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第16話 羅刹

 薄暗い地下の一室。部屋の景観は殺風景の一言。ただ広さだけは無駄にある。そんな冷たい石造りの石畳の広間に、()の少女は舞い降りた。


「えー、僕がこの部隊の隊長をつとめる――ってうわぁ。見事に紅一色だね、こりゃ」


 そう言って、少女はジェミリア達を物珍しげに見つめる。


「僕も今まで色んな部隊を率いてきたけど、これは人生初のパターンかな。キャハハハ」


「「「……」」」


 いまだこの状況についていけないジェミリアや他の女使徒達を完全に置き去りにし、


「う〜ん。でもこうも偏ってると、次に天天と会ったときに『そっち目的の集団か』って誤解されそうだよね」


 少女はひとり喋り続ける。


「天天どうせ未だに童貞だろうし。そのうえ妄想大王だし。ああでも、そう考えるとこの編成は、彼に対して有効な手段と言えなくもないかも」


 彼女は小さな顎に大仰なポーズで手を置きながら、いかにもわざとらしく難しい顔をして見せる。が、その琥珀色の瞳だけは相変わらず鋭く、どこか値踏みをするようにまじまじとこちらへ向けられたままだ。


「……ふーん」


 お返しというわけでもないが、ジェミリアもその少女を観察する。それこそ、少女以上にまじまじと。


 ……あれってどう見ても“人間種”よね。


 肩を出したタンクトップ姿。見た目の年齢は十代半ばほどか。腰まで伸びた赤胴色のポニーテールが特徴的だ。顔立ちも率直に綺麗といえる。ただ総合的に見れば、とりわけそこまで珍しくもない、ただの人型の少女だ。人が住む町には大抵一人はいそうな、普通の人間種の娘だ。


 ただし、いやだからこそ、違和感が半端ではなかった。


 なぜならここは自分達魔人の本拠地。選ばれた使徒だけが足を踏み入れられる、いわば魔の聖地なのだ。


「おい……どうしてここに人型がいるのだ」


「えっと、なんすかこの展開? 誰か説明してくれるとありがたいんすけど」


「そんなのアタシの方が聞きたいわよ……」


 どうやらジェミリア以外のメンバーも感想はみな似たようなものらしい。さしあたり皆が皆、「誰だコイツは?」という顔を突如現れた人型の少女に向けている。


 否。一人だけ例外もいた。


「ヒィィ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいィィっ!」


 まるで雷に怯える子犬のように、頭をおさえてブルブルと蹲るツイ。やはりこのおかっぱメイドは、突如現れたこの謎の少女について何か知っている様子だ。


「あ、別にキミらのことを差別してるわけじゃないよ」


 一方こちらは、ようやく自分が奇異の目に晒されていることに気づいたのか。


「僕は基本、性別とかで相手を判断しないからさ。キャハハハ♪」


 少女は軽くウインクしながら、集められた四人の女使徒の警戒心を和らげるような口ぶりで、言った。


「ただ僕の世界では、こういう時はたいがい野郎ばっかり集まるんだよ。だからちょっと新鮮だっただけ」


「僕の世界、だと?」


 と怪訝な表情で訊き返したのは第九使徒。

 少女はニヤリと笑う。


「では改めて、僕の名前は花村戦(はなむらせん)。争いの神さまシナットに雇われた異世界の傭兵って言えば、キミらにも伝わるかな?」


「「「「!!」」」」


 瞬間、この場に集められた女使徒達の目が一斉に見開かれた。そうか。そういうことだったのか。ジェミリアはようやく得心がいった。


「つまり、彼女はあなたの『お使い』だったってわけねん」


「ビンゴ♪」


 戦はジェミリアの言葉を笑顔で肯定する。


「え、そうなんすかっ⁉︎」


「この流れからいってそれしか考えられないでしょ。ねぇ馬鹿なの? やっぱ馬鹿でしょあんた!」


「チッ、いくら相手がシナット様のお気に入りだからといって、こんな小娘に顎で使われるとは。あいつに統括管理者としての誇りはないのかッ」


 他の三者が思い思いの反応を見せる中で。


「ツイツイ。スタンドア〜ップ」


「は、はいィーッ‼︎」


 戦の呼びかけに反応し、石畳の床でプルプルと丸まっていたツイが、飛び上がるように立ち上がった。


「キミには僕のサポート役に回ってもらうから、こっちに来てくれる」


「え⁉︎ そ、それじゃあ! 今回は私は見逃してもらえるんですか⁉︎」


「キャハハハ。見逃すも何もキミはもう僕の部隊の正式な隊員じゃん。あ、それとも、また僕にシゴかれたいの?」


「めめ、滅相もございません‼︎」


 ツイはこれでもかと激しく首を振り、しかし心から安堵した表情で、花村戦と名乗る人型の少女の斜め後ろに迅速に移動した。


「じゃあ、ツイツイには主に回復役にまわってもらうから。あ、そうそう。これはちょっと『治すのキツイ』かなって思ったら、遠慮なく声をかけてね」


「了解しました!」


 ビシッと戦に敬礼するツイ。戦はそんなツイを見て満足気に頷き、再度ジェミリアら四人の方を向いた。


「さて。じゃあ早速ルールを説明しよっか」


「ルールだと?」


「そ。これから始めるゲームのルール」


 例によって茶々を入れる第九使徒に、戦は無邪気な笑顔で応じる。


「要するに、そのゲームで私たちが負けた場合、大人しくあなたの部隊に入れってことかしらん?」


 そう訊ねたのはジェミリア。


「大正解♪」


 答えて、戦は満面の笑みを浮かべた。


「キャハハ! いいねキミ。さっきから話が早くてすごくイイ。花マルあげちゃう!」


「ど、どうも」


 思わず頷いてしまった。なんというかこの人型は調子が狂う。ジェミリアは、いつの間にか相手のペースに飲まれていたことに気がつき、奇妙な敗北感にとらわれた。


「アタシたち、もといアタシがあんたとそのゲームをするメリットってなによ?」


 答えてみなさいよ、と言わんばかりに吐き捨てたのはラチェット。

 戦は余裕ある笑みを崩さぬまま、


「このゲームでもしキミが僕に勝てたら、僕の部隊はキミのものだよ。もちろん、この僕も含めてね♪」


「‼︎」


 途端にラチェットの目の色が変わった。

 いやラチェットだけではない。

 戦がその情報を発信した瞬間、明らかに場の空気が一変した。言うなれば狩りの前の殺伐とした暴力的な気配。薄ら寒い地下広場に熱気が立ち込める。その原因の一端が自分にもあることを、ジェミリアは自覚していた。


「……ゲームの内容は?」


 皆を代表する形で、ラチェットが話を進める。


「この場にいる全員でバトルロイヤル」


 戦はさらっとそう答え、こう続けた。


「今からここで僕とキミたちが何でもありでやり合う。それで最後まで立ってた奴が、この部隊のトップ」


「なるほど。分かりやすくていいな」


「すね。超ワクワクしてきたっす、ウチ!」


 第九使徒とベンミーアは、今にも舌舐めずりしそうな顔で早くも臨戦態勢に入った。両者ともゲームへの参加の有無をまだ告げてはいないが、これは聞くまでもないというやつだ。


「いいわ。アタシもあんたの言うゲームに参加してあげる。特別だからね、特別」


 などと言いつつ、ラチェットの全身からにじみ出る魔力が童女のやる気を雄弁に物語っていた。当然だろう。彼女はそうして今の地位までのし上がってきたのだから。


「ああそうそう、ツイツイには攻撃しちゃダメね。この子はただの回復役だからさ」


「よろしくお願いします、皆さん!」


 靴の踵を合わせてそれはそれは見事な敬礼を披露するツイ。もはやその姿は、メイドというよりも一介の兵隊である。


「ゲームを始める前に、一つ確認しておきたいことがあるわん」


 ジェミリアは努めて平静を装いながら、戦に訊ねる。


「あなたの部隊には、当然あの第二使徒様もいるのよねん?」


「もちろん♪」


 戦はニッコリと笑って頷いた。


「ついでに言えば、ここにいるツイツイの上司君も、僕の部隊の隊員の一人だよ」


「はい! それにつきましてはこの私が保証いたします!」


「…………オーケー。その話、乗ったわん」


 言いながら、ジェミリアは咄嗟に下を向いた。抑えきれない笑みを隠すためだ。きっとラチェットあたりも、今の自分と同じく、普段の仏頂面をこれでもかと緩ませているに違いない。


 これはまさしく千載一遇のチャンスだ。


 このバトルロイヤルに勝てば、実質三人もの統括管理者を従えることができる。しかもその内の二人は、統括管理者の中でも上位に位置する文字通りの強者だ。さらには副賞として、ラチェットやベンミーアのような各大陸のホープまで手に入る。それだけの戦力があれば、四大陸全てを支配下に置くことも夢ではないだろう。ジェミリアは腹の中で笑いが止まらなかった。


 ……それに、もし負けたとしてもこの勢力に所属できるのはデカイわん。


 現在、邪神軍の中で最も大きな勢力は、統括管理者ナンバー3、特等星第三使徒が率いる派閥だ。そしてその次にくるのが、統括管理者ナンバー4と【永久(トコシエ)】と呼ばれる第四使徒直轄の部隊で構成された組織。この二大派閥が、そのまま邪神軍の二大勢力と言われている。


 これまでは。そう。これまでは、だ。


 ――でもこれからは違う!


 新たなる第三勢力の誕生。ジェミリアには強い確信があった。今日この場に集められた面子。そこに統括管理者の第二使徒と第六使徒が加われば、天下に怖いものなしだ。まさに最強と呼ぶに相応しい部隊ができる。仮にただ所属しているというだけでも、管理者として十分なステイタスになるだろう。つまりこのゲームに参加しさえすれば、それだけでジェミリアにとってプラスに働く。


 こんなおいしい話、乗らないわけがない。


「じゃあ、早速やろっか」


 軽くその場でストレッチをしながら、人間種の少女は言った。見るからに場慣れしている感じである。まあ、どんな形であれ、我らが争いの神にスカウトされ、また第二使徒と第六使徒のスカウトに成功した人物だ。相当な実力者とみてまず間違いないだろう。なにより、戦の顔には終始余裕があった。


 ……自分が負けるなんて微塵も思ってないってところかしらん。


 はっきり言って気に食わない。自分が思う分にはいい。だが相手にそう思われるのは我慢ならない。管理者とは、いや争いの神の使徒とは得てしてそういう生き物だ。だから他の者達も、きっと同じことを考えているに違いない――最初はこの人型から血祭りに上げてやる!


 ……バトルロイヤルなんだから文句ないわよね?


 暗い笑みを浮かべて、ジェミリアは『魔人化』の準備に入る。彼女には自覚があった。この中で自分の実力は確実に下から数えた方が早い。しかしながらこのルールならば、あるいは――


 ――《マナプロテクト・解除》――


 刹那、ジェミリアの体からドス黒い魔力が立ち込める。そして身につけていたドレスごと、彼女の全身が闇色の膜に覆われた。


「まだまだ」


 早々にリミッターを解除すると、ジェミリアは魔人化と並行して『召喚の儀式』を開始する。サバイバル戦において最も重要なのは戦術と戦略だ。幸い、今日ここに集められた連中はラチェットを除けば脳筋ばかりだ。上手く立ち回れば必ず自分にも勝機はある。ジェミリアは対象に照準を合わせ、鋭い眼光を宿した。


「さあ、ブッ殺してあげるん‼︎」


 そしてこのワタシが君臨するノダ。邪神軍最強部隊の、女王として…………



 ◇◇◇



「………………そんな夢を見ていた時期が私にもあったわねん……」


 冷たい石畳の上に仰向けになったまま、ジェミリアは無意識に呟いた。


「すみませ〜ん。ちょっと待っててくださいね〜」


 目下、大忙し中のメイドが、だだっ広い地下室内を走り回りながら、こちらに声を飛ばしてくる。


「あっちを治したら、すぐそっちに行きますんで〜」


「……」


 ジェミリアは返事をしなかった。とてもする気になれなかった。


 ……回復役ってそういう意味だったのね。


 身じろぎひとつせず、ただぼんやりと高い天井を眺めていた。その口元に乾ききった笑みを浮かべて。


「……やっぱロクなもんじゃなかったわね、あの女……」


 弱り切った声で、しかしこの場にいない第二使徒に向かって心から毒づいた。怒りに任せて石の地面を叩いてやりたかったが、もうそれも叶わない。なぜなら、ジェミリアの自慢だった長くすらっとした白い腕は、もう両方とも根元からきれいに無くなってしまったから……


 ゲーム開始からおよそ一時間が経過した。


 その頃には、地下広場はさながら地獄絵図と化していた。


「戦様。これ結構ギリギリのラインです」


「あ、やっぱり?」


「はい。いちおう元通りにはできますけど」


「本当に! あー良かった。一時はどうなることかと思ったけど、ツイツイがいてくれて助かったよ」


「えへへ〜。あ、でも、ここまでやっちゃうと流石に傷を治しても当分まともに動けないと思います」


「了解。次からはもうちょいセーブするね」


「そうしていただけると助かりますゥ〜」


「うん。せっかく手に入れた駒を壊しちゃったら元も子もないしね。キャハハハー♪」


 呑気にお喋りする二人の足元には……


「……っ、……っ」


 胴体を真っ二つにされ、地べたに這いつくばる赤毛の巨狼。


 ……魔人化した統括管理者がまるっきり赤子扱いとか、格が違うにも程があるわん。


 見るも無残な姿で地に伏す第九使徒。


「む、無理、あんなの……絶対無理……!」


 同じく、そのすぐ傍では鬼女ベンミーアが腹ばいに倒れていた。片足を吹き飛ばされた状態で。彼女はがくがく震えながら浅い呼吸を繰り返している。あの戦闘狂が完全に怯えきっていた。


「…………」


 そこから大分離れて。最年少管理者ラチェットが、まるではりつけにでもされたように石壁にめり込んでいる。


「………………………」


 彼女はピクリとも動かない。着ていたゴスロリ服は既にボロボロ。体は血塗れ。その姿は敗北者以外の何ものでもなかった。


 四人がかりでまるで歯が立たなかった。


 強さの次元が違いすぎる。

 まさしく虫ケラのように蹂躙された。

 もはやアレは勝負ですらなかった。

 言うなれば“彼”の一人遊びだ。

 そう、ジェミリア達はそれに使われた、ただの玩具(オモチャ)である。


 ……さしずめ第二使徒がオモチャの調達係で、ツイがそれの修復役ってところね。


 ジェミリアは力なく笑うしかなかった。自分自身があまりにも滑稽すぎて。いっときとはいえ、実に愚かな夢を見たものだ。


 ――初めから分かっていたはずなのに。


 この世に存在する数多の征服階級。その最上位に君臨する者達は、みな例外なく、なるべくしてなっているのだ。


「――まだやる?」


 ふと見ると、傍らに彼が立っていた。


「お望みなら、いくらでも遊んであげるよ」


「……一つだけ、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」


 中腰の姿勢でこちらを覗き込む彼に、ジェミリアは言った。もちろん敬語で。ジェミリアの殊勝な態度に気をよくしたのか、彼は屈託の無い笑顔で「いいよ」と答えた。


「あなた様の部隊に入った場合、その……こういったことは定期的に行われるのでしょうか?」


「それはない」


 そう答えた彼の表情は、今日初めて見せる真剣なものであった。


「僕は自分の隊の連中には手を出さない。それは僕の美学に反する行為だから」


「……」


 彼の言葉に偽りはない。普段は人一倍疑り深いジェミリアだが、不思議とこの時は、疑ぐるという行為そのものが愚かしいことのように思えた。


「まあ、さっきツイツイにも言ったけど、キミ自身がそれを望むなら話は別だけどさ」


「……承知しました。お答えいただきありがとうございます」


 ジェミリアはよろよろと起き上がる。これ以上相手を待たせるわけにはいかない。


 ――今度は自分が答えを提示する番だ。


 両腕を失いながらも、最低限の礼節を保ちつつ、ジェミリアは戦にかしづいた。


「一等星使徒ジェミリア。今より花村戦様の部隊に加わらせていただきますわ」


「キャハハハ!よろしくね、ジェミィ♪」


 この日。邪神軍に新たな勢力が生まれた。



 ――【部隊名(コードネーム)羅刹(ラセツ)】――



 恐怖と絶望の象徴として彼等が邪神軍全勢力のトップに君臨するのは、それからまもなくのことであった。

 

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