血で染めるわけにはいかぬ、か」


 ゆるりとおもてを上げて、突然そんなことを言い出すと、王国の元騎士団長は、玉座の元主たちに向けて晴れやかに微笑んだ。


「まったく、言った本人が禁を犯していては世話がありませぬな」


「グラス殿……」


「グラス……っ」


 高貴なる母子の声には微かな嗚咽が混じっていた。


「小生はほとほと呆れ果てたうつけ者のようです。これでは、国を追い出されても仕方がないですな」


 王国一の騎士の表情は変わらず清々しいものであった。


 ――あの高慢だった王子が人目を憚らずに謝った。


 グラスにはもう、それだけで十分だった。


「長い間……本当に長い間、お世話になりもうした!」


 深く深く下げられた頭は、自分を拾って育ててくれた国への最後の礼。


 この時より、とある王国のとある騎士の新たな人生が幕を開けたのであった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ